21.『操り糸』

『さて! アマテラス・メジャーAブロック第五試合で、今年のメジャー予選は終了となります! つまり、この試合に勝ったらメジャー進出の栄誉が得られるってこと!』


 電光掲示板に二人のアイドルが映し出されると、まるで爆発するような歓声がスタジアム内に響き渡った。

 紙吹雪が舞い散り、スポットライトの明かりに乱反射して煌々ときらめいている。


『一般市民の特別枠参加でありながら、ここまで破竹の勢いで勝ち進んできたルーキーくん! 果たしてメジャー進出の権利は得られるのか!! 新しいスターが、今夜生まれるかも!? ──直角エリヤ!! そして、またたく間に第九地区地下競技場の人気をかっさらった純白の姫君──エーデルグレンツェ!!!!』


「「「わぁあああああああああああ!!!!!!」」」


 今やエーデルグレンツェは、このAブロック地下競技場で大人気となっていた。


 輝かしいほどの美貌に、メディア受け抜群な容姿。『美少女』が数々の強敵どもを打ち倒していくという映える要素満載の彼女は、まさにメディアにとって称賛の的だ。

 彼女のマスターである直角エリヤがあまり試合に関与しないというのも、一部の層からの人気上昇に拍車をかけている。


 エーデルグレンツェはいつもの通り、歓声に向けてのパフォーマンスなどは一切せずにすたすたと歩いて位置についた。


「……」


『マスター、大丈夫ですか?』


「……ああ」


 エリヤは試合用のインカムを握りしめた。


『そして! 期待のルーキーに対する相手は……なんと、私たち『トップ☆フェアリー』のメンバー! アカリ! そして、彼女の自動人形であるユウだ!! 先日のアリーナライブで襲われちゃってから元気ないんだよね。だから、この場ですっきりできるといいね!』


『あれあれ〜? アカリちゃんって清楚な見た目に反して復讐系? けっこー根に持つ感じ〜? ルーキーをボッコボコにしちゃえ!! 八つ当たりだ!!』


『今回のチケットを購入した人は運が良かったね! なんと、復帰ライブに先駆けて、アカリのパフォーマンスが見られるかも!? それもこれもながーい試合時間があってのことだよ? だから、アカリの歌を聞きたい人はどんどんアカリをサポートしていってね!!』


『がんばれ〜、アカリ〜!!』


 明るい声に背を押されて、アカリが光と音と共に飛び出してきた。流石アイドルの登場といったところか。

 登場演出までも凝っている。


 笑顔を振りまきながら、手を振ってスタジアムに降りてくる。

 アカリの背後には、静かに自動人形のユウが付き従っていた。ただし、夏正ロボティクスセンターで見た外見ではない。


 分厚い鉄、まるでバケツのような仮面をかぶっている。身体にはゴテゴテとした武装がいたるところについており、徹底的に『個人』としての特徴が消されていた。


「……」


 まるで姫を守る騎士のように静かに進み出る。


「『トップ☆フェアリー』ねぇ……ライブチケットっていくら?」「あいつらは人間アイドルだからチケット代も高いんだよな」「え、じゃあこの試合は人間アイドルのパフォーマンスを無料で見られるってこと?」「無料ってなんだよ、メジャー観戦料払ってんじゃん。……前回から五万も高くなってるし。この金クズめ」「アイドルのライブもついてくるから実質無料ってことでしょ!?」「試合を終わらせるな! 金でもなんでも注ぎ込んで延長させろ!! 元を取るぞ!」「アイドルが決闘戦か……バラエティー競技でも良かったような気がするけど」「決闘戦が一番視聴率が取れるんだし、いつものことだろ!」「……なーんか、違うような気がするんだよなぁ」「高い金払ってるんだから、せめてその分だけでも楽しませろよ!!」「ボーナス全額お前に賭けるわ!! 負けたら承知しねーぞ!!」


 観客も肝心の戦う自動人形には目を向けず、アイドルとして視線を集めるアカリにしか興味は無いようだった。


『……なんて低俗な』


 エーデルグレンツェが感情のない声で小さく呟く。それにエリヤは何も言い返せなかった。


 インカムに指を添えて、スタジアムの端に避ける。

 ここからは自動人形同士の時間だ。


「……アカリ」


 向こうでは、アカリが満面の笑顔でポージングを観客たちに振りまいていた。

 そのたびに歓声があがり、賭け金のプールが傾いていく。


『さてさてさて!! もう待ちきれませんよね!? では、アマテラス・メジャー予選Aブロック第五試合──』


「……あの、すいません……直角エリヤ様、ですよね?」


 エリヤが電光掲示板を見上げていると、肩を叩かれた。

 振り返ると、運営委員会の腕章をつけたスタッフが何やらもごもごとした微妙な表情で立っている。


「……えっと、どうしたんですか?」


「いえ、すいません。こちらの電話に出ていただければと……」


「電話? それは今でなくちゃいけませんか? 見ての通りもう試合は始まってるんですけれど」


「それは……申し訳ございません。ただ、あなた様のこれからの進退とキャリアを考えると、出ていただいたほうがよろしいかと……はい」


 意味が分からない。


「相手は誰ですか?」


 運営スタッフはそれには答えずに何度も頭を下げて逃げ出してしまった。

 全く、メジャーが始まってからこういうことが多すぎる。


 渡された端末を耳に当てる。


『やっほー。私よ、ローラよ』


「っ、」


 艷やかな女の声が電話の向こうから聞こえた。

 連合会の構成員であり、ブランド・マーニーのCEOデイビッドの部下。


「……何の用だ」


『そんなに怖い声出さないでよ。こっちは今アマテラスにいないから中継越しでそっちを見ているのよね。もう試合は始まったかしら?』


 視線をスタジアムに向ける。


 まさに、今エーデルグレンツェとユウが動き出していた。


 ユウは距離を詰めてくるエーデルグレンツェに対して、腕に装着された機銃で弾幕を張ることで対抗している。


 瞬間、激烈なインパクトが轟いて、エーデルグレンツェとユウの拳が激突した。

 そのままひしゃげて吹き飛ばされるかと思ったが、ユウはなんと耐えている。


 ユウがバク転し、距離を取ると同時にエーデルグレンツェの顎先を蹴り上げた。

 エーデルグレンツェは危なげなく躱したが、その顔には静かな怒気が滲んでいる。


『……家庭用自動人形にここまでの強化改造を施すとは……』


 インカムから声が聞こえる。


 ユウは何も喋らない。背中につけたジェットパックで空を飛び、スタジアムを旋回しながら、おびただしい数の弾幕を降らせている。


 エリヤは視線を端末に落とした。


「ああ、もう試合は始まっている」


『そ。あの子──アカリにとっても、辛い結果になることが分かりきっていたでしょうに。結局、アマテラス・ドリームに目がくらんだのね』


「……何の話だ?」


 しばらくの沈黙。


『単刀直入に言うわ。──彼女のことを考えるなら、その試合に負けなさい』


 ◇


「……ちょこまかと」


 自分に降り注ぐ無数の銃弾を、当たるところだけ腕ではじき飛ばす。


「そろそろ降りてくるべきでは?」


 返ってきたのは銃弾だ。

 ため息をつく。


 スタジアム全体に鳴り響く、アカリのアイドル楽曲が今は鬱陶しい。

 エリヤも先ほどからこちらを見ずに、端末に向かって電話をしている。


「……まったく」


 どうやら、エーデルグレンツェとユウはこの会場内の誰からも注目を浴びていないようだった。もっとも目立つ場所に立っているのに。自分は光を受けているのに、大衆の視線はどこか別の所を向いている。


 それは、明日自分が手にできる賭け金だったり、突発的に始まったアイドルのライブに目を奪われているものだったり……。


「はぁ……ユウには悪いですが、早めに終わらせます。この競技場の空気は、私には合いませんので」


 エーデルグレンツェが左腕を伸ばした。真っ白な肌が光のともに組み合わって現れたのは網のような青色の模様が腕全体を覆った腕だ。


 エーデルグレンツェら『兄弟姉妹』は、『開発者』から【専用武装】と呼ばれる既存技術を逸脱した機能が搭載されている。


 ──【Lの完全人形】


 脳裏に閃くキーワードを宣言すると、スイッチが切り替わったように、目まぐるしく中枢神経回路と各種の抹消神経回路が発火する。


 そして。


 エーデルグレンツェの手のひらからまるで極太の大蛇のような青色の雷光が轟く。


「終わりです」


 その雷は空を飛び回るユウをハエのように撃ち落としたのだった。


 【Lの完全人形】。

 相手の攻撃とその威力をコピーし、己の能力とする力。エーデルグレンツェの使うそれは、相手の攻撃を数十倍まで強化することが出来る。


 あの夜受けた、オペランド社からの屈辱的な電撃は完全にエーデルグレンツェのものとなった。


 ──高貴なるその身体刻まれた屈辱は、力となる。


 刻まれたその言葉が、神経回路を発火させている。


「さあ、ここからは私の独奏です」


 エーデルグレンツェは、羽虫のように叩き落されて動けないでいるユウにコツコツと歩み寄った。


 ◇


「アカリをだしにして……オレに、負けろ?」


「ええ、そうよ。あのType.Lの実力ならば観客に悟られることなく負けることができるでしょ? 安心して。メジャー本戦に進むための勝ち点ならあなたは十分に持っているわ。多少本戦の試合数は増えるだろうけれど、チャンピオンには届く」


「……それ以上言ったら、張り倒してやる」


『あら、怖い怖い。電話越しで良かったわ』


 負けろ。

 そう言われたのだ。

 エリヤの子供の頃の夢、その舞台で──あろうことかこの女は。


『少し言葉が足りなかったようね。詳しく説明してあげましょうか。──あの日、アカリの自動人形であるユウはオペランド社に破壊された。そのことは覚えている?』


「……嫌でも覚えてる」


 あの事件は、最悪の出来事だった。オペランド社の黒スーツたちに命令を下した人物はアカリの所属する会社の親会社の役員であり、その部下がエリヤの慕う澤井ユメだったのだ。

 結局、最悪の事態はエリヤの心臓が止まったことで回避された。


 蘇生されたが、今でも胸にある傷は痛むのだ。


『アカリのあの行動は、明らかな契約違反だった。もはやアカリはアイドルを続けられなくなったのよ。……あの話が持ち上がるまでは』


「あの話?」


「アカリをメジャーの決闘戦に出場させ、『トップ☆フェアリー』の知名度を稼ごうとする話よ。壊れたユウは、ブランド・マーニーが提携しているヴィクター&ヴィクターズで最新の強化改造を受けた。この試合に勝てば、再びアイドルとしての人生を歩ませるという契約ね』


 最後まで、徹底的に利用するつもりなのか。

 アカリの気持ちをダシにして。

 ユウを踏み台にしてまで。


「……じゃあ、この試合にアカリたちが負けたらどうなるんだ」

 

『ユウが受けたのは最新の強化改造なの』


「……それがどうしたっていうんだよ」


『メジャー専用で、無茶な設計をしたから確実にAI倫理管理法に違反している。メジャーで負けた彼女には、もはや誰も居場所を提供してくれない。庇ってくれる企業も組織もない。そして、ヴィクター&ヴィクターズは最新技術を他社へ漏洩することを死ぬほど嫌っている』


「もっと分かりやすく話せ」


 ……いや、すでに予想はついている。

 ただ、受け入れたくないだけだ。


『──ユウの頭の中には、機密保持用のマイクロ爆弾が仕組まれているわ』


「……」


『帰りのタクシーやら電車なんかで爆発すればもろとも木っ端微塵でしょうね。アカリも、自動人形も。……そして、ブランド・マーニーと芸能事務所フェアリアルは過激なニュースでアイドルブランドを売り上げつつ、規則に従わないアイドルの口封じも出来るってわけ。もちろん、アカリが勝てばそれでもオッケー』


 足元がガラガラと崩れていくような幻覚が見えた。遠くには、伸びやかに踊っているアカリの姿が見えた。……それは、まるで蜘蛛の糸に捕まった虫が必死の思いで手足をばたつかせているように思えた。


「それを……アカリは知っているのか」


『そんなの教えるわけないじゃない。ま、薄々感づいているでしょうね。それでも彼女は踊り続けて観客からサポートを受けるしか道はないのよ。……彼女の自動人形が負けないためにね』


「…………」


 それでは、どうすればいいというのか。

 いや、そもそも、


「……このことを、なんでオレに伝えたんだよ」


『デイビッドに言われたからよ。相手の方から降参させるのがもっともお互い傷つかずにすむ方法だから。彼からは、もっと強引に進めてもいいって話をもらっているけどね。正直、私もエリヤ君にはあんまりつらい目にあってほしくないのよ』


「だから事情を話してこっちから自分で負けるように誘導してるのか?」


『少なくとも、暴力に頼るよりはよっぽど文化的よ。私たちにはオペランド社が付いてるんですもの。その気になれば君を命令に従わせることなんて簡単だわ』


 同じことだ。

 どっちを取っても。

 本当にこの女は、いけ好かない。


「オレは……そんなこと」


「…………はぁ。……あのねぇ。私は、私の権限に及ぶ範囲で最大限あなたに譲歩してあげているのよ? こういう取引で八百長の理由を説明してあげることがどれだけリスクの伴うのか……あなたに分かる? 普通、こういうのはスポンサーの上層部で全部決めてあなたたち選手は従うしか無いの。選択の権利を与えられているだけ、あなたは幸運なのよ」


 エリヤは奥歯を噛み締めた。

 選択の権利?

 そんなもの、本当に存在するのか?


 このアマテラスは、まるで巨大なからくり舞台だ。

 自分の意思で方向を決めて、自分で歩いている。──その実、無数の選択が与えられて、そのほとんどを自分自身で決められない。

 それは本当にこの都市で自由に生きているといえるのか?


 ──見えない操り糸をほどく手段はただ一つ。

 この都市で操り糸が届かないほど上に、成り上がるしかない。


 そう、あの都市の星──アレックス・ライトのように。


『で? 君はどうするの? 敗北を受け入れて、命を救うか……はたまた私の話を聞かなかったことにして、あの哀れなアイドルを見捨てるのか。決めるのはあなたよ、直角エリヤ』

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