12.『アイドル事変』
再会を喜ぶアカリたちを残して、エリヤは建物を出た。あの場に素知らぬ顔でいられる胆力なんて持ち合わせていない。
道路沿いにエーデルグレンツェは静かに立っている。しかし、改めて見てみると、凄まじいモデリングだ。遠目から見ると完全に人間に見える。
そばを通り過ぎる夏正ロボティクスの研究員たちも、何度も振り返ってしげしげと眺めていた。
「……不快ですね」
「そう言うなよ。皆オマエに見惚れてるんだ」
「そういう意味ではありません。あのような路傍の雑種がいくら私に羨望の眼差しを向けたところで、私は毛ほども感情を波立てません。フラットです」
ちらりと横を見る。なるほど。
「…………ハッ。フラット、ね。まさに『スーパーフラット』だな」
「あなたの首をねじ切って差し上げてもよろしいのですよ? マイ・マスター」
彼らからしてみれば、エーデルグレンツェを今すぐ研究室に持ち帰ってバラしたいに違いない。
……その場合は、倫理規定の搭載されていないエーデルグレンツェによって自分たちがバラバラになるだろうが。
ロータリーの縁石に座って脚を投げ出す。久しぶりにしっかりと人と会話したせいか、気疲れを強く感じた。
「彼女を護衛するのではなかったのですか? このような場所で座っていてもいいと?」
「技研のセキュリティだぞ? オレが一人いたところで変わらない」
「確か、ここで提供しているサービスは自動人形の修理サービスでしたね。親しげな自動人形がアカリの元へ帰ってきたので、コミュニケーション能力の低いエリヤ様は慌てて逃げ出したということでしょうか?」
「……人をバカにする方面だけは、ホームズもびっくりな推理力だな」
「光栄です」
ふざけるな。
しかし、大方その通りだったから笑えない。
まるで兄妹──あるいは恋人同士のようだった。
自動人形を『モノ』としてではなく、同じ『ヒト』としてみる価値観は若年層ほど定着しやすいという。
それに、アカリとユウは幼い頃から一緒にいた。
エリヤはエーデルグレンツェに目を向ける。
……確かに。
「そのような下卑た眼差しを向けないでください。妊娠してしまいます」
「……色々とツッコミどころはあるけれど、一つ言わせてもらおうか。オマエにだけはねーよ、このポンコツ」
ため息。
「なるほど。ポンコツですか。本物のポンコツならば──こちらを監視している彼らにも気づかず、悠々とお喋りを続けるのでしょうね」
……? なんのことだ。
エーデルグレンツェはエリヤの方へごく自然に歩み寄ってきて、母が子にそうするように抱きとめてきた。
「おい……なにをして──」
「──しっ。……良く聞いて下さい。私たちは現在監視されています。相手はオペランド社。エリヤ様の言う、『借金取り』です」
「なんだって?」
慌ててエーデルグレンツェを押しのけて確認しようとするが、ぐいっと力を込められて抑え込まれてしまう。
耳元で囁かれた。
「建物の中に移りましょう。エリヤ様は具合が悪いように振る舞ってください。私が肩を貸しますので」
◇
「オペランド・マイルワーカーズ。通称、オペランド社。連合会を構成する企業の一社であり、アマテラスに本社を置く──民間軍事会社です」
エーデルグレンツェの肩を借りて、センターの中まで入る。監視の目がなくなった途端にエリヤは投げ捨てられた。
なんてやつ。
投げられた拍子に強打した腕を擦りながら、エリヤは渋々聞き返す。
「民間軍事会社っていうと……ああいうのか?」
ロビーの壁面を飾るスクリーンには、様々な広告が目まぐるしく映し出されている。そのうちのいくつかが、民間軍事会社の広告だ。
金を払えば行方不明者の捜索から組織間の抗争、国家間の戦争に出兵──何でも屋といったところか。
「オペランド社は、連合会所属ということもあり、このアマテラスでは様々なところに根を張っています。──先日のエリヤ様を襲った『借金取り』も、企業から委託を受けて業務を遂行したのでしょう」
「あの連中、ほんと容赦なかったな……」
エーデルグレンツェがいなければ、今頃内臓を売り飛ばされていたかもしれない。ぞっとする。
「最大の特徴としては、従業員の九割がサイボーグあるいは自動人形に置き換わっているところですね」
「……ああ、だからあのとき……」
エーデルグレンツェはオペランド社を知っている様子だった。瞬く間に制圧したのは、エーデルグレンツェの並外れた戦闘能力があったことがもちろん、オペランド社の戦術を知っていたのも大きいだろう。
「オマエ、よく連中を知ってるな?」
「情報は宝ですから。無知蒙昧なマスターとは違って良く理解しているのです」
「冗談はよせ。……なぜあいつらのことをこれほど詳しく知っているんだ? オマエ、やつらと何かあったのか?」
問い詰めると、エーデルグレンツェはエリヤの視線から目をそらして淡々と口を開いた。
「これ以上の回答を拒否します」
煙に巻くようにそう言うと、顔を背けて手でまぶたを抑えてしまう。若干の怒気を感じる。
「おい……!」
「私を問う前に、やるべきことがあるのでは?」
「……っ」
そうだ。今はエーデルグレンツェとオペランド社の関係なんてどうだっていい。
オペランド社の借金取り。
彼らを止めるためには──エリヤは懐にしまった通信機を無意識に触る。
連合会の使者、ローラに連絡を取るためのホットライン。
「……オレはトイレに行く。アカリたちを出迎えてやってくれ」
エリヤは荷物をまとめて、エーデルグレンツェに預けた。
「あら、コミュニケーション能力の低下を防ぐためにも彼女たちと会話を試みたほうが良いのでは?」
「余計なことを言うな。いいからここにいろ」
男性トイレに入り、エリヤの他に誰もいないことを確認すると懐から通信機を取り出してコールした。
今の時代、スマートフォンや他のスマートデバイスがあるにも関わらず、ローラに渡されたのは旧時代然とした無骨なトランシーバーだ。
ほとんど化石みたいなもので、使い方を思わず尋ねてしまったほどだった。
数秒のノイズの後、繋がる。
『ハロー、少年? またお話できて嬉しいわ』
「アイスブレイクは結構だ。今はもっと大切なことに時間を使いたい」
『せっかちねぇ。こっちはモーニングコーヒーを飲んでいたの。仕事の話なら後にしてくれない?』
怒鳴りつけたい気持ちを抑えて、エリヤは備え付けの時計を見る。
午前11時33分。
モーニングコーヒー? ふざけるな。
……いや、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
落ち着け。
「今、オレは夏正ロボティクスの技術研究センターにいるんだが、周りをオペランド社に囲まれている。あんたは連合会直属なんだろ? やめさせるように言えないのか?」
『……オペランド社?』
ローラの声が一オクターブ低くなった。
「利子分の金が入る予定なんだよ! なのに、こんなところにまで借金取りに追われなくちゃなんねーのか!? あんたの命令かなんかで、なんとかしてくれ!」
通信機の向こう側が静かになった。続いてカタカタとキーボードを打ち込む音が聞こえてくる。
やがて、
『……いいえ。私の方で確認してみたけれど、オペランド社は動いていないわ』
「は?」
何を言っている?
『正確には、エリヤ君の借金関連で動いているオペランド社の部隊はいないわ』
「どういうことだよ? じゃあ周りにいる連中はなんなんだ? 依頼主は? 教えろ!!」
『……はぁ。守秘義務って知ってる? 依頼主のプライバシーは守られてこそ安心して社会で暮らせるってわけ。いくら連合会といっても、所属企業の仕事にそう口を出せるわけじゃあないのよ』
「御託はいいから早くしろ! あんたの言うことは何でも聞いてやるから!!」
再びの沈黙。
『……それは悪手ね。何でも聞いてやるだなんて、久しぶりに聞いたわ。二十年ぶり……小学校以来かしら?』
「それがどうした? 借金取りに襲われて死ぬくらいなら何でもやってやる」
盛大なため息が聞こえた。
『青いわね。……この通話は録音されているし、声紋記録もバッチリよ。忘れないでね』
キーボードを叩く音が聞こえて、
『……夏正ロボティクスの本社周辺……展開している部隊を動かしているのは『ブランド・マーニー』の子会社──『芸能事務所フェアリアル』』
「……は?」
アカリの芸能事務所だ。芸能事務所が民間軍事会社に依頼?
なぜ、そんなことを──
『命令は──『マネージャーの護衛』と『夏正ロボティクス第六世代『ユウ』の破壊』。……めんどくさそうな出来事に巻き込まれてるわねぇ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます