第5話 ︎︎この世の沙汰は金次第
暴れるイルの口にシチューを流し込み、食堂中の視線を独占しながら食事を終わらせると、宛てがわれた部屋に入りベッドの上で二人は顔を付き合わせた。イルは不貞腐れていたが、テオはそれを無視して財布から硬貨を取り出す。
「いいか、これが『
掌に乗せられているのは、丸く薄い、小さな銅の塊だ。それをしげしげと観察して、イルは顔を上げた。
「これが『金』? ︎︎ただの石クズだろう。こんな物にそんな価値があるのか?」
鋭い言葉に、テオの眉がぴくりと動く。今、手の中にあるのは一ヤーヌ銅貨が一枚。これだけではパンのひとつも買えはしない。しかし、言うは易し。役場で請け負う仕事はピンキリだが、テオが今までやってきたのはひとつ五百ヤーヌ程度だ。内容は薬草の採集、増え過ぎた小物の魔物討伐、町の清掃まで多岐にわたる。それでも一日で約三日分にしかならない。
宿代が朝食付きで百ヤーヌ、昼と夜は屋台なので五十ヤーヌほど。そこから旅装を整えるには足りない。だから五日働いて、準備をし、その間に噂を辿り、次の町へと向かうのがこれまでの流れだった。
そんな生活の中では、たった一ヤーヌでも貴重な資金となる。それを馬鹿にされては腹も立つというものだ。
「小汚い石クズでも、俺の血と汗が染み込んでるんだ。二度と、価値が無いなんて言うんじゃねぇよ」
睨みつけるテオを、冷えた眼差しでイルが見据える。一瞬、部屋の空気がヒリついた。
それを崩したのはイルだ。
「……分かった。これから私もそれに世話になるんだ。文句は言うまいよ」
肩を竦めてそう言えば、テオも力を抜いた。イルはテオの手から銅貨を取ると、刻まれた意匠に目を凝らす。そこにあるのは、翼を広げた鳥だ。イルには名前が分からなかったが、雄々しい姿に感嘆の声が上がる。
「ほう、この小さな中によく彫刻できているな。しかし、これそのものの質が良くない。かろうじて円形をしているが、縁がガタガタだ。職人の腕が悪いのか? ︎︎エデイシアでは、メダルは褒賞として下賜される。これとは雲泥の差だな」
嫌味な感想を言い放ち、投げて寄越す銅貨を、テオは慌てて掬いとる。二、三度跳ねたそれを大事そうにしまうと、恨めしそうに睨んだ。
「そりゃエデイシアとは比べ物にならんだろうよ。製法も、鋳型の大量生産だ。
親切心でそう言えば、イルは尊大に笑った。
「ふん、舐めるなよ? ︎︎私の目は真実を見抜く。
イルの皮肉に、思うところがあるのかテオは強引に話しを変える。
「ま、まぁ、それはいいとして。いいか? ︎︎これが一ヤーヌ銅貨。意匠は鳩。次に十ヤーヌ、意匠は小麦だ。そして百ヤーヌからは銀貨で剣と盾。んで、五百ヤーヌは神殿。千ヤーヌからは紙幣だけど、俺は今持ってない。手に入れたら見せてやるよ」
ひとつずつ並べて説明するテオを
「どうした? ︎︎何か気になるのか?」
声をかけても身動ぎしないイルに、テオは首を傾げた。その目はどこか寂しげだ。さらりと流れる黒髪が目元を隠す。
「これは……この神殿は、どこにある?」
問いかける声が震えている事に気付いたテオは、半ば焦りながら応える。
「え、は? ︎︎えと……確かエスドゥって町だ。ここ、ウォーマイク平原のあるユアンカ首長国の首都だな。この町から見たら東になる。それがどうした?」
イルは顔を上げると、真っ直ぐな瞳でテオを見つめる。そして、意を決したように口を開いた。
「ここに行きたい。これは神の住む場所だ。天への手がかりがあるかもしれない」
テオはその眼差しに、一瞬気圧された。今までの人を見下した表情とは違う、切実な顔。おそらく、か細い糸を掴みたい一心なのだろう。それほどまでに、神はイルにとって重要なのだ。
テオにとっての神とは、都合のいい時に祈る程度のものでしかなかった。イルの神と同一かも分からない。それでも、帰してやりたいと思う。ほんの数日、しかもわがまま放題の自称天使様だ。置き去りにしても誰も責めないだろう。だが、テオは妙な親近感を覚えていた。
生まれた場所も、生きる理由もまるで違う。しかし、求めるもののために、命を賭ける気概を感じたのだ。
テオはひとつ息を吐くと、にっと笑った。
「おう。お前の望みも叶えないとな。俺に協力するのも忘れるなよ? ︎︎鉱脈を探す道筋に立ち寄る事もあるだろうしな。ま、何はともあれ、まずは先立つものが必要だ。明日は役場に行くぞ。そこで職を探す。お前がいれば、いい仕事が受けられるかもしれないしな」
テオが今まで請け負ってきたのは簡単なものが多い。もっと効率のいい仕事もあるが、テオ一人では荷が重かったからだ。一人では
力を奪われたと言っていたが、最初の洞窟で見せた力は、十分戦力になる。テオはこの出会いに心が浮かれていた。今まで霞のように遠い存在であった希望が、ほんの少し形を持ったように感じられたのだ。
テオはぐっと拳を握り、興奮に瞳を輝かせる。
「この平原には、まだ未発見の鉱脈があるって噂だ。俺は必ずそれを見つけてやる。そうすれば、家族に楽させてやれるし、村だって潤う。それに、お前の帰り道だって探さなきゃいけないしな。そっち方面の噂も集めよう。んー、なんだろ。神話とか伝承関連かな……」
ぶつぶつと考え込むテオを、イルは不思議な気持ちで眺めていた。
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