15.『散らばったまま』

 工期を無期延長した工事現場のようだった。再開発都市にはよくあることだ。

 辺りは静かであり、遠くの高速道路を通る車の音が小さく聞こえる。

 エーデルグレンツェは警戒を緩めない。

 

 ゆっくりと扉を開けて、


 唐突に、自動車の中に金属の缶のようなものが投げ込まれた。

 それは、


「ッ! 逃げろ!!」


 缶から白い煙が噴き出した。

 その煙を吸い込んだエリヤは、喉の焼けるような痛みが生じ、次には何も見えなくなった。


「催涙ガスです!」


 エーデルグレンツェはエリヤの腕を掴んで抱きかかえながら煙の範囲から脱出する。


 ユウとアカリはどうなったのか。

 いや、そもそも追手は── 


 道路の向こう側から大量のオペランド社のマークが刻まれたトラックがやってくる。

 次々に降り立つ部隊員たち。


「……信じられません。この作戦に、これだけのリソースをつぎ込むなんて」


 やがて、オペランド社の部隊員の間から一人のスーツ姿の女が現れた。

 彼女はオペランド社の部隊員を従えながらこちらに向って悠々と歩いてきた。


「これで満足ですか?」


 エリヤは催涙ガスによって、ありとあらゆる体液が顔中から垂れ流しになっている。

 薄目で、ぼんやりとだがその女を視界に収める。


 見覚えがあった。


「ユメ、さん……?」


「……?」


 女は目を凝らすようにエーデルグレンツェに支えられているエリヤを観察する。

 やがて、その顔が驚きに染まった。


「エリヤ君……? なんでこんなところにエリヤ君が……」


「それは、こっちの台詞で……」


 互いに動けない。

 思考が空転している。


 あり得る話だ。

 澤井ユメは、ブランド・マーニーに就職したと言っていた。だから、ブランド・マーニーの子会社であるフェアリアルの事業にも関わっているのは、十分にあり得る話だ。


「……知り合いですか?」


「昔、お世話になった……人だ」


 エーデルグレンツェに訊ねられて、答える。

 澤井は寂しそうな顔をした。


「正直に答えてください……ユメさんが、オペランド社を率いているんですか。ユウを壊して……」


「…………そうだよ」


 その言葉が嘘であったならば、どんなに良かったことか。


「私がこの案件の責任者なの」


「なんでこんな仕事を──」

 

 閃光があった。

 破裂するような音があった。


「え」


 アカリを抱えて煙から逃れてきた亜麻色の自動人形が、左肩口から青白い液体を噴き上げて、左腕が吹き飛ばされた。


「っ!? ユウ!!」


「なっ!!」


 澤井が血相を変えて、振り返ると──オペランド社の銃口から煙が上がっていた。


「っ、止めてください! 誰が撃って良いと言いました!?」


「あなたに我々の部隊を指揮出来る権限はありません。我々は芸能事務所フェアリアルとの契約に基づき、行動しただけです」


「なっ」


「我々が受けた契約では、計画通りに事が運ばねば、その要因に向かって発砲することが許可されています」


 澤井の唇がわなわなと震える。


「ここは戦場ではありません! こんな野蛮なこと……あなたたちの上に報告させてもらいますよ!?」


「発砲の許可は受けています」


 オペランド社の黒スーツたちが、一斉に銃口を倒れ伏す自動人形に向ける。


「契約に基づき──自動人形『ユウ』の処理を開始します」


「ま、待って……! ちょっと──」


「澤井」


 自動人形の循環液である青白い血に塗れて、アカリは呆然と──どこまでも真っ暗な銃口を覗き込む。


「……あんたってさ、こんなことがやりたかったの?」


「そんなわけないでしょう! 私はただ仕事を──」


 唇が、ぎゅっと噛み締められた。


「撃て」


 破裂音とマズルフラッシュが、連続する。

 銃弾の雨が、徹底的に命を刈り取ろうと吹き荒れる。

 

 数秒の沈黙。


「…………」


 代わりに。

 ガシャン、と音を立てて。


 穴だらけになったユウの背中と、頚椎フレームが砕けて冗談のように地面を転がっていく自動人形の頭があった。


 ユウが死んだ。

 壊れた。


 エリヤには、どうすることもできなかった。


 ◇


 青白い血が、ゆっくりと広がっていく。


「…………ユウ?」


 返事はない。


「…………」


 ユウの落ちた頭に向かって、手を伸ばす。

 青い血に触れた瞬間、アカリの顔がくしゃりと歪んだ。


「……違う、違います……! 私はこんなことがしたかったわけじゃ……違う、そんな、私は……オペランド社が勝手に」


「──『仕事』っていう言葉を責任逃れのための道具にしないでよ」


「…………」


「あんたが何を言おうと、そこの黒づくめたちを連れて、私の家族を殺したんだ。こんなことも理解してないやつを、私のマネージャーに据えるつもりなの? ……ほんと、笑えるね」


 澤井は地面に落ちたユウの頭を抱えて、天に向かって乾いた笑い声をあげた。

 ひとしきり笑ったあと、ゆっくりと澤井を見る。虚ろな目はまるで幽鬼のようだった。


「…………もういいよ。ユウは壊れちゃったし、後は勝手にして」


「──説得完了。ブランド・マーニーの指令は本時刻をもって完遂しました」


 それを見下ろす彼らに感情はない。オペランド社の社員が彼女を掴んで強引に立たせようとする。


「──極めて不快ですね」


「……エーデル、グレンツェさん?」


 アカリを庇うようにして立ち上がったのは、白い自動人形だった。


「これだからアマテラスの企業は嫌なんですよ」


「未登録の自動人形を確認。任務の遂行に支障をきたす恐れあり。早急に対処が必要──」


「この能無しが」


 次の瞬間、エーデルグレンツェは目の前の黒スーツの脇腹から上半身に至るまでをごっそりとえぐり出して、貫いていた。

 バチバチと電光を散らして動かなくなる。


 誰も動けない。

 声も出せない。


「責任者は、あなたですか」


 エーデルグレンツェの腕が澤井に向けられる。


「忌々しい企業の走狗。無関心の愚者。──六十年前。フミヤ様は、あなたたちを憐れんでおりました。──オペランド社を撤退させて、今すぐにこの場から消えてください」


「わ、私を殺すつもりですか……?」


「必要とあれば」


「っ、そんな……自動人形は人を傷つけられない」


「試してみますか?」


 冷徹な声色に、澤井の顔が真っ青に染まる。


「待って、私にそんな権限は──」


「まだそのようなレベルの話をしているのですか? 私は、早急な解決を望んでいます」


 エーデルグレンツェの腕から細い電光が漏れて、澤井の髪を焦がした。


「ひっ」


「繰り返し伝えます。私は、あなた方の撤退を求めます」


「危険です。未知の自動人形には我々オペランド社が対応します。あなたは早く避難を」


「待って、待ってください……私はただ、」


 澤井が言葉を言い終える前に、エーデルグレンツェの腕に凄まじい雷光を帯びて、発射された。


 それは、澤井を貫こうと猛威を滾らせて──


「──ダメだ、エーデルグレンツェ!!!!」


「!?」


 澤井を突き飛ばした影があった。割り込んできた影に、雷撃が直撃して。


「ガァアアアアアアアアアアアアアア!?!?」


 身体を跳ね上がらせながら、その人物は床に崩れ落ちる。


「……っ、エリヤ君……!? なんで」


 澤井の目が、見開かれた。


「なんで、……」


「マスター!? なぜ──」


 全身に焼けた鉄を押し当てられるような痛みと共に、エリヤの意識が暗転した。


 ◇


『正午、夏正ロボティクス第一技術研究センターロビーにて、自動人形同士の銃撃戦がありました。現場には破壊された自動人形の残骸と数名の被害者が……いずれも軽症とのことです』


『今回の事件を受けて、未だ夏正ロボティクスは公式声明を出していません。また、民間警備会社であるオペランド・マイルワーカーズは、今回の銃撃戦を止めるために少なくない犠牲を払ったとのことです。オペランド社の平和維持活動にまた一つ実績が加えられた結果と言えるでしょう』


『そして、事件を経て世論は『AI倫理管理法』に対しての疑いを強めている様子です。近年、自動人形による凶悪な犯罪も増えてきている中、専門家は──』


 金髪の男──アレックス・ライトは己の邸宅の室内プールにて、テレビを見ながらゆっくりと浮かんでいる。


 ニュースを見て、アレックスは興味が失せたように電源を消した。


「報告。アレックス・ライト様に五件のメールが届いています」


 プールのふちに佇んでいる少女型の自動人形が無機質に告げる。


「……メールの相手は?」


「三件は各種メディアから。一件は裁判所から。最後はアマテラス連合会からです」


 アレックスはプールから上がった。途端に身の回りの世話をしてくれる自動人形が、身体から滴る水を素早く拭き取っていく。


「メディアのメールはマネージャーに回せ。裁判所は弁護士に。連合会の件だけで良い」


「──アマテラス連合会から、今夜の八時より立食パーティーへのお誘いです」


 金髪をかき上げて、唸り声をあげる。


「……チッ。面倒だな。リマインドしておけ。俺はヴィクターD.C.に用事がある。アンブレア、ついて来い」


「イエス。マイ・マスター」


 アレックスとパートナーである自動人形は、全面ガラス張りの室内プールから出て行く。


 その背後では、総勢八体もの自動人形が恭しく礼をしていた。

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