28.『激戦』

 目の前には、アレックスとその自動人形のアンブレアが立っている。

 エリヤたちの対戦相手であり、前回大会のチャンピオン。


 都市の新星。

 アレックス・ライト。

 僅か一年余りで、並み居るメジャー選手たちをなぎ倒して競技場の頂点まで上り詰めた男。


『──前置きはここまでッ! 何を見にここまできたのか!? そう、『アマテラス・メジャー』に決まってる! 自動人形同士を戦わせ、勝利を勝ち取る! ただそのためだけに、実力者が集っている!!』


 実況のボルテージが上がってきた。


『さあ、準備はいいか!! レディ──?』


 ひゅっ、と息が漏れた。

 毛穴が開いている。熱い。熱い。

 血潮の唸る音が耳元で騒いでいる。最高に目が覚めている。

 これほどまで勝利を切望したことはない。


 勝つ。勝つ。勝つ。

 勝って示してみせる。


 自分の価値を。自分の存在を。

 この都市に、刻みつけてやるんだ。


「楽しもうぜ! アレックス!!」


 ──今宵、新星が落つ。


 落としてやる。

 ──より高く飛ぶのは、オレたちだ!


 5、4、3、2、1──


 ──0!!


『ファイ───────────ッッッ!!!!』


 ◇


『近接戦に持ち込め! 相手は遠距離主体の砲撃型だ! 敵の得意分野を潰してやれ!』


 エリヤからの指示が届く前に、エーデルグレンツェはすでに地を蹴っていた。まるで大型の炸薬弾が撃ち込まれたかのように土砂が弾け飛ぶ。


 手刀を振り上げ、斬りかかる。


 しかし、まるで金属の砕けるような轟音と共に、エーデルグレンツェの手刀は防がれた。

 手刀はアンブレアが懐から取り出した『盾』に半分埋まっている。


 その影から、アレックスの自動人形アンブレアの感情の込められていない冷たい目が覗いていた。


 次の瞬間、『盾』が変形して『火砲』のような形になる。

 それを構えたアンブレアは、ただエーデルグレンツェに突っ込んだ。

 凄まじいエネルギーが膨れ上がる。


『射線に入るなッ!』


 瞬時に軸足を切り替えて、その『火砲』に向けて右脚を鞭のようにして蹴り上げる。──ずらした。


 爆炎と轟音が火砲から迸った。

 噴き出した純粋なエネルギーは、スパークを散らしながら競技場を縦断して、壁に大穴の形を溶かす。

 ほんの僅かでも反応が遅れていれば、上半身が丸ごと爆炎に飲まれていただろう。


 観客たちから歓声が聞こえる。


 エーデルグレンツェはバク転を繰り返して距離を取る。

 チリチリと熱の余韻で白い服装が焦げていた。


 アンブレアは『火砲』を縮小させて手のひらサイズのキューブに変形させる。

 どうやら『アレ』がアンブレアの武装のようだった。

 おそらくはヴィクター&ヴィクターズあたりの最新兵器だろうか? エーデルグレンツェの蓄積されたデータにあんなもの見たことない。


「……………………、」


 いや、違う。

 エーデルグレンツェは『あの最新兵器』が何なのか──記憶にないのに、知っている。


 ドクン、と頭の芯が疼いた。

 ──中枢神経回路が。

 

 あれは──


『エーデルグレンツェ……? どうしたんだ?』


「流体マイクロマシン」


『は……?』


「アマテラスは、そこまでして──私たちを」


『避けろッ!!』


 声に合わせて反射的に避けると、直前まで立っていた地面に向けて、無数の銀槍が突き込まれた。

 

 アンブレアはキューブを掲げている。


 次の瞬間、地面に刺さった銀槍は幾何学的に分解されてキューブに吸い込まれた。

 キューブは宙に浮かび上がり、くるくると回っている。常識の埒外の挙動。


 あれは、


「どうして、あんなものがアマテラスの手に……あれは、私たちの──」


『しっかりしろ!!』


 インカムからエリヤの怒鳴り声が突き刺さる。


『負ければ全てが終わる! 全部台無しになる! 分かるだろ!』


 そうだ。

 今は、ただ目の前に全力を注がねば。

 真実を確かめるためにも。


「マスター、エリヤ。私に指示を」


「……いいんだな?」


「イエス。マイ・マスター」


 勝利が前提となる。


『──最高出力で薙ぎ払え! あの武装の耐久テストと洒落込もうじゃないか!!』

 

「【Lの完全人形】!」


 その単語を宣言した瞬間──青白い雷光が閃いて、アンブレアが瞬時に展開した『盾』を切断した。


「……──」


 雷光の薙ぎ払った軌跡に沿って真っ黒な亀裂が入り、金属の欠片がバラバラに砕け落ちる。


 エーデルグレンツェは、絶対の防御盾を失ったアンブレアに瞬時に肉薄し、槍のような蹴撃を顔面に叩き込む。

 ──防がれる。アンブレアの分厚い皮の手袋が掲げられて衝撃を殺している。


 ならば、再度叩き込むまで。


 エーデルグレンツェは二度目の蹴りの衝撃を下にずらして、そのまま身体を仰向けに倒れ込ませる。

 隙。アンブレアの体制が崩れた瞬間、エーデルグレンツェの脚が首筋を薙ぎ払う。


 ──当たらないか。

 掠っただけで、留まる。


 一挙手一投足が致命傷を相手に与えるために、振るわれる。

 向こうからインカムに向かって冷静に指示を出しているアレックスの姿が見えた。


 アンブレアは、普通の自動人形だ。エーデルグレンツェのような高度な自己判断を行えるような中枢神経回路は有していない。

 つまり、先ほどの動作を指示を出しただけで、アンブレアに実行させたということになる。


 ──これが、チャンピオンか。

 高い。どこまでも、高い。

 エリヤが憧れるわけだ。


 アリーナの床に手をついて、跳ねる。


 アンブレアは機と見たのか、『再生させた』キューブを『剣』の形に展開して斬りかかってきた。

 対するエーデルグレンツェは体制を立て直せないまま、手刀で剣戟に応じることになる。


 アンブレアの刃は、全くの無駄が存在しないようにコンパクトに急所を狙ってくる。一撃でももらえば、試合終了だ。


 一度、二度、三度。

 刃の軌道が入れ替わり、切り替わり、突きと撫で斬りが残像を描くようなスピードで繰り出させる。


 瞬く間に、交わされた攻防は十を越えた。

 圧倒的なスピード勝負に、観客席や実況は解説を放棄して騒ぐことしかできない。

 ──そんな情報を聴覚センサーに入れることさえ、おこがましい。

 今は、ただ目の前に全力を。


『速く! もっと速くだ!!』


 インカムの指示に従って、ギアを一段階上げる。

 自他ともに認める究極の身体、その動力を。


 エーデルグレンツェの手刀が、青白い雷光を帯びて、スパークが散った。

 今まで互角だった剣戟が、徐々にエーデルグレンツェの優勢に傾いていく。


 ヴィクター&ヴィクターズの兵器は、何度もエーデルグレンツェの手刀に叩き折られては再生を繰り返している。

 その再生スピードが追いつかなくなってきたのだ。


 二度目の隙。


『畳み掛けろ!!』


 エーデルグレンツェは思いっきりアンブレアの横腹を蹴飛ばした。

 数十メートルをバウンドしながら転がる相手だが、またもやあのキューブが膨張してアンブレアの身体を『繭』のように包みこみ、衝撃を軽減する。


 繭の防御が解かれたアンブレアには、転がった衝撃で傷ついた箇所が見当たらなかった。


 これが、スポンサーの力。

 莫大な資金をかけて開発されたのだろう。そのデタラメともいえる性能を、真っ先に与えられる──そんな存在。

 

『おおっと!! ここでアレックス・ライトのサポートチケットが一定額に到達しました!! 皆さま、お待たせしました! ここからはアレックス・ライトに競技場サポートが届けられます!!』


 無数のドローンがアレックスの背後から飛び立った。ドローンが備えているのは、黒光りする機関銃だ。

 ドローンの銃口が一斉に火を噴いて、エーデルグレンツェに銃弾が殺到する。


「……ッ、」


 エーデルグレンツェは銃弾を避けるために、地面を蹴って後方へ距離を取った。

 しかし。

 その隙をアンブレアは見逃さない。


 キューブを『火砲』の形に展開したアンブレアは、弾幕に紛れて──エーデルグレンツェの目の前まで肉薄していた。


 全ての時が遅くなる。

 ゆっくりと、だが確実に──『火砲』はエーデルグレンツェを捉えて。


 ──爆炎が迸った。


 ◇


 炎に飲み込まれたエーデルグレンツェを見て、エリヤは歯噛みする。

 焦るな。

 あんなふてぶてしい態度を試合直前までとっていたやつが、そんな簡単に負けるわけないじゃないか。

 今はただ集中しろ。


 エーデルグレンツェとアンブレアの試合を注視しろ。


 あの『最新兵器』の挙動はどうなっている?

 なぜ、瞬時に形態を変化できる?

 まるで自由自在だ。


 盾に、火砲に、剣に、繭。


 エーデルグレンツェはアンブレアを『普通』の自動人形だと評価した。

 つまるところ、メジャー専門に強化改造を受けた『普通の自動人形』として。

 あの試合は、アレックスがアンブレアを上手く使っている結果だと。


 そう考えると。


 最新兵器をあの試合中に瞬時に、最適に切り替えるほどの反応なんて──アンブレアにはできない。

 エーデルグレンツェは、あの武装について気になることを言っていた。


 流体マイクロマシン。

 つまり……あの武装そのものが、自己判断をしているのか……?


 ──何かが噛み合わない。

 ピースは揃っているはずなのに、あの兵器の挙動はどうにもチグハグして見える。


「クソ」


 しかし、時間は待ってはくれない。

 エリヤは、インカムを固く握りしめた。


 キューブを展開した『剣』を片手に、炎のなかに踏み込むアンブレアが見える。エーデルグレンツェにとどめでも刺すつもりなのか。


 甘い。

 エーデルグレンツェの【専用武装】は、コピー能力なのだ。一度食らった攻撃を、何十倍にも増幅して撃ち返すというデタラメ。

 そう。今こそ──


「──今だ! 『ごと』、撃ち込め!!」


 ◇


 炎の裂け目から、アンブレアの脇腹に『手』が押し付けられた。

 アンブレアはその一瞬の間に、見た。


「その技は、もう見ました。──【Lの完全人形】」


 手から伸びる腕には、今までとは違う──赤色の色彩が絡み合っている。──先ほど、エーデルグレンツェを包みこんだ炎と同じ色。


 黒く焼け焦げた服を身に纏い、身体のあちこちに損傷を負ったエーデルグレンツェが、すぐ近くまで迫ってきている。


「────────、」


 閃光。

 突き刺すような強烈なエネルギー。


 次にアンブレアが認識したのは、咄嗟にねじ込んだ『剣』がバラバラに砕け散り、それを持つ左腕が──閃光と共に蒸発して、消失したという事実だった。

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