11.『自動人形事情』

「さぁて! お金は払ったんだから、バリバリ働いてね! とりあえず──エリヤは私と一緒に歩いてくれる? 自動人形さんは私たちの視界に入らないところで待機と監視ね」


「……ここまで大金を払ってボディガードを雇う理由ってなんだ? 何かマズイことでもやらかしたのか?」

 

「まあアイドルにも色々あるんだよね〜。これ以上はプライバシーってことで、よろしくね?」


 人差し指を唇に当てられて、にっこりと笑いかけられればそれ以上追求を止めざるをえない。


 嵐のような自称アイドルは、そのまま笑顔で手を振ると自動人形が運転しているタクシーを呼び止める。


 自動人形が運転しているタクシー──実際には自動車と自動人形が接続されており、広義の『自動運転車』と何も変わらないのだが、多くの人は心理的に運転席に人が座っていたほうが安心するとのことなので、未だに運転席には『人の形をしたもの』が座っている。


「夏正ロボティクスの第一技術研究センターまで」


 ふわふわとした印象のアカリの口から、耳馴染みのない文字列が飛び出して思わずエリヤはアカリを見た。


「ふふん、プライバシーだよ?」


 その目はいたずらげに細められている。


「……だから何も知らないボディガードを依頼したわけだ」


「ドッキドキでしょ?」


 出会って間もない相手に、満面の笑顔を向けられるのはアイドルとしての経験ゆえだろうか?

 エリヤはぼんやりと考えていた。


 やがてタクシーが走り出した。振り返るとエーデルグレンツェがもう一台のタクシーと交渉しているのが見えた。

 後で払わなければ。


「ねえ、エリヤ」


「何だ?」


「君は、アマテラスをどう思ってるの?」


 アカリは肘を窓枠に乗せたまま流れる景色を見ていた。


 地図アプリの案内によると、人工河川のニュー・コロラド川を沿って20キロメートルほど下流に下れば『夏正ロボティクス』の本社につくという。 

 高架橋が何本も入り乱れて、その隙間を縫うように摩天楼が背比べをしているのだから、川沿いといっても景色には期待していなかった。


 アマテラスの上空には大気汚染対策のドローンが何十万と飛び回っている。空を見上げればチラチラと灰色の反射光が目につく。そのおかげで世界一空気が綺麗だというが──この巨大都市の景色はそんなことを忘れさせる。


「どうって……なんだよ。どういう意味だ?」


「そのまんまだよ。君、結構苦労してきたでしょ? 身体はずっとドア向いてるし、片手はいつでもシートベルトを外せるようにずらしてる。ソワソワしているのか、車に乗ってから十二回唇を舐めたよね」


「──」


「アイドルを舐めないでよね。私、結構頑張ってるんだから」


 人間アイドルとして、努力してきたということだろうか。ファンの気持ちを読み取るために、ひたすらに。

 確かに、たかがアイドルと舐めていた。


「……借金があるんだ。気分を悪くさせたのなら謝る」


「謝る必要はないよ。誰だって一緒だもん。……それよりも答え、聞かせて欲しいな。アマテラスをどう思っているのか」


 アカリの視線がこちらに向けられる。

 少し考えて、


「まあ、それなりって感じかな」


「……へえ?」


「オレみたいな、どうしようもない人でもチャンスを掴めれば這い上がれるし、今やってるメジャーでも一発逆転を目指してる人が多い。生きる気力が溢れてるっていえばいいのか。そういう意味で、そこそこって評価に落ち着くんじゃねーの?」


「意外だね。一人称じゃなくて三人称を見るんだ。罵詈雑言が飛び出すかと思ってたけど」


「クソ親父が一人称の人だったからな。反面教師ってやつだよ」


「あらら」


 いつも酒を飲んでは、自分に起きた良くない出来事を全て、世間が悪いだの騒ぎ立てる人だった。

 心の幼い人だったのだろう。結局、その世の中に負けて投獄されたのは皮肉だろうか。


「そっか。……そうだよね」


「何を一人で納得してる?」


「へへっ、今日の夕飯を決めてたの。君がネガティブな答えだったら、セール品のゼリー飲料を。ポジティブだったら高級ジャパニーズスシをね」


 なんだこいつ。

 いたずらげに目をしばたかせて、アカリは考え込むふりをする。


「でも、『そこそこ』かぁ……ゼリースシってなし?」


「日本人は食べ物で遊ぶ連中を殺すらしい」


「うげっ……じゃあ、うどんでいいや……」


 思考回路が意味不明だ。


 タクシーの窓から、ぱっと青空が見える。高層建築が乱立していたエリアを抜けたのだ。

 ニュー・コロラド川を見下ろすように巨大な流線型の建物が建っている。夏正工業の子会社──夏正ロボティクスの本社だ。子会社といっても、資本金は親会社よりも上。昨今の自動人形ブームに合わせて設立し、その想定通りに大きな成長を見せている。


「ええ、それに夏正ロボティクスはヴィクター&ヴィクターズとの宇宙開発プロジェクトに共同で出資をしているようですから。二つの大企業が手を取り合って牽引する未来を自動人形の我々も楽しみにしていますよ」


 そんなことを運転手の自動人形に言われて、曖昧に頷くことしか出来なかった。興味もなければ、そういう経済的な教養があるわけでもない。

 自動人形に搭載されている『観光客向けのおしゃべり機能』は、やはりエリヤには合わなかった。

 ちらりとアカリに目を向けると、うんうんと話に合わせて相槌を打っている。本当に理解してるのかどうか。


 アカリとエリヤは、本社の隣──技術研究センターにタクシーを寄せた。建物のロビーに入ると、受付の女性型自動人形がアカリの身分を確認して、奥に案内する。

 案内された先は、広々とした倉庫のような場所だった。ガラスの向こう側には多くの自動人形が並べられており、ベルトコンベアが縦横無尽に走っている。


「修理を依頼されたのは、夏正ロボティクスの第六世代自動人形──登録名『ユウ』でよろしかったでしょうか?」


「はい、それです」


「では、再会の一時をお楽しみください。本日は、夏正ロボティクスの自動人形修理サービスをご利用いただき、ありがとうございました」


 柔らかな機械音声が降ってくる。

 そうして、ベルトコンベアに乗せられて運ばれてきたのは青年の形をした自動人形だ。ふんわりとした亜麻色の髪。まつ毛が長く、少年のような幼い空気をまとっている。

 瞳がゆっくりと開かれると同時、アカリが駆け出した。


「……ユウっ!!」


 アカリを抱きとめながら、ユウは辺りを見渡して──ようやく納得がいったのか微笑みを見せる。


「おはようございます、アカリ。私を修理してくださったのですね」


「っ、当たり前じゃない! 私のパートナーはユウしかいないんだから!」


「それは光栄です。さあ、もっと顔をよく見せてください」


「……少し痩せた?」


 アカリの瞳には涙が滲んでいる。


「自動人形は痩せたり、太ったりしませんよ。そういうアカリは、少し背が伸びましたか?」


「そうなの! この間の健康診断でね、私の身長が二センチも伸びたんだ! これも全部ユウが毎日トレーニングしてくれたおかげ──」


 堰を切ったように話し続けるアカリと、それを自動人形らしい完璧な笑顔で受け止めて、適切な相槌を打つユウ。


「あっ、いけないいけない紹介するね! 先に自己紹介して!」


「私の名前はユウ。アカリの世話係として務めている者です」


「えっと、オレは直角エリヤだ……」


「エリヤさん、と呼んでも?」


「……ああ」


「嬉しいです、エリヤさん。私たちは良い関係が築けそうだ。ここまでアカリを守ってくださり、ありがとうございます」


 ユウはにっこりと笑顔でお辞儀をする。

 正直、自動人形の完璧な笑顔は苦手だった。


「ユウはね、少し前の公演で観客に刺されちゃって……それで修理をしてもらってたんだ」


「……刺された?」


「恐らく、私とアカリを見て恋人関係だと邪推をした方がいたのでしょう」


 確かに、そう見ようと思えば十分見える。でも、それで刃物を取り出して刺すなんて理解できない。


「酷いよね? 私が小さな頃から一緒にいただけなのに……」


「アカリに怪我がなくて良かったです。もし、アカリが傷つくようなことがあったならば、私は犯人をどうにかしてしまっていたかもしれません。そういう意味で、私が刺されたことは幸運でした」


「もうユウったら、そんなこと言わないでよ!」


「はは、ジョークですよ。自動人形は人を傷つけられませんから」


 エリヤはそんな二人を見て、少しだけ建物の外に待機しているはずのエーデルグレンツェが恋しくなった。

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