4.『自動人形は毒舌お嬢様』

「……しかし、ここはなんとも衛生環境が整っていない場所ですね。この私をこのような劣悪な環境下に放置するだなんて、全ての自動人形技術に対する冒涜です。そうは思いませんか?」


 キョロキョロと見渡して、カプセルから足を踏み出す。

 そして、ぺたぺたと辺りを歩き回る。

 エリヤはあっけに取られることしかできない。


 なんだこれ。

 まるで、人間だ。

 言葉遣いが多少辛辣過ぎる気もするが、それを含めて人間のような言動をしている。


 近年の自動人形の中枢神経回路は目覚ましい発展を遂げているが、どうしても人造らしさが残ってしまう。

 だが、目の前の彼女はどこからどう見ても完璧だ。


「ふむ……」


 靴も履いていない素足のまま、ネジやナットが散乱しているところを踏みしめているが、真っ白な皮膚素材が傷つくことはない。

 彼女は銀髪を翻して、エリヤへと振り返った。


「さあ、私をさっさとチャンピオンロードへ移送してください。あなたの仕事なのでしょう? ジェーン・ピザのデリバリーでさえ三十分遅れたら無料なのです。あなたが低能なピザ屋よりも役立つことを示してください」


 堂々と言い放つ彼女に、エリヤは局部を一切隠していない身体から思わず目を逸らす。


 エリヤは別に自動人形を性目的で収集し、愉しむような『人形性愛者』ではない。

 ただ、あまりにも人間らしい彼女の造形に思わず身体が反応してしまった。


「えっと。アンタの言ってることが何一つ理解できないんだけど……」


 ガチガチに硬直した口周りの筋肉をほぐして、言葉を絞り出すのが限界だった。


 クソ親父が残した地下室から、こんなあり得ないほど高性能な自動人形が出てくる?

 なんの冗談だ。


「はて? 何か理解しがたいことでもあったのでしょうか? 私はエーデルグレンツェ。チャンピオンロードが私の輝く場所。──マイ・マスターはどこでしょうか? 彼は恐ろしいほど愚鈍ですが、唯一私の認めたマスターなのです」


「ちょっと待てよ! チャンピオンだのマスターだの……意味が分かんねーよ!」


「失礼……あなたは何者ですか?」


「オレは直角エリヤだけど……」


「……直角、エリヤ……」


 エーデルグレンツェと名乗った彼女は、金色の瞳型センサーを瞬かせる。


「では、ここはどこですか?」


「オレの家の地下室だよ」


 エリヤは自動人形の質問攻めにうんざりしていた。そもそもエリヤは金目のものを探すために地下室に入った。


 そして、見つけたのは少女型の自動人形。

 これだけでも怪しい。クソ親父の趣味を疑う。 


 ……しかし、エーデルグレンツェの身体には電源ボタンの一つもついていない。

 メーカー番号も、自動人形には欠かせない識別番号も欠如している。

 普通の自動人形は命令に対して行動するはずだ。なのにこいつは、目覚めてから命令なしに行動している。


 エーデルグレンツェとか言ったか。

 一体どこのメーカー産だ。

 自動人形のトップシェアといえば、『ヴィクター&ヴィクターズ』。次点で『夏正ロボティクス』辺りだろうか?


「じろじろ見ないでくださいますか? 不愉快極まりないです」


 失礼なやつめ。

 本当にこんなやつが人間に奉仕するために開発された自動人形なのだろうか?


「オマエは、どこのメーカー産だ?」


「メーカー? 鉄くずにも等しい量産型を利益重視に生み出すゴミ溜めが私を作ったと? 冗談も大概にしてください。聴覚センサーが腐ります」


 涼やかにエーデルグレンツェは言い放つ。いっそすがすがしいほどだった。


「このっ……真剣に答えろ!」


「私は至って真剣に回答いたしているつもりですが。あなたの脳が私の完璧な言葉を理解できなかったとしたら、それは脳の異常が疑われます。早急に病院にて検査を推奨します」


 答えるつもりはないようだ。

 ますます怪しい。


 まず、クソ親父が関わっているという時点でろくなものではない。

 最悪の場合は、自動人形を管理する電子管理局に登録されていないモグリの自動人形という可能性も……。


「失礼」


 いきなりエーデルグレンツェがエリヤの顔を覗き込んでいた。

 あまりの美貌が目の前に迫ってきたことに、反射的に顔を背ける。


「な、なんだよ……」


「あなたの家がこのような汚らしいものだと理解しました。ですので、私をここから出してくださいませんか? このような劣悪な環境下で長時間過ごすことは不具合の原因となります。まあ、この私は他の低能な量産型とは違いますので、この程度平気ですが」


「って、どっちなんだよ!」


「あなたは言葉尻を捉えるのがお好きなようですね。性格の悪さが伺えます。そのような性格では、配偶者の存在を仮定するのも不要ですね。ああ、もちろんご友人も」


「それは関係ないだろ!」


 何が悲しくて自動人形相手に言い争わなければならないのか。相手はただの人形で、人格モジュールだというのに。


「人間基準で最も好感を持てる要素を組み合わせて作られた、理論上『世界一かわいい私』が発する愛くるしい冗談なのですが。お気に召しませんでしたか?」


「……何が理論上だ。そんな理論クソ食らえだ……」


 エリヤはため息を吐いた。……その後思いっきり吸い込んだ埃で盛大にむせてしまう。


「──ゲホゲホッ!? ゲホゲホゲホ!!」


 興味深げにエーデルグレンツェの視覚センサーが瞬く。


「……なるほど。認識を改める必要がありそうです。上方修正をいたしましょう。『低能』から『超低能』へと」


「それ上方修正じゃねーだろ!! ッ、ゲホゲホゲホ!!」


 そんなエリヤを、エーデルグレンツェは顔色一つ変えずに観察していた。


「『超低能』な直角エリヤ様を早急にこの空間から脱出させることにいたしましょう。ここは人間の生存には適さない不潔な部屋なので」


「……?」


 自分の家が不潔だの好き勝手言われていることは置いといて。

 もしや、こちらを心配してくれているのか?


「──ですので、さっさと歩いてください」


「……え、」


「もしや、エリヤ様は限りなく美しい少女の外見を模した私に密着し、部屋の外までおぶってもらうつもりだったのですか? ……この変態」


 信じられないようなものを見るような目つきをエリヤに向ける。

 ……訂正。それは、生ゴミに向ける視線そのものだ。


「エリヤ様の四肢に付いている運動器官は飾りなのですか? ……ああ、配慮が足りていませんでしたね。エリヤ様は私を『馬扱いしたい』、ということですか」


「……は?」


 真っ白な肌の自動人形が、ゆっくりと膝を折りたたんで地面に四つん這いになった。銀髪がサラサラと流れて、傷一つない背中があらわになる。

 なんだこれは?

 自分は何を見せられてる?


「私の背中にどうぞ? 私は完璧な自動人形です。倒錯したアブノーマルなプレイにも当然、対応可能です」


「待て待て待て待て……!」


 慌てて駆け寄り、エリヤは自分の服を脱いでエーデルグレンツェに被せた。

 ゆっくりと目線が上げられる。

 半目だった。


「……なるほど。認識を改める必要がありますね。上方修正をいたしましょう。『変態』から『超変態』へと。まさか着衣プレイを楽しみたいとは……私ほどの演算機能を持ってしても、そこまでの推測はできませんでした。おみそれします」


「ちげーよ!!」


 渡したスクールシャツに腕を通すエーデルグレンツェを見ながら、エリヤは天井を仰いでぼやいた。

 青色のLEDランプがぼんやりと光っている。


「……オレは、どうすれば良かったんだ……?」

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