パラノーマル・ドメイン
御伽月
黒不浄
【こども、いますか?】
黒く静まり返った都内の交差点。
点滅する歩行者信号の青白い光の下に、妙な服装の男が立っていた。
彼は幾本もの白線の先にある、対岸の
【こども、いますか?】
男は白いカッターシャツに朱のネクタイ、上からは鈍い青藍の
立ち姿はどこか、近代都市には似つかわしくない軍装を思わせる。
腰に備えられた軍刀を思わせる
その異様な身なりを咎めるものは誰もいない。
【こども、いますか?】
『
「
嶌と呼ばれた男が眉ひとつ動かすことなく応答すると、胸部に留められた
────手遅れだな。
再び視界に意識をやり、男は
見れば、交差点の央部には赤信号にも関わらず幾人かの人影がある。
『あれが今回の
すぐにけろりと態度を復元させるのが、この新人神祇官の美点だった。
「……
そして、境界対策課に属する
意識を会話から視界に引き戻す。
じゅぶじゅぶ。
不快な水音は一心不乱に自らの
時折、引き攣ったような声で短い嗚咽が交じる。未だ正常な肉体の生理反応によるものだと
分泌され続ける唾液でぐずぐずにふやけた手はもはや変色し、無数についた
それでも尚、腐りかけた指を凝視して離さない。正しくは、離すことができないのだろう。あの状態に陥ってから、既に数時間が経過していた。
妙齢の女、スーツ姿の壮年の男、そして学生然とした若者が数名。
一見して共通点などない。
【こども、いますか?】【こども、いますか?】
あるとすれば、ただ問いかけに応じたという一点なのだろう。
だがそれも、既に論じる価値を失っている。
横断歩道の白線の上には被害者らの荷物が無造作に捨て置かれていて、煌々とアスファルトを照らす
無遠慮に端へ転がっている丁寧なラッピングの小箱は誰かに贈られたものか、あるいは贈るはずだったものか。
「
淡々と、思考を中断するために口にする。無線からは「わかってます」とだけ。
続けて「
『ところで
「どうした」
『その
「ないな、こういう類は存在が曖昧で輪郭すらない」
中には明確な
が、このような「◯◯してはいけない」タイプは
新人の「じゃあどうやって祓うんですか」という言葉は捨て置いた。
【こども、いますか?】
「いない、俺は童貞だ」
──は?
無線から通知音のように疑問符が鳴った。
『何言ってるんですかあっ!?』
突くような絶叫が無線を通して発される。耳を破壊する気か。
【見つけた】【見つけた】【見つけた】【見つけた】【見つけた】【見つけた】
「境界を超える」と一口に言えど、そう容易な
息を吐くように物理法則に逆らう
大原則として、霊体を持たない界異は存在しない。
そして、霊体の破壊はすなわち
『
想定内の反応に、
『さっき
これがこの
ここで
神やら大妖怪やらに喩えられるような大物ならともかく、この程度の
限られた容量の中では機能を限定しなければならない、という話だ。
あれもこれもと欲張ることができるのは相応の存在規模を備えた高位の
これらの
普段は
それならば、
「被害者の霊体変質は
穢れによる汚染。遍く
それは
生態系、物理法則、ヒトの
『じゃああれ、
「理解が早いな。頭が悪いのか良いのかはっきりしてくれ」
正直な感想を口にすると困惑と怒りの入り混じった喚き声で返された。
学生の頃に飼っていた小型犬の鳴き声に少々似ている。
雑音から耳を逸らす。
どこまでも伸びそうな腕とは対照的にそれぞれの先端についた手指は異様に短く小さい。
【見つけた】【見つけた】【見つけた】【見つけた】【見つけた】【見つけた】
『来てます来てます!
────穢れに冒されれば、末路は
────覇気や念仏で
────
「
眼前に伸びた青白い破滅が動きを止める。
祓魔師は黒染めの軍刀を一閃。
逆袈裟の要領で空に掲げていた。
鞘のない抜き身の直刀で
「答え合わせだ」
『あ……』
被害者の水音を除く静寂が、周囲に取り戻される。
『
散々弄ばれた神祇官は率直な不満を表明した。
「授業は退屈しない方がいいだろ?」
『ナルシスト』
「かわいい後輩のために一応説明しておくが、神祇官は別にどんな発言も許される職ってわけじゃないからな」
『言わなきゃいけないこともあるんです。拗らせ童貞を相手にする場合は特に』
「セクハラで訴えられろ」
物質化した穢れを鍛えた刀身は霊体に直接干渉することができる。
それは
その不吉な名とは裏腹に、史上最も多くの
パラノーマル・ドメイン 御伽月 @cr_mkdk
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