6.『そして少年は犯罪者となった』

「や、やめろ! 警察に通報するぞ!」


「我々の業務は、企業から委託されたもの。法律に抵触しない。しかし、強制執行手続きを妨害された場合は、そちらが威力業務妨害として法律に抵触することになる」


 まるで世界の真理を確認するように、淡々と告げられる。黒スーツの男たちは、壁に叩きつけられて動かないエーデルグレンツェを取り囲んでいる。


「差し押さえる。まずは、未登録の自動人形が一体」


「止めろ! エーデルグレンツェに触るな! そいつはたった今目覚めたばかりで──」


「抵抗するつもりか? ──拘束しろ」


「がっ!?」


 素早い動きで黒スーツたちがエリヤの腕を掴んで頭を地面に押し付けた。胸が圧迫されることで息がつまる。脳が焼ける。 


 目の前には、運び出される白い自動人形の姿がはっきりと見える。

 だが、自分には何もできない。

 それがもどかしくて、いくら暴れてもエリヤを拘束している男は岩のように動かない。


「この、クソ野郎!!」


 口を塞ぐ手のひらに噛みついて、怯んだ隙に、声をあげる。痛くて涙が出る。それでも、


「……っ、エーデルグレンツェッ!! 完璧なんだろ!? 凄いんだろ!? オレを煽ってた時の威勢はどこいったんだよ!! 動け! 動いてくれ!!」


「無駄だ。自動人形を貫いたのは対テロ鎮圧用のショックウエーブ。アマテラス製の自動人形なら、一撃で中枢神経回路が麻痺する代物だ。大人しくしていろ」


「そんなこと知るかッ!! 動け、動けよ!!」


 ただ、叫ぶ。


「六十年眠ってたくらいで動けなくなるのか!? そろそろ寝ぼけるのもいい加減にしろ!! この、ポンコツ!!!!」


 瞬間だった。


「──ポンコツ? 今、私をポンコツだと?」


 バネのように跳ね上がったエーデルグレンツェの身体は、運んでいた黒スーツの男たちを薙ぎ倒した。一人は数メートルも吹き飛んで窓ガラスを突き破っている。凄まじい力だった。


「私は断じてポンコツではありません。訂正を願います」 


「──未確認の機体の暴走。対処する」


 男たちは一斉に陣形を組んで、エーデルグレンツェを包囲する。

 次の瞬間、エーデルグレンツェの姿が掻き消えた。


「──っ!?」


 閃く無音の光。

 三人の身体が真っ二つに引き裂かれて、青い循環液をぶち撒けて宙に舞っていた。

 黒スーツの男たちは、サイボーグだったのか。


「人間にも自動人形にも成りきれぬ半端者が。生意気です」


 ──エーデルグレンツェの行動には、音は伴わない。


 まるでワルツを踊るようにして手を突き出せば、黒スーツは冗談のように吹き飛ばされていく。

 くるりと回れば、バラバラに散らばった機械の部品に光が反射してきらめいている。


 エーデルグレンツェは、エリヤのそばにしゃがみ込むと、手を取って貴族のような最敬礼をした。そして、エリヤの手の甲にそっと口づける。


「──つっ!?」


 ビリッ、と電流が走ったような一瞬の痛みと熱。

 エリヤの手の甲には、皮膚の上から真っ白な紋様が浮かび上がっていた。──まるで、アーミラリ天球儀のような複雑に絡み合った模様だ。


「──これにて、契約は成立しました。私、エーデルグレンツェは直角エリヤ様をマイ・マスターと認定し、【専用武装】を解放します」


「対応不能。対応レベルを対テロ鎮圧に設定する。──ショックウエーブ、展開」


 黒スーツの男の腕からエーデルグレンツェを壁に叩きつけた青白い雷光が迸った。

 その光は渦巻くようにしてエーデルグレンツェの胴体を貫──


「──それはもう見ました」


 エーデルグレンツェの表情が崩れて、小さく呟いた。


 ──【Lの完全人形】


 その瞬間、青白い雷光はエーデルグレンツェの腕に吸い込まれるようにして、消え去った。

 ──エーデルグレンツェの腕が青白い紋様を纏う。


「お返しします」


 エーデルグレンツェが手を掲げるとそこから先ほどの攻撃とは比べ物にならないほどの特大の雷撃が放たれた。辺り一面を席巻し、黒スーツたちと彼らが乗ってきた装甲車さえも吹き飛ばす。


 借金取りたちは気絶してしまっているのか、うめき声すらあげすに倒れている。


「すげぇ……」


「私がすげぇのは当たり前です。私はアマテラスで生み出された軟弱な量産品とは異なりますので」


 雷撃に撃ち抜かれて動けないでいる男を踏みつけて、エリヤに向かって勝ち誇る。


「どうです? これが私──エーデルグレンツェのパーフェクトなパワーです。跪いて崇め奉っても……まあ鬱陶しいだけですが、フミヤ様の血を受け継いだあなたならば特別に許可してあげましょう」


「っ、とりあえず逃げるぞ!」


「まあ」


 エーデルグレンツェの手を引いて、外に飛び出す。


 借金取りは、企業に委託されて来たと言っていた。抵抗すれば法律違反だと。

 つまるところ、借金取りをボコボコにしてのけた今のエーデルグレンツェは間違いなく犯罪者だ。

 そして、自動人形の罪は持ち主に降りかかる。


「なんでこんな目に……!」


「マスター?」


 手を引くエーデルグレンツェの方から不思議そうな声が聞こえた。まずい。


「いや、エーデルグレンツェを責めてるわけじゃなくて! 元々は良く確認もせずにあのヤクザ共相手に契約書を書いた自分が悪いんだ!」


「よくご存知で。素晴らしい自己認識です。褒めてあげましょう、よしよし」


 無遠慮に頭を撫でてくる手を振り払う。


「前言撤回! あそこまでやる必要はなかっただろ! うちの床がマシンオイルでベッドべトだよ! それにもしもあの人たちがサイボーグじゃなかったら──」


 想像するだけでぞっとする。危うく事故物件を生み出してしまうところだった。


「……いえ、あの者たちはオペランド社の傭兵です。彼らが人間をそのまま使うはずがありませんから」


「は? オペランド社……? それって──」


「急ぎますよ。公権力にも抵抗できないような弱々エリヤ様の面倒は私が見なければなりませんから」


「公権力には抵抗しちゃいけねーんだよ!!」


 会話を打ち切るように、エーデルグレンツェは加速する。いつの間にか彼女の手を引いて走っていたはずが、彼女に手を引かれていた。


 向こうのアパートのゴミ捨て場には、廃棄されたプラスチック家電がゴロゴロと転がっている。水が滴り落ちていた。


 アマテラス外郭の地区には、都市の明かりの残滓が辛うじて雨雲に反射して見える。

 雨雲が空全体を覆い尽くして、月明かりどころか星すら大地を照らしていない。黒い電線で覆い尽くされた空からは、遠雷が響いている。


 直角エリヤはこの日、立派な犯罪者となった。


 ◇


 純白の少女と共に、夜の街に駆け出した少年。

 直ぐ側の電柱の影から黒塗りのトランクを持ったスーツ姿の女が静かに見つめていた。赤髪をベレー帽の中にまとめた二十後半の女だった。


 横転した自動車のガラスの欠片を手のひらでもてあそぶ。


「……間違いないわ」


 彼女は雨除けの外套を翻すと、耳に取り付けたインカムに通信を試みる。

 すぐに微量のノイズとともに繋がった。


「──報告。オペランド民間軍事会社の傭兵ら三十二名が全滅。護送車も一緒に御臨終。ええ、耐爆ガラスさえも木っ端微塵だった」


『……例のType.Lの可能性は?』


「現場証拠だけでは、まだなんとも。ただ、十年前に連合会ビルの最上階──チャンピオンロードから『彼女』を盗み出した犯人の足取りをここまで追ってきたんだもの。諦めるつもりはない」


 女はトランクを開き、端末を取り出して現場の写真を取る。そのデータは即座に彼女の上に送り届けられるだろう。


『Type.Lを秘密裏に手中に収めようとした愚か者ども、か。……オペランド社を動かした者を連合会の中から洗っておく。貴様は引き続きType.Lを探せ。『彼女』は我々の財産だ。いかなる理由、いかなる場合であってもな』


「了解よ。デイビッド」


 通信が切断される。


「……まったく。自動人形一機にどれだけの労力をつぎ込めばいいのかしら。上からの命令に逆らえないのがサラリーマンの辛いところよね」


 彼女は、ポケットから取り出した端末を見る。


「なんて美しいのかしら」


 そこには、純白に輝く少女型の自動人形が映っていた。


 十年前に連合会ビルに侵入した闖入者。

 かの者は、一切の証拠も痕跡も残さずに一つの自動人形を盗んだ。


 それは、公式記録が抹消され、時代の闇に葬り去られたチャンピオンの愛機。

 Type.L『エーデルグレンツェ』。

 この大都市アマテラスの外から流れてきた再現不能なオーパーツの一機だ。


 闖入者は一切の証拠を残さなかったが、今の時代、追跡するならば他にもやりようはいくらでもある。

 なにせ、この都市は我々の手のひらの上にあるのだから。


「……さて。さも怪しげなあの少年が、一つの事件を終わらせる鍵になるのか、否か。まるで映画みたいね」


 彼女は、小さく笑って鼻歌を歌う。

 胸ポケットから取り出した電子煙草を口に咥えて、夜の闇に消えていった。

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