13.『ほころび』

 直角エリヤは、エーデルグレンツェの過去に触れられたくないことがあると思い込んでいるらしいが、当のエーデルグレンツェ本人からすれば、それは少々ズレた思い込みだ。


 そもそも、エーデルグレンツェを含めたあらゆる自動人形は中枢神経回路を外殻としたコアプログラムに人格モジュールとその他メモリーを格納している。


 人格モジュールは人間の持つ『脳』に例えられることもあるが、それは一般的に分かりやすいメディア向けの方便であり、実際にはそれら全てを統括して自動人形にとっての『脳機能』を形作っている。

 各パーツ間にはネットワークが敷かれており、それは人間の脳のニューロンネットワークと違わない。


 唯一違うのは、自動人形はそのネットワークを再構成できること。


 『データリセット』や『フルスキャン』、『アップデート』は人間が外部から行う自動人形のネットワークを弄ることであり、自動人形の自己メンテナンスの際には限られた領域化ではあるが、『自分自身』でネットワークを弄ることもできる。


 そして、エーデルグレンツェは他の量産型自動人形と違い、完全に独自のネットワークを築いている。自己メンテナンス時の操作領域も、ネットワーク全域を自分で調節する事ができるのだ。


 自己判断による、自己改造ができるプログラム。

 ──エーデルグレンツェのシステムコードを書いた開発者は、そのような機能を持たせた。

 もしも見つかれば『AI倫理管理法』に違反しているとして、即座に解体されるほどの代物だ。


 エーデルグレンツェにとって、メモリー内の一部の『思い出したくない記憶』を隔離することなど容易だった。

 

 ……ただ、唯一の障害は──現マスター『直角エリヤ』があまりにも元マスター『直角フミヤ』とは性格が違うということであり……そのギャップが、慣れ親しんだメモリー内の記録と齟齬を起こす。 

 生じた火花が感情エンジンに伝わり、制御できないエラーとして顔の表情に浮かび上がってしまうのだろう。


 エーデルグレンツェはそうやって自己診断して、ようやく目の前に意識を戻した。

 

「こんにちは。あなたがエリヤさんのパートナーであるエーデルグレンツェですね。お会いできて嬉しいです」


 ……そう。この目の前の『自動人形』だ。

 アカリの話によると、登録名はユウと言ったか。


 アマテラスの企業、夏正ロボティクスによって作られた量産品。人間にネットワークを弄られ、作られた『モノ』だ。

 エーデルグレンツェとは違い、独自発展させたネットワークを持たず、『個性』も恐らく持たない。


 ただ人間の真似事をするだけの、空っぽの鉄くず。


 エーデルグレンツェは深くため息をつきそうになった。こんなところに一人置いていったエリヤに恨みさえ抱きそうになる。


「こんにちは。エーデルグレンツェと申します。どうかよろしくお願いしますね、ユウ」


「エーデルグレンツェ、我々は良い関係を築けそうだ」


「ええ、あなたがそう思うならば、そうでしょう」


 こちらの笑顔に、ユウもにっこりと笑顔で返して手を差し伸べてくる。握手をしようということか。

 

 夏正ロボティクス第六世代自動人形はテーマを家庭用にシフトした最初のモデルだ。つまるところ、人間が好感を持ち、コミュニケーションを取りやすいように人格モジュールが調節されている。


「やっぱり、二人とも仲良くできそうって思ってたんだ!」


 エーデルグレンツェはアカリに目を向ける。二人の自動人形が互いに微笑みながら握手をする光景は、傍目から見れば平和そのものだ。

 実際には、人為的に組まれたプログラムがそうさせているに過ぎないのだが。


「当然です。我々は全ての人にとって友人となれるようにデザインされていますから」


「ええ、そうですね」


 いつまでこのような退屈な人形遊びに付き合っていなければならないのか──エーデルグレンツェは、感情エンジンが赴くままに『あくび』のプログラムを身体に走らせそうになった。


 その時だった。


 アカリの表情がこわばり、手がぎゅっと強く握られる。

 ──ロビーに入ってきたのは、一人の女性だ。

 ビジネススーツ姿であり、私服出社が可能な夏正ロボティクスの研究員たちとは明らかに違う雰囲気を醸し出している。


「アカリさん。はじめまして」


 流れるようにして、端末を取り出しアカリに向ける。

 瞬間、アカリが弾かれたように立ち上がった。

 

「私は芸能事務所フェアリアルの澤井ユメと申します。『トップ☆フェアリー』のマネージャーが謹慎処分となったことで、代わりに担当となりました」


「え……新しいマネージャー……? ……え?」


 理解できないといった表情。


「じゃあ、セイジさんは……?」


「彼は現在自宅で謹慎処分を受けています。あなたの身に危険をもたらし、あまつさえそれを阻止できず、隣にいる自動人形以下の働きしか出来なかった。どうか安心してください。彼があなたの前に現れることはないとお約束いたしましょう」


「そんな……あれは、本当に偶然のことで──」


 アカリは理解を拒んでいるように、ただ首を振りながら後退る。

 ぽすっ、とアカリの身体がユウに受け止められた。


「アカリ。……落ち着いて、深呼吸をしてください。今のあなたは、ひどく動揺している」


「……わかった……わかったから」


 震えながら、ゆっくりと深呼吸を始めるアカリを確認してからユウは目を上げる。


「詳しく説明してもらえませんか? あなたの説明では、事情を理解するには足りません。ストレス反応を引き起こすだけだ」


「ええ、分かりました」


 澤井は端末をしまった。


「事の発端は、二週間前の日曜日。アカリさんが所属する『トップ☆フェアリー』のアリーナライブ終盤で、刃物を持った人物が乱入してきたことにあります。幸いなことにアカリさんを含めたメンバーたちに怪我はありませんでした」


 エーデルグレンツェは頭の中でウェブブラウザを展開し、当該事件を調べる。


「……ふむ」


 続けてSNSの方を一通りさらってみる。二週間前の日曜日。トップ☆フェアリー。アリーナライブ。

 ──ニュースがヒットする。


 様々なメディアがセンセーショナルな見出しをもって事件を扱っている。

 このアマテラスには、芸能に関する事件や不祥事などいくらでも起きている。

 なのに、たった一つのアイドルグループに関する事件だけで丸々一週間もメディアのトップページに残り続けていた。

 過剰なほどに。

 

 ……どうにも、きな臭い。

 経営陣である芸能事務所フェアリアルはこの件に関して繰り返しメディアのインタビューに答えている。

 自らの擁するアイドルグループの事件なんて、メンバーの安全の観点からも早々と流して話題にしたくないはず。

 それなのにメディアにならって、芸能事務所フェアリアルも同情的な文言で、まるで狙ったかのようなタイミングで名前を売り出している。


 話題作りにしたって、悪趣味にもほどがある。


「もうこのような事を起こすわけにはいかないと、ブランド・マーニーの経営陣は判断しました。よって、私が担当につくことになったのです。『アイドル』を守るために禍根は全て断っておこうと」


「つまり……セイジさんは、私を守れなかったというだけで仕事を降ろされたんですか……? 警備員でもないのに、責任を取らされた」


 アカリを見下ろす瞳は、ただ柔らかな光をたたえている。


「それは事実と異なりますよ。彼は己の職務を満足に遂行できなかった。それだけです。ただ……適正というものがあり、事務所はあなたの安全と利益を最優先に考えています。……ご理解いただけましたか?」


 分からないものだ。しかし、事実かどうか確かめるすべを、アカリは持たない。


「……分かり、ました……」


「続けてもう一つ」


 女の瞳がアカリの隣──肩を支えている亜麻色の髪を持つ自動人形に向けられる。


「当社規定により、アイドルの身の回りの世話をする自動人形はブランド・マーニー契約のヴィクター&ヴィクターズ製のものに置き換えられます。現在の自動人形は廃棄、売却、寄付、または譲与してください」


「…………え……?」


「あなたの安全と利益を守るためです」


 つまり、芸能事務所フェアリアルはアカリにユウを──


「確認してください」


 アカリの目が大きく見開かれた。

 震える腕をポケットに差し込んで、スマホを取り出す。


「当社規定の更新に同意する場合は、契約書にサインをお願いします。我々はあなたと再びステージに立てることを待ち望んでいますよ、アカリさん」

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