第四章 ノー・フリーランチ
27.『熾燃』
「なんて顔をしている」
薄闇に沈んだ思考に、声をぶつけられた。慌てて周囲を見渡す。
そうだ。自分は連合会ビルのメジャー選手待機列の端に立っている。
テレビメディアはすでに、どのメジャー選手が優勝するか──その試合予想で持ちきりになっていた。
声をかけていた人物を見やる。
落ち込んだ眼窩に、特徴的な鷲鼻。淡い金髪をオールバックに流した男だった。
目が覚めるような青い瞳がこちらを見つめている。
「あ、アレックス……ライト……!?」
憧れが、目の前にいる。
その事実にエリヤの思考はフリーズした。
「……ハッ」
前回大会優勝者の男は、無愛想に鼻を鳴らす。
「特別枠を勝ち取り、メディアに引っ張りだこの『今期の新星』を見てみようと思えば……なんてざまだ」
「アレックス・ライト……さん」
「気色悪い。俺と貴様は敵同士だ。アレックスで構わん。それとも、アリーナでも仲良くするか?」
完全にこちらを小馬鹿にしたような態度で突っかかってくる。エリヤは冷静になっていく自分の思考に気がついた。
そうだ。
この男を倒さなければ、チャンピオンロードへの道は開かれない。
エーデルグレンツェの望みも叶わなければ、エリヤの目標も達成できない。
ここで敗北すれば、全てが無駄になる。
「ようやく見れる目になってきたな」
「アレックス。一つ教えてくれ」
周りのメジャー出場を勝ち取った選手は、アレックスに怯えているのか遠巻きに眺めている。
そんな有象無象を睥睨した後、彼は目線を下げて腕時計をちらりと見る。
「いいだろう」
メジャー出場初であり、特別枠で上がってきた一般市民にアレックスが時間を割いたということで、周囲は大きくどよめいた。
「オレはアレックス、あなたになりたいとずっと思ってた。面倒なしがらみから解放された、本当の都市の上に立つ人に」
「……」
「質問だ。──あなたは本当に自由なのか? 上に立てば、見える景色は変わるのか?」
その質問に、アレックスは無愛想な表情でただ一言を呟いた。
「くだらん」
「……なんだと?」
「何を聞かれるかと思えば……教えるとでも思ったか、未踏枠の猿。俺を倒せば貴様の考えている全てが理解できる。これから争う敵に話でかたをつけようなど、なんという軟弱さか」
「……」
「アマテラスでは、輝き続けねば忘れられる。俺は輝き続ける。──貴様は俺が輝くための燃料となれ。叩き潰してやる」
「…………ハハ」
無愛想なアレックスの言葉、一言一言が身に沁みるような思いだった。
アカリがいなくなり、メジャーそのものに疑問を持っていたときに投げかけられた言葉。
消えかけていた炎が再燃する。
「アレックス・ライトっつーのは、こんなにも饒舌なキャラだったんだな。メディアに撮ってもらったほうがいいぞ? 人気者のキャラ変は金になるからな」
「言うじゃないか、猿」
アレックスとエリヤは睨み合って、同時に背を向けた。
「「次は、競技場で」」
◇
「……エーデルグレンツェ。信頼なんて言葉を好き勝手に使って悪かった。その言葉の重さも分からないで、焦っていたんだ」
「…………」
「オレはオマエを見ている。信じられないかもしれないけれど、ちゃんと見ているつもりだ」
ゆっくりと目が上げられる。
作りものの瞳は、本当に綺麗だった。
「オレは、オマエの復讐を邪魔しない。見守ることしかできない。けど、見ている人がいるっていうのは、本当に大切なことだとオレは思う」
エリヤには分からない。
自分の祖父──直角フミヤがエーデルグレンツェにとってどんな存在だったのか。想像することしかできない。
大切な存在だったのだろう。
奪われたら、許せないほどの存在だったのだろう。
「オレがオマエを地下室で初めて見つけたときから、オレとオマエは運命共同体になったんだ。一緒に生きていくんだ」
「生きる……」
エーデルグレンツェの言葉は平素だ。だが、そこに込められた想いは、痛いほどに理解している。
「マスターは、怖くないのですか……? どうしようもない運命を強要し、全てを腹の中に飲み込もうとするこのアマテラスが、私は憎くて、怖いのです」
「……怖いに決まってるだろ」
心臓が強く拍動している。
気を緩めると、手が震えだしそうになる。
「アカリが死んだ。きっと、殺された」
ぴくりとエーデルグレンツェは身体を揺らした。
「オレには、どうすることもできなかった。アイツはがんじがらめになっていて、死ぬことを望んでいるようにすら思えた……そんなの、絶対に間違っているはずなのに」
だから。
「オレは、戦う。メジャーでチャンピオンになって、アマテラスの一番高いところに行って……確かめるんだ。オレたちが生きていくこの都市を」
「マスターは……」
「絶対に、オレはオマエを独りになんてさせない」
きっと、これは無責任で間違った言葉だ。
「だからエーデルグレンツェ、オマエもオレに応えてくれないか?」
手を差し伸べる。
やがて、蟻が這うようなスピードでゆっくりと手が伸ばされる。
エリヤは、身を取り出してその手をしっかりと握った。
一息に引っ張り上げる。
「──────────」
暗闇から光のもとへ。
この時のエーデルグレンツェの表情を、エリヤは生涯忘れることはないだろう。
◇
熱と音が押し寄せてくる。
一瞬で目を焼いた強烈な光。スタジアム全体を煌々と照らしている。
『──さあ、さあ、さあァ! 皆様ご期待の試合がもうすぐ始まろうとしています!! 本日集まった方々! ようこそ、アマテラス・スタジアムへ! 今宵、メジャーAブロック予選を勝ち上がった強者たちによるぶつかり合いが!! 今、まさに、目の前で繰り広げられようとしています!!!!』
──ついに、その時がやってきた。
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