29.『チェック』

「……胴体を消し飛ばすつもりでしたが、防がれましたか」


「──」


 アンブレアは失った左腕の付け根から、パチパチとスパークを散らしながら虚ろな目をエーデルグレンツェに向ける。

 武装であるキューブは、粉々に砕け散って周りに散らばっていた。


「しかし、退屈ですね。メジャー用自動人形は戦闘能力を優先したのか、発声機能を取り上げられている。まるで奴隷ではないですか」


「────」


 アンブレアは微塵も動かない。

 エーデルグレンツェは小さく首を振った。


「では、片腕を失った自動人形として相応しい最期を飾りましょう。──私たちの踏み台としての最期を」


「──お断り、いたします」


「……?」


 エーデルグレンツェの振り上げた手刀が、ぴたりと止まった。


「話せたのですか。しかし、関係のないことです。あなたはこれより、私の輝かしい栄光の一部となるのですから」


「お断りすると、言ったはずです」


 アンブレアは、アリーナの地面を強く踏みしめた。──次の瞬間、銀の嵐が巻き起こる。


 周囲に散らばったキューブの残骸が、浮かび上がり、猛烈な勢いでアンブレアの周りを回転し始める。


「私は、アンブレア・ライト。──アレックス様に付き従う者……アレックス様の道を照らすのが、私の役目です」


「なるほど。……あなたたち、『そういう』関係でしたか。アレックス・ライトは人形性愛者だったのですね」


「そのようなレッテルでアレックス様を貶めるな。──アレックス様は、私を愛してくれた。ただそれだけです」


 無秩序な銀の竜巻が、一つに纏まり始める。

 銀色の流体は幾何学模様を描いて、アンブレアの失った『腕』の代わりになった。


 背後へ銀色が膨張する。

 『翼』に似た形となり、アンブレアは両翼を携えたまま、こちらを見据えた。


『な、な、なんと〜!! エーデルグレンツェの攻撃により絶体絶命かと思われたチャンピオンの機体が、生まれ変わりました!! これは分からなくなってきましたよ!! さぁ、さあ、さあっ!! まだまだ賞金プールは開放されております!! 今宵の億万長者はいったい誰だあっ!?』


 耳障りな実況の声を意識の外にシャットアウトする。


「随分と観客受けのよろしい姿となりましたね。自動人形が天使の真似事ですか。この罪悪に塗れた都市に天使とは、皮肉が過ぎます」


「決着を、つけねばなりません」


「良いでしょう」


 二人は距離を詰め始める。

 ゆっくりと、一歩ずつ、距離を詰める。


 全ての音が遠くなる。

 感覚センサーが研ぎ澄まされる。

 目の前の自動人形の性能は、エーデルグレンツェの半分にも及ばない。


 しかし、裏にいるチャンピオンが、そのさらに裏にいるヴィクター&ヴィクターズが──このアマテラスという都市そのものが、たった一体の自動人形を極限まで強くしている。


 目を逸らさないまま、感覚センサーに意識を傾ける。

 ──観客たちは、好き勝手怒鳴りながら夢中でこちらを注視している。

 ──アレックスは、インカムを手で支えながら手に持つ端末をスクロールしている。

 ──アリーナの上空では、無数のドローンが飛び回って銃口をこちらに向けている。

 ──アンブレアは、銀色の腕を伸ばして『火砲』を作り出している。

 ──アンブレアの『翼』が細かく振動しながら金管楽器のような音を発している。


 その音の震えが、一つ一つ意味をなしてエーデルグレンツェに流れ込んでくる。


『しかしわが名を恐れるあなたがたには、義の太陽がのぼり、その翼には、いやす力を備えている』


「……戯言を」


 瞬間、


 爆炎と爆炎が正面からぶつかり、衝撃波がアリーナ全体を大きく揺らした。


 ◇ 


 メジャー中継を映したホテルフロントのテレビの周りには大勢の人たちが集まってきている。

 各々が椅子やら菓子やらを持ち寄って、固唾を呑んで、決着がつくのを見守っていた。


 ホテルスタッフさえも、客に注意を促すどころかテレビの中継に見入っている。

 

 興奮した実況と客のざわめきが空間を満たすなか、小さな──誰にも聞こえないため息をついた人物がいた。


「……あーあ。エリヤ君、あんなに頑張っちゃって。そんなにヴィクター&ヴィクターズの株価を下げたいのかしら……」


 アマテラスの外でも、アマテラス特別区で行われている自動人形のメジャーは至高の娯楽としての地位を確立しつつある。

 これも、連合会所属のメディアがたゆまぬ営業を全世界にかけた結果だろう。


「……実のところ勝っても負けても、あんまりこっちには影響ないのよね。連合会は、『チャンピオン』という使い古された称号をエリヤ君の首にかけるだけだし、アレックス・ライトは……業界を干されるかもだけど、あの人なら別のところでも上手くやっていくでしょう。逆もしかりね」


 今、世界の中心は間違いなくアマテラスなのだ。


「……結局、どんな感情を持っていたとしても、あの競技場に出入りしている全員はとっくにアマテラス人だもの。レールの上からは決して逃れることはできない」


 ローラは一人呟いて、端末を操作する。人混みから離れて、廊下の陰に出ると端末を耳に当てた。


「こんにちは。そちらはクラフトラージ銀行のバリー代表でしょうか? 私は連合会所属のローラです。……ええ、無事終了いたしました。ヴィクター&ヴィクターズとの提携は大変喜ばしいニュースです。はい。では、その通りに……」


 ローラは薄く笑っている。


「──私ですか? 私はあくまで連合会所属です。マーニーグルーブとは提携させてもらっているに過ぎません。ですので、このような提案もできるのですよ。……はい。では、良い夜をお過ごしください」


 端末を閉じて、もう一度画面に映っている少年を見やった。


「政治レイヤーからの横槍は、競技場に立っているあなたには決して防げない。……ほら。君が試合にかまけている間にも世界はこんなにも進んでいく」


 陰謀に塗れた犠牲。血なまぐさい企業と企業の足の引っ張り合い。刺激と欲に目を焼かれた哀れな大衆。無限に情報を垂れ流し続けるメディア各社。 

 ネオンの光と喧騒が止むことはない。


「少しは勘弁してやってよね、リナステラ。私、結構エリヤ君のことを気に入ってきてるんだから」


 ◇


 ごっそりとえぐり取られたような跡が刻まれる。

 アンブレアが『翼』を振るったのだ。それは、液体のようでありながら、金属の質量をもってしてアリーナの床を圧壊させながら轢き潰す。


 エーデルグレンツェは宙に飛び上がって、稲妻のような蹴りを撃ち込んだ。

 しかし、鋭く切り替えされた『銀の左腕』に防がれて、激烈なインパクトを散らすにとどまった。


 ふわりと着地する。

 感覚センサーがエラーメッセージを吐き出している。


「……?」


 ふと、自分の右脚を見下ろすと、膝から太ももにかけてグシャグシャに切断されていた。

 あの銀の液体に触れただけで、持ち去られたのだ。


 青白い循環液が噴き出している。


「……──」


 このままだと身体機能の維持に支障が出ると判断。ニューロンネットワークを操作することで機体システムの管理機構に侵入。そのまま強引にエラーメッセージを潰してナノマシン再生を活性化させる。


 たちまち、循環液が黒く固まり、バラバラと砕け落ちていく。──その下から現れたのは、新品同様の脚だ。 


『大丈夫か!? 今、脚がえぐめにぶっ飛んだように見えたんだが──』


「大丈夫です、問題ありません」


 カツカツ、と再生した足で地面を叩いてみてから改めて目の前の相手を分析する。


 『火砲』をコピーした一撃で、アンブレアの左腕は機能停止に追い込むことができた。しかし、あの不可解なキューブがまたしても、展開。


『……もしかしたら、分かったかもしれない』


「マスター? 何か分かったのですか?」


『あのとんでも武装の動きを封じられるかもしれない。あのキューブは、アンブレアの意識に関わらずに遠隔で操作されているんだ』


 失った『左腕』の代わりとして働き、さらには『翼』のような形をとって、こちら側を徹底的に攻撃し始めた。

 今のアンブレアには、腕が四本あるようなものだ。


『光と音、そして熱。アンブレアのセンサー群を塗り潰すことができれば……キューブの操作は止まるはずだ。……できるか?』


 ならばどうする。

 決まっている。


「当然です。私は高性能ですから」


 アリーナの床に踏撃を叩き込み、コンクリートを波状に浮かび上がらせる。

 断裂されたコンクリートが無数に宙空に浮かぶなか、エーデルグレンツェはアンブレアに向かって蹴り飛ばした。


 無数の破片と土砂の嵐。人間ならば一瞬で血煙と化すであろう攻撃が降り注ぐのを、アンブレアは黙って見上げる。

 ──背中から伸びる一対の『翼』それぞれに、『火砲』が生成されて照準されていた。


「……────」


 凄まじい業火と衝撃波が吹き荒れて、土砂はあっという間に高温と高圧の前に蒸発してしまった。

 なんて馬鹿げた兵器なのだろうか。

 これでは近づくこともままならない。

 そのくせ、向こうは猛ダッシュでこちらに向かってくる。


 咄嗟に跳ねると、スレスレを『翼』が薙ぎ払った。一瞬エーデルグレンツェに遅れた衣服の装飾は、恐ろしいほどに鋭利な断面を晒している。


 実況は先ほどから、何かを熱心に叫んでいるがそんな情報を拾うことに割くメモリーはない。


 赤熱した『火砲』が次はこちらに向けられる。エーデルグレンツェは宙空に飛び上がっているため、避けられないと判断したのだろう。


『っ、相殺しろ!!』


「……チッ!」


 膨大なエネルギーが渦巻いて、灼熱の塊が発射される。──エーデルグレンツェも、同じく赤色の紋様が絡みついた腕を向けていた。


 激突。


 再び、エネルギー同士がぶつかり合って凄まじい衝撃がアリーナを揺るがす。


 空中にいたエーデルグレンツェは『火砲』を相殺したものの、なすすべもなく吹き飛ばされた。


 ──アレックスが腕を振り下ろした。


 ドローンの大群がアレックス側から発射されて、吹き飛ばされ床に叩きつけられているエーデルグレンツェを狙う。


『撃ち落とせ!』


「イエス、マイ・マスター!」


 腕の紋様が変化する。青白いスパークが散り、電流の網がドローンを端から叩き落としていく。


 火花と赤熱した粉塵を突き破って、エーデルグレンツェの目の前にアンブレアが迫ってくる。


 咄嗟にショックウェーブを流し込もうと腕を振るうが──青白い雷撃は、銀の『翼』にぶつかり、相殺された。


「っ、」


 黒く焼け焦げた『翼』がバラバラに砕け散っていくなか──アンブレアの『左腕』が鋭い刃に変化する。

 『翼』は囮だ。本命は──


 アンブレアが残像を描いて、突貫する。


『──エーデルグレンツェ!!』


 二撃だった。


 紋様が入った──コピーした能力が発現する腕を切り落とし、返す刃で──深々と胸を貫く。


「終わりです。エーデルグレンツェ」


 胸を刺し貫いたまま、耳元で囁くアンブレア。

 おびただしい量の循環液が溢れ出す。


 勝負がついたように見えたのだろう。

 観客たちが立ち上がって、歓声をあげて拍手している。


『こ、これは!! 白熱した戦いの末、勝利の座についたのはどちらなのか……ついに決定したのかもしれません!!』


 アマテラス・メジャー。

 遠い昔にフミヤと駆け抜けた場。


 ならば、今はどうだろうか?

 刺し貫かれて、みっともなく循環液を垂れ流しているこの状況。


『エーデルグレンツェ! 応えてくれ、エーデルグレンツェ!! しっかりしろ!!』


 今と昔で、何が違う?


 マスター? 環境? スポンサー? サポート?


 ──そうだ。

 何も違わない。


『上に行くんだろ!!!!』


 私は、勝利するためにこの場に帰ってきたのだ。


 ◇


「……?」


 アンブレアが怪訝そうに己が刃に変化させた『左腕』を見る。──その先は、エーデルグレンツェの胸に埋まっている。内部を徹底的に破壊したはずだ。証拠に、先ほどからアリーナの床を浸すほどに循環液を流している。


 ──抜けないのだ。左腕が。


「……終わり?」


 がしり、と胸を貫く左腕を掴む手があった。

 アンブレアの目線が、未だに輝きを失わないエーデルグレンツェの目線と絡み合う。


「その言葉、そのままお返しいたします」


 瞬間、エーデルグレンツェの肌という肌に赤色の紋様がはしった。

 それは、切り飛ばしたはずの腕に現れた紋様と良く似ている。


「まさか」


「──『火砲』のエネルギーを指向性無しで、全方位に向かって放てば、いったいどうなるのでしょうか? ようやく隙らしい隙を見せてくれましたね」


「────────」


 アンブレアは見た。

 自動人形であるはずのエーデルグレンツェが、ものの見事に笑いながらこちらの目の奥を覗き込んでいるさまを。


「なんで──」


 自爆など、まともな精神ではない。中枢神経回路に搭載されている倫理規定がそれを許すはずがない。マスターの財産である自身の肉体を、自ら傷つけるなどできるはずがない。

 もはや、この『自動人形』は──


「まずは、一つ」


 次の瞬間、炎の熱と閃光がアンブレアに迫り──全てのセンサーがブラックアウトした。

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