22.『摩天楼のアイドル』

 踊る。

 踊る。

 手を伸びやかに広げて、ステップを刻む。くるりとターンを決めて、表情を作る。

 そのたびに、私を見ている観客は歓声をあげて、さらに多くのパフォーマンスをするように迫る。

 

 いつからこんなことになったのか。

 それはもう、鮮烈な記憶の彼方に埋もれて思い出せない。


『君は、なぜアイドルを選んだんだ?』

 会社の重役にそう聞かれて、私は答えられなかった。


 なぜ、アイドルなのか?

 簡単に事実のみを並べるなら簡単だった。


 学校を卒業した後、都市を挙げての企業合同説明会に応募し忘れたからだ。このアマテラスでの仕事の殆どは、そこで決まる。

 割り当てられて、都市の歯車になる。


 それが嫌だったから、かもしれない。

 だから、私は──街中で声をかけてきたマーニーグループの芸能事務所──フェアリアルの新規アイドルスカウトに返事をしたのだった。


 それから、何年もアイドルとして光の舞台を目指してきた。


 なんにも目標がないままに。

 光に誘われる虫のように、ただアイドルとして都市に価値を示し続けた。


 そして、今。

 何の因果か。

 運命という名前の操り糸が示す先には──


 仕組まれた死の運命がある。

 私はきっと抵抗しないのだろう。


 だって、今まで抵抗したことがないんだから。

 もう、どう身体を動かせばいいのか分からない。


「私は──」


 ──ただ、前に進む。


 ◇

 

『エーデルグレンツェ、ユウに手を出すな!』


「なにを」


『それは……──っ、上だ! エーデルグレンツェ!!』


 エーデルグレンツェがインカムの声に従って咄嗟に飛び退いた。

 次の瞬間、直前まで立っていた場所に上空から砲撃が突き刺さって大爆発を起こした。

 土砂がめくり上がり、バラバラと降り注ぐ。


「……これはいったい──」


『観客席を見てみろ!』


 エーデルグレンツェが目を向けると、そこには巨大な砲門がずらりと並んでいる。

 そう、その砲門は先日まで競技場の開会式に使われていた。


 観客席を警戒しているエーデルグレンツェに、実況席から大音量で声が届く。


『おお〜っと!? ここでアカリ選手に賭けられたチケットが一定のラインを突破したことで、選手サポート用攻撃装置が使えるようになったみたいだよ!!』


『賭け金を一定以上賭けられると、選手は観客サポートを受けられるのは皆さんも知ってるよね? 今年からはなんと、有望選手の試合に直接砲弾を撃ち込める! 負けてほしくない選手を、あなたが直接サポート! 勝つ手助けができちゃうってわけ!』


『なんと今試合に限り、砲門を全開放してるんだよね! さっすが天下のブランド・マーニーがアカリのスポンサーについてることはある! さて、このチャンスを逃すな〜? 気になるあの子を直接サポート! 期間限定で砲弾一つにつき、十五万でどうだ!!!!』


『安い、安いよ〜! 十五万払えばあの子の笑顔が見れるなんて、とってもお得!!!!』


 ◇


 ──もはや、試合ではない。


 エリヤは呆然と目の前の競技場を見た。

 観客は怒号を挙げながら、試合に介入するべく多額の金を支払って、エーデルグレンツェに砲弾を降り注がせる。


「……こんな、こんなのって……!」


 エーデルグレンツェは試合どころではない。絶え間なく発射される砲弾に防戦一方だった。


『分かりましたか? これがアマテラス・メジャーです。己の目的のために、企業はどんなことでもやってのける』


 インカムから試合中のエーデルグレンツェの声が届く。


「……どうすれば、」


 あと少しで、エーデルグレンツェはアカリとユウのペアに勝利していた。


 ……だが、今では無数の砲弾に邪魔されて形勢が逆転している。

 一発、十五万。

 それだけの砲弾が無数に降り注ぐ。


「あっ、クソッタレ!」「ずりぃぞ!」「俺たちも注ぎ込め!!」


 エーデルグレンツェを応援していた観客も、怒号を挙げながら金をアリーナの端末に注ぎ込み始めた。

 もはや試合はカオスの様相を呈す。


 それぞれを応援する陣営の観客席から、砲弾が降り注いで、観客は周りの観客を口汚く罵倒する。

 そのまま観客同士の乱闘騒ぎがあちこちで始まり、実況がそれをさらに助長する。


 アマテラス・メジャー予選の地下競技場は、地獄のようだった。


「…………」


 それに、エーデルグレンツェが勝ったところで、アカリとユウが死ぬだけなのだ。

 企業は決して、逃しはしないだろう。


 遠くでアカリが踊っている。

 伸びやかに手を広げて、ターンを決める。

 笑顔を観客席に振りまくたびに、エーデルグレンツェに砲弾が降り注ぐ。


「こんなの……」


 幼い頃より憧れたメジャーは、こんなものだったのだろうか?

 八百長がはびこり、罵倒と笑い声が木霊する。


『この競技場に、救いなどありません』


「……エーデルグレンツェ?」


 インカムから不気味なほどに静かな声が聞こえた。


『ルールを定めた者に、ルールの範疇で戦えると思いましたか?』


「それは……」


 アリーナではエーデルグレンツェが踊るように砲弾を避けて、ユウに向かって電撃を飛ばしている。

 対するユウは、砲弾の弾幕を利用して雷撃から逃れながら無数の銃弾を撃ち込んでいる。


 こんな高速戦闘中に、エリヤに話しかけているエーデルグレンツェの処理能力に舌を巻く。


『マイ・マスター。このままでは、あと二分以内に、決着がついてしまいます』


「……何だって?」


 まさか。

 それは、エーデルグレンツェが──


『私がユウを壊して勝利する。それが、演算から導き出されたこの試合の結果です』


「…………」


『ですが、マスターはそんな結果を望んでおりません。──そうでしょう?』


「オレは」


 拳を握りしめる。


「オレに、何ができるっていうんだよ……」


『──私は、信じております』


 エーデルグレンツェの透明な声色に、熱が宿った。


『──【エーデル・シリーズ】十二番機.Type.L──エーデルグレンツェ。命令待機中』


 ……。

 …………。


 ──息を吐く。


 何ができるのか、そんなレベルの問題はとっくに通り過ぎた。

 着々と悲劇に向かって、道が整えられている目の前の状況を打開するのた。


 幼い頃、憧れていたメジャー選手は、こんなことはしない。

 これは、エリヤにしか出来ない。


「ああ、もうっ! 知らないからな!!」


『ちょろいです、マスター』


「うっせぇ!! オマエは集中しとけ!! ユウを絶対に壊すなよ! やつらの思い通りにしてたまるかってんだ!!」

 

 エリヤはエーデルグレンツェのために作った資料を素早くめくり始めた。


 ブランド・マーニーの資産──違う。

 去年の決算報告書──違う。

 競技場で運用中の自動人形名簿──違う。


 無数の情報がエリヤの脳内を錯綜する。


 昨日の晩に適当にネットの記事を切り貼りして作った資料は、ひどい出来だった。

 スポンサーがついているメジャー選手の資料と比べれば雲泥の差だ。

 何もかもがめちゃくちゃで、どうでもいいような情報もちらほらと載っている始末。

 

 ──だからこそ、道が拓ける。


「あった……」


 エリヤがたどり着いたのは、この地下競技場の俯瞰マップと配電図だった。


「──エーデルグレンツェ! この競技場を停電させる! 配電盤の位置は覚えているか!?」


『はい。自動人形は記録したことを忘れません……ですが、停電したとなると審判団も──』


「──ああ、この試合を無効試合にする。あいつらの思い通りにさせてたまるか!!」


 瞬間、両陣営から同時に放たれた砲弾がぶつかり、大爆発を起こした。

 閃光と爆音が観客の視界を白く塗り潰す。


「今だ、エーデルグレンツェ!! 配電盤を撃ち抜け!!」


『──イエス。マイ・マスター』


 エーデルグレンツェに降り注ぐ砲弾が止まった、その一瞬の隙間に。


 競技場を三条の光線が貫いた。


 全く別方向を狙った光線は、正確に三箇所に存在する配電盤を撃ち抜いて、小さく破裂させる。


 一瞬のノイズ。


 次の瞬間。競技場の音と光、その全てが──暗闇に包みこまれた。

 

 実況の声も、アカリの歌うアイドルソングも、スポットライトも、傾き続ける賞金プールを示す電光掲示板も──その全てが黒く染まる。


 異様な光景に、観客たちは一斉に押し黙った。

 そして。


 微かに灯った非常用電源が照らし出す──アリーナへと観客の視線を戻したのだった。


「これで、審判団が無効試合の合図を出してくれれば……」


『はい、流石にこれでは収益を確保できません。早急にスポンサー企業の決定が下されるでしょう』


 エリヤとエーデルグレンツェがインカム越しに話し合う中、唐突に。


 ──こつん、と。


 非常用電源で微かに照らされた場に、誰かが登った。

 顔は暗がりに隠れて見えないが、あれは──


「……アカリ?」


 そして、全観客が注目する中。

 彼女は、音楽も演出もなにもなく、マイクも使えないまま──小さな声で歌い始めた。


「アカリ……まさか」


『マスター!』


 ユウが、静かにエーデルグレンツェの元へ歩み寄る。──重い足取りが一歩進むたびに、無骨な武装が身体から剥がれ落ちていく。


 そして、分厚い鉄バケツのような仮面が割れて──ユウの素顔が覗いた。


 かの自動人形の素顔は、皮膚素材が剥がれ落ちて、眼球パーツも欠け落ちたひどいものだった。


『その顔は……』


『……』


 ユウは黙ったまま、拳を握りしめて──エーデルグレンツェに向かってファイティングポーズを決めた。


 アカペラの頼りない歌が響いている。


 エリヤは、呆然とメジャー予選競技場を見渡した。

 企業が許すはずがない。運営スタッフの慌てふためく声が聞こえてくる。


「そんな……」


 最後の反抗として。

 アカリは、混沌としたこのメジャー予選会場を丸ごと自分のステージに変えたのだ。


 ◇


「──君へ」


 歌うんだ。

 私を見つめるあの瞳に向かって。

 私を助けようともがくあの子に向かって。


 どうかどうか、あの人たちが──

 凍える夜を乗り越えて、暖かな夜明けを迎えられますように──


 この都市の夜明けを迎えられますように。

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