第6話 ︎︎集うモノ
翌日、テオとイルの姿は町役場にあった。館内案内板を見ながら、テオは首をめぐらせる。
「えーっと……三番窓口は……あっちか。イル、行くぞ」
その声にイルは黙って続いた。
館内は役場というだけあって、人が多い。笑顔の人、下を向く人、老若男女。その目的は様々だ。窓口では職員が真面目に仕事を
役場は各町に設けられ、生活に根付く雑務を取り扱っていた。小さな村には出頭所が置かれる事が多い。出生届け、婚姻届け、死亡届けなど、戸籍に関する事から、川の氾濫や災害にも対応している。
その中の一部に、仕事斡旋があった。これは主に、専門業者が請け負わない仕事が回される。庭の草むしりや、少数の害獣駆除などだ。専門業者より割安で依頼できる事に加え、業者自体が下請けとして依頼する事もあった。
この仕事は賃金が安い分、時間の自由が利き、兼業の者が集まってくる。売れない画家や学生といった者達だ。だが、中にはテオのように、旅費を稼ぎにくる者もいた。そのため、身分証さえあれば、仕事を斡旋してもらえる。そういう者達はいつしか
しかし、役場が戸籍を管理しているといっても、伝達方法が
テオ達が三番窓口に向かうと、そこだけ空気が違った。他の窓口は和やかな空間だったのに、ここには見るからに
テオ達が足を踏み込むと、不躾な視線が集中した。それを慣れた様子でテオは窓口に向かう。
しかし、イルは無礼なノムンドを睨み返してしまった。それに気付いたテオが止めようとするのも間に合わず、イルは居丈高に声を張る。
「なんだ、この肥溜めは。臭くてかなわん。おい、このような場に私を連れてくるなど、何を考えている。無礼がすぎるぞ」
老齢な言葉遣いではあるが、幼い外見のイルが発すると生意気としか映らない。案の定、ガラの悪い男達が椅子を軋ませ立ち上がった。それを一瞥すると、テオは大きく溜息を吐く。
「イル、そう言うなよ。役場の斡旋所にはこれからも世話になるんだ。今、ここにいる人達とも、また会うかもしれない。穏便に行こうぜ」
イルを宥めると、すかさず周りにもフォローを入れた。家を出てからの数ヶ月間、テオも先輩方に教えを乞うてきたのだ。今後は自分がイルに教えなければならない。
「みんなも、気を悪くしないでくれ。こいつ、世間知らずの坊ちゃんでさ、口の利き方を知らないんだよ。俺が躾けるから、今日のところは勘弁してやってくれ」
そう言いながら、イルの後頭部を掴むと無理やり下げさせた。『坊ちゃん』と称したが、未だにボロ布を纏ったままのイルでは、説得力がどれほどあるか。当のイルからも抗議の声が上がったが、まるっと無視して柔和な笑みを浮かべる。テオの態度に男達は顔を見合わせると、黙って引き下がってくれた。荒くれ者共にもルールがある。それを守るなら、誰も文句は言わない。だが、
かくいうテオも、初っ端から手痛い洗礼を受けていた。何も知らず、冒険への入口に踏み込んだテオは、先達への礼を欠いてしまったのだ。体格にも恵まれていたテオは、村ではケンカで負けた事が無い。その油断もあったのだろう。村には役場はあっても斡旋窓口が無く、初めて訪れた港町で盛大にやらかした。
状況的にはイルと同じだ。船賃を稼ぐために依頼を受けようとしたが、やり方が分からず手こずっていたテオに話しかけた男がいた。その男は場にそぐわない痩せた容姿をしていて、背もテオよりかなり低く、温和な人柄のように見える。まだ右も左も分からない田舎者だったテオは、その男に指導を受けたが、自分より劣る者からの指図が気に食わず、手を出してしまったのだ。
しかし、その男はワンダルのまとめ役で、気付けば屈強な男達に囲まれていた。その後は推して知るべしと言えよう。
テオはそんな苦い思い出に苦笑しながら、イルの手を強引に引いた。まだぶつくさと文句を言っているが、大人しくついてきてくれた事に安堵する。
ようやっと窓口に到着すると、中年の男が気難しげにテオを
「……問題行動は慎んでください。目に余るようなら、免許が剥奪されますよ」
テオはまたも苦笑いで濁す。
「すみません。よく言って聞かせますから。こいつにも免許を取らせようと思ってるんです。しばらくは仕事に同伴させて教え込みます」
テオの言葉に、イルは不満げに口を尖らせた。ワンダルは免許制だ。この場にいる荒くれ者達も、見た目はともかく、ちゃんと免許を持っている。依頼を受ける際には、必ず免許の提示を求められるため、無免許で仕事を得る事はできない。兼業の者とは区別され、受領できる依頼にも違いがある。
兼業の免許は二種、専業ワンダルは一種だ。それぞれにランクがあり、下位の段と上位の級で分かれている。ランクは段と級、共に五から一まで。順に上がっていき、それに伴い難易度の高い依頼が受けられるようになっていく。問題を起こせば減点され、マイナス十点で免許剥奪だ。この減点は役場職員に一任されており、場合によっては一発で剥奪される事もあった。今、テオを睨みつける職員が言ったのはその事だ。
荒くれ者達とて、いつでも騒動を起こす訳ではない。仕事柄、攻撃的な者は多いが、それは誇りを守るためと言える。ワンダルは兼業と違い 流れ者だ。それぞれに何かしらの事情を抱えている。
テオのように夢見るもの。
何かを探している者。
純粋に旅を楽しむ者。
中には定住し、家庭を持つ者もいる。それらはワーカーと呼ばれ、重宝された。ワンダルよりも信用があるからだ。流れていくワンダルは入れ替わりが激しく、割のいい仕事を受けたがるが、ワーカーは定期的に仕事を請け負ってくれる。町の便利屋としての役割もあり、それが町の治安にも繋がっていた。
その性質から、自然とワンダル達のまとめ役も担う事になっていく。テオが以前殴った男もワーカーだった。
それに比べ、ワンダルは少ない仕事量で収入を得なければならず、危険な依頼を積極的に受ける傾向にある。場数を踏んだワンダルは、ワーカーでは到底太刀打ちできない魔物をも狩り、次第に名が広がって出世していく。かつてはワンダルの活動が活発で、英雄と呼ばれるほどにまで登りつめた者もいる。そこがワーカーとの大きな違いだろう。
安定か名声か。
同じ場所に集まる者達も、その心は様々だ。
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