第二章 トイ・プロブレム

10.『自称、超新星アイドル』

 エリヤはその少女から目をそらして踵を返そうとすると──


「ちょっと待って!」


 ガシッと肩を掴まれた。それもかなりの力で。


「な、なんだよ……」


「私のこと、知ってるよね?」


 いきなりの断定口調で少女はエリヤに迫る。

 いや、初対面だけど。


「オレはあんたのこと知らな──」


「うしっ! 私のこと知らない人一匹ゲット!」


 エリヤは少女に肩を掴まれて、強引にベンチに座らされていた。あっという間の出来事だった。抵抗する暇もない。


「ご友人ですか? 友人は選んだほうが良いと思いますが」


「いやいや、全く知らないってば。生き別れた妹とかいないと思うし、義妹とかも記憶にな──」


「そうですか。それは良かったです」


「……ん、え?」


 エリヤの華麗なジョークを適当に打ち切ったエーデルグレンツェは少女の前に立ち塞がった。


「失礼。あなたのお名前は何でしょうか?」 


 少女はふわりと立ち上がって腰に両手を当てた。


「私の名前は、今をときめく『芸能事務所フェアリアル』所属の『トップ☆フェアリー』アカリ! 覇権も覇権! 五体投地で足を舐めなさい!」


 頭が痛くなってきた。

 エリヤはもう一度その少女をまじまじと見る。


 確かに……彼女の言う通り、整った外見をしていた。スラリと流れる絹のような黒髪に、ぱっちりとした大きな瞳。人並み以上の容姿にテレビに出ていてもおかしくないと思わせる。

 金をかけてモデリングした自動人形みたいだった。


「でも、信じらんない! あの事務所、どんだけマーケティングをサボってたの……こんな人生つまんなそうなガキにこそ私の魅力を広めるべきなのに! ねぇ、本当に私のこと知らない?」


 失敬な。

 改めて名乗られたところで、記憶になかった。


「『アカリ』……芸名か?」


「失礼ね!」


 お前がな。


「……いや、ある意味では合ってるのか。とにかく、超新星な『人間』アイドルとして売り出してるはずなんだけど! 今どき君くらいの子が知らないなんてことありえる!?」


 人間アイドル。

 確か、そんな言葉をラジオで耳にしたことがあった。


 アマテラスでは、すでにモデリング技術によって人間と遜色ない──いや、さらに美しく可憐な姿を自動人形で再現できている。


 それにアイドル特化型のAIを乗せれば、ファンを絶対に裏切らないアイドルとしての完成だ。メディア公演も複数箇所で出来るとして、まさに『自動人形アイドル』は新時代の象徴として君臨している。


 それに比べて、『人間』は不完全だ。

 恋愛もするし、不祥事だって起こす。身体は一つしかないし、ダンスも二十四時間踊れない。

 当然、全てを人工的に美しく調整された自動人形には敵わない。


 せいぜい、今の時代の人間アイドルというものは『人の温かみが大切なんだよなぁ』という極々少数の変人たちに気に入られるくらいだった。


「テレビとかインターネットとか見ていないの!? 結構CM打ってるはずなのに!」


「……いや、テレビなんて持ってないし。ラジオだけ……」


「信じらんない。どこの原始人よ」


 今すぐその小さな口に拳をねじ込んでやってもいいんだぞ、とエリヤは拳を固めたが寸前で思いとどまる。


 アイドルの顔という資本を傷つけた者に、事務所が黙っているはずもない。きっととんでもない額の賠償金をせしめられるだけだ。


 アカリは何やら懐をガサゴソすると、小さなカードを取り出した。QRコードが印刷されている。


「それ、うちの新曲だからね! 聞いたらきっと私の足を舐めたくなるはず!」


 最悪な洗脳装置を渡してくるな。


「まあいいや。私のこと知らない人なら好都合だし! ──ねぇ、私に雇われてくれない? 君、お金に困ってるんだよね?」


 アカリは懐から小さな紙を取り出して、サラサラとベンチを床にして数字を書いていく。


「はい、これ小切手」


 エリヤが受け取り、エーデルグレンツェと覗き込む。

 そこには、アマテラス都市圏で一ヶ月不足なく生活するには十分な金額が書かれていた。


「は……? え、」


「ちなみに手付け金だからね。もし全部終わったらもう一枚あげちゃうよ」


 アカリはにやにやしている。そんな表情でも、可憐な美貌ゆえかどうにも怒りが湧かなかった。やはり神は不平等だ。


「あは。やっぱ、お金に物を言わせて黙らせるのってサイコーだね……!」


「おいこら性格」


「典型的な破滅型ですね。ご愁傷さまです」


「いいじゃんいいじゃん。成功者の証だぜ?」


 アカリは笑いながら、エリヤの顔を覗き込んでくる。


「で? それ欲しい? なら、私に雇われてくれない?」


「何の仕事か聞いてからな」


「んー……ボディガードってとこかな。君、結構高級そうな自動人形持ってるし、高い自動人形って警備機能もあるんでしょ?」


「エーデルグレンツェ」


「はい。お任せください」

 

 エーデルグレンツェが前に出た。


「私はパーフェクトなセキュリティを有しております。泥棒なんてイチコロです。ハンバーグにできますよ」


「一応ここは法治国家だ」


「半殺しです。豚箱に突っ込んでやりますよ」


 こんなボディガードがいてたまるか。


「……合格か?」


「うわぁ。君の自動人形って人格モジュールどうなってんの? すごいねぇ……ま、余裕で合格だよ。自動人形は嘘をつけないしね」


 さっき普通に嘘ついてたけれどな。

 やはりエーデルグレンツェは、普通の自動人形と違うようだった。


 『AI倫理管理法』によって定められた共通プロトコルによって、アマテラスの自動人形は人間に嘘をついたり、害を与えたりなど不都合となることはできない。やはり、エーデルグレンツェはアマテラスの外からやって来たのか。 


 となると浮かぶ疑問が一つ。


 一体何者が、アマテラスの技術に頼ることなくこのような究極に近い自動人形を作り上げたのか。

 謎は尽きない。


「なら契約は成立だな。オレは直角エリヤ。こっちはエーデルグレンツェだ」


「よろしくね!」


 ぐいっと手を握られて上下に強く振られた。

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