3.『純白の目覚め』

 秘宝。


 そう、秘宝だ。

 我が家の秘宝とあの紙には書いてあった。

 親父の言う『秘宝』とやらは何か分からない。

 だが、腐っても秘宝なのだ。きっと売れば金になるに違いない。


「そろそろこの長くて苦しい借金生活にも終わりが見えてきたか?」


 毎晩のように玄関を蹴られ、通学路には借金取りが待ち構えて、幾度となく連れ去られそうになった。

 電気、ガス、水道が止まることは日常茶飯事。

 どこかで情報が漏れたのか、数少ない学校の友だちでさえも距離を取られるようになった。今では腫れ物扱いだ。


 それもこれも全部クソ親父が悪い。

 だから、どんな秘宝とやらでも売り飛ばす正当な権利がエリヤにはあるはずなのだ。


 弾みそうな足を抑えて、懐中電灯を持って地下室の扉を開ける。


「……やっぱりここの鍵だったか」


 ペンキの剥げた鉄扉を開けると、冷たい空気がひんやりと流れ出してきた。


「うわ、埃やっば……」


 中を照らすと、そこはどこかで見覚えのあるような部屋だった。


 ──工房だ。

 無数のネジとバネが転がっている。シリンダー、ナット……そして、大型の加工機械。大抵の機械のメンテナンスならばここで済ませられそうなほどだった。


 向こうに光を当てると、浮かび上がったのは──ずらりと整列した生首だ。


「ひっ!? ……って、自動人形の換えパーツか」


 つるりとした禿頭に、眼球のカメラもセンサーもついていない。

 自動人形の工場にあるような組体だ。


 そんなものばかりだった。

 秘宝が眠っているというのだから、地下室は金庫か何かで、価値のある骨董品、高級な装飾品があると期待したのに。


「……親父は、普段家にいなかった。こんな部屋で機械いじりなんてしていなかったはずなんだけど……おかしいな」


 良く見ると、大型の加工機械はどれも埃を被っているがまだまだ使えそうなものばかり。定期的に油を挿すなどメンテナンスを怠っていなかった証拠だ。


 自分の世話すらまともに見れなかった親父が、そんなことを?

 何の冗談だ。


「……型落ちした機械ばかり。鉄くずを売っても……まあ、借金返済の足しになるか。ったく、クソ親父が失踪する前に裁判の一つや二つでも起こしておくべきだったな……。たんまり金を奪ってとんずらこいたほうがまだ幸せだった……」


 エリヤは落胆を隠しきれずに、小さく息を吐いた。光を浴びて埃がキラキラと舞い散る。


 自動人形の組体が、がらんどうの目を向けてこちらをじっと見ている。

 なんだかきまりが悪くなって、エリヤは顔を背けた。


「心臓に悪いな……」


 顔を背けた拍子に、天井からぶら下がっていた何かが顔に当たる。

 それは、一本の紐だった。


「なんだ?」


 そんな紐を退屈を紛らわすために、引っ張った──瞬間だった。


 いきなり、天井が開いて中から大きな長方形の箱が降ってきたのだ。


「ちょっ!? 危な!?」


 箱はかなりの重量を持っていたらしく、工房の床に散らばっていたネジやナットが、落ちた衝撃で部屋中を飛び回る。


「うわわわわわ!!」


 加工機械がひしゃげている!

 自動人形の組体がバラバラに!

 ありえねぇ! これ以上オレから金目のものを奪うんじゃねぇ!!


「ああんのクソ親父、死ぬかと思ったじゃねぇかッ! 見つけ出したら殺人未遂で豚箱にブチ込んでやる……!」


 恨み言を罵りながら、降ってきた箱を見つめる。


 それは、黒い長方形のカプセルのようなものだった。

 ガラス質だが、中身は黒ずんでいて見えない。横には操作盤らしきものが付いており、昔のSF映画でよく見た『生命維持装置』や『冬眠装置』を彷彿とさせる。


「どうせ親父の残したものだし、ろくなもんじゃねーな……とっとと質屋にでも連絡して──」


 スマホを取り出して、質屋の電話番号を入力しようとしたときだった──


『外界からの刺激を検知しました。エターナル・ボックス──解凍します』


「ん?」


 機械音声が流れる。

 エリヤは肩を跳ねさせて、恐る恐る『箱』をうかがい見た。


 黒ずんだガラス質の容器が、どんどん透明になっていく。

 そこに眠っていたのは──純白の少女だ。


「──」


 思わずエリヤは息を呑んだ。


 年のほどは十代後半辺りだろうか。うねりを帯びた銀髪は背中まで伸びて、まだ幼さを帯びた顔つきは静かに目を閉じている。

 整った鼻梁に、卵型の頭。


 まつ毛が長く、手足はすらりと伸びていた。

 服を何も着せていない全裸であるが、関節や首周りに微かに隙間が見えて──その奥にびっしりと配線が見え、各々にアクチュエータが繋がっている。


 ──彼女は、自動人形だった。


「……綺麗だ」


 無意識に漏れた声。

 中学生のエリヤは、恋心なんて理解するにはまだ時期尚早だ。しかし、この暴力的とまで言える『美しさ』の前に、エリヤは一目見たその時から心を奪われていた。


 まるで、神さまが一つ一つ丁寧に彫り上げた彫像のように、『少女』という概念をそのまま出力しているような──完璧なモデリング。

 究極とも言い変えられる。完成形の美だった。


 エリヤは見惚れていた。

 だから、気付かなかった。

 カプセルが開いていることに。


「────」


 そして、彼女は目をパチリと開けた。

 吸い込まれそうな金色の目だった。

 裸体を隠そうともせず、身体を起こすと未だ硬直したままのエリヤに向き直る。


 そして、透明な弦を鳴らすような静かな声で、彼女は言葉を発した。



「──私の名前はエーデルグレンツェ。ゴミのように脆弱な人間が何用でしょうか?」

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