ササクレ
@AKIRA54
第1話 ささくれ?
ささくれ?
何故か、一仕事終わると、『ささくれ』ができる……。
わたしの仕事は、『霊媒師』。わたしはその呼ばれかたが嫌いだ!わたしの師匠は『太夫(たいゆう、または、たゆう)』と呼ばれていた。なのに……。
まあ、時代の流れの所為だ!テレビが普及し、夏の定番として、『恐怖体験談』なんて、バカバカしい番組が流行って、その中で、『霊媒師』と名乗る輩(やから)が、カメラの前で、ウンチクを披露する!『背後霊』『守護霊』『悪霊』『浮遊霊』『狐憑き』と、それらしい『単語』を口にする……。
「あんた!あんたの背中に、動物霊が憑いているよ!それさえ、見えないのかい!」と、何度、ブラウン管に向かって叫んだことか……。まあ、どうでもいい……。
今日は、先祖の因縁から、悪い霊障に悩まされていた、女性の除霊をした。かなりの重労働だった。左手の人差し指に『ささくれ』ができた……。まあ、爪切りで除いて、軟膏でも塗れば、問題はない!ただのささくれだ!しかし……。わたしの心の『ささくれ』は、いつまでたっても『完治』しない……。指のささくれを見る度に、心の『ささくれ』が、疼く……。
「ミユキちゃん!また、独りで遊んでいるのかい?」
近所の、お節介な婆さんが、幼い頃のわたしに言った。わたしは、無視して、赤土の道路に、錆の浮いた長めの釘で、絵を描いている。
「おや?それは、何の絵だい?」
と、トキ婆さんが、地面に描かれている模様を覗き込みながら言った。
「この前、カネオ爺さんの背中に乗っていたモノよ!」
「ミユキちゃん!あんた、あれが見えたのかね?」
と、トキ婆さんが驚いた。
後で知ったことだが、トキ婆さんは、昔、巫女だったらしい。除霊などはできないが、霊視ができた。わたしが描いた絵は、閻魔大王の遣いで、『死神』と呼ばれているモノだったらしい。カネオ爺さんは、その三日前に亡くなったのだ。
トキ婆さんは、わたしに、「何かを見ても、わたし以外に話しては、いけないよ!」と、言って、地面の模様を下駄の歯で消してしまった……。
それから、トキ婆さんは、わたしを自分の小さな、小屋のような家に招き入れる。お菓子や、焼き芋をご馳走してくれるのだ。
その日、わたしは三日前に拾った白猫と遊んでいた。そこへトキ婆さんが現れて、カステラをもらったから、一緒に食べよう、と誘ってくれた。
「ちょっと、悪い霊が憑いている人がいてね!教えてあげたら、お礼にくれたんだよ!」
そう言って、ちゃぶ台に、箱入りのカステラを乗せた。
「ニャー」
と、白猫が鳴いた。
「あら?猫ちゃんもカステラが欲しいのかしらね……?」
わたしは、トキ婆さんの声に、身体を震わせた。猫が鳴いた理由がわかったのだ!トキ婆さんの肩の上に、前に見た『カネオ爺さんの背中に乗っていたモノ』が、ぼんやりと浮かんでいたのだ……。
「さあ、食べよう!」
と、トキ婆さんが、一切れのカステラを口に運ぶ。白猫がその手に飛びかかった!
「何をするの!このドラ猫!」
と、トキ婆さんが、若い女性の声をあげた!肩の上のモノの顔が、歪んだ女性の顔に変わった!
「ごめんなさい!わたし、帰ります!」
わたしは、白猫を抱きしめて、小屋のような家を飛び出した。
その翌日、毒により死亡した、トキ婆さんが発見されたのだ!毒は、カステラに入っていたそうだ……。
「トキ婆さんに、カステラをあげたのは、あなたですね?」
わたしは、買い物帰りの主婦に声をかけた。
「あなたは?何の話かしら……?」
(間違いない!あの時、トキ婆さんの口から発せられた、女性の特徴のある声だ!)
「この白猫に、記憶はありませんか?あなたの手、右手の親指の付け根の傷をつけたのは、この白猫なんですよ!あの時、トキ婆さんに取り憑いていた、生霊に、この猫が飛びかかったんです!わたしは、あなたに憑いている、動物霊が見えるのです!」
わたしがそう言うと──そこは公園の一角だったのだが──辺りが急に暗くなって、邪悪な動物霊がわたしに襲いかかってきたのだ!
「ギャア~!」
と、動物的な悲鳴が起きて、闇が消えた。白猫が、口から血を吐いて死んでいた。女は、地面に倒れている。公園の上空に、黒い渦があった。
「クッ!せっかく、居心地の良い身体を見つけたのに……。目立たないが、嫉妬深く、邪悪な心を持った女……。ミユキといったな!この借りは、何倍にして返してやる!我らが眷属が、いつも、お前を見張っているからな……!」
黒い渦から、そういう声がして、その渦は消えた。
「ミユキちゃん!大丈夫?」
そう、わたしに声をかけたのは、中学生くらいの少女だった。その傍らには、トキ婆さんの家で見かけた、中年の、ヨレヨレのコート姿の男が、唖然として立っていた。
「スエさん!シロが……」
「うん!この白猫があなたを守って、身代わりになってくれたのよ!それくらい、邪悪な動物霊が、この女に憑いていたの。その霊をトキさんが見つけた。霊は口封じのために、この女を使って、カステラに毒を入れて、トキさんを亡き者にしたのよ!」
と、スエと呼ばれた少女が経緯(いきさつ)を語った。
「何を言っているのか、よくわからないが、このシナコという女が、あのカステラを買ったことは間違いない!事件の容疑者として、調べるよ!」
と、ヨレヨレのコートの男が言った。どうやら、事件の担当刑事だったのだ。
「はい!事件のほうは、ハマさんにおまかせします!」
「まったく!あの旅館の『はちきん婆さん』に関わると、ロクなことにならないな!また、『外しのハマ』の伝説が、増えそうだ……」
「ふむ、ふむ、これは、大変な動物霊じゃ!普通のお祓いや、御札では無理じゃな!」
と、スエに連れていかれた、庵の祭壇の前で、白装束の老婆が言った。わたしには、白猫の化身に見えた。
「ミユキちゃんかね?あなたもスエと同じように、見鬼の才能があるね!その才能を伸ばして、あの動物霊と対決するしかないね!ここで修行していたら、邪魔をされる!アテの知り合いが京都に居るキ、そこで修行をしなさい。そして、動物霊に悩まされチュウ人を助けチャリ!その間は、あなたに『ささくれ』の害が出るケンド、命に関わることはない、ようにしチョイチャルキ、十数年、頑張ってごらん!神戸の動物園に行くことがあるろうキ、その時、あの動物霊との縁が切れるよ……」
不思議な婆さんの予言どおり、わたしは、京都の陰陽師の末裔に預けられて、修行をし、特に『動物霊』の霊障を祓う仕事をするようになった。
最初は、祓う度に、胸が痛んだ!心臓に『ささくれ』ができたように感じた。そして、十年が過ぎた頃から、ささくれは、指の爪に現れるだけになった。
「神戸の王子動物園の職員に、最近、妙な霊障が現れているらしい!動物霊かもしれないから、ミユキさん、行ってくれないか……?」
陰陽師の知人に、そう頼まれて、わたしは、阪急電車に乗った。十数年前に、不思議な婆さんに言われた『予言』は、すっかり忘れていた!
園長に面談し、様子のおかしい、二人の職員に会って、簡単な除霊をした。ひとりは『猿』、もうひとりは『イタチ』の低俗な動物霊だった。除霊の効果はすぐに現れ、二人は明るい表情になり、担当のマントヒヒと、アナグマの世話に帰って行った。
「ありがとうございました!」
と、園長は言って、是非、園内を見て欲しいと勧めてくれた。動物は、あまり好きではない……。いや、職業病というか……、敵対することが多いからだ……。
わたしは、乗り気のないまま、園内を散策した。
ひときわ、子供連れが多い場所がある。ジャイアント・パンダの檻の前だった。ちょうど、メスの『タンタン』が、飼育室から、表に出てきて、子供たちが歓声をあげている。その黒いフチドリのあるタンタンの眼と、偶然か?視線が交差してしまった。
「ささくれ!ささくれ!」
頭の中に、パンダの声が聞こえた……。
心の中の『ささくれ』が……、消えてしまった!
「リョウ!パンダの好物は、『笹』なんだって!」
と、側にいた女の子が、弟なのか、年下の男の子に、教えている。
「オト姉ちゃん!笹って、固そうだよ!」
と、弟が、パンダの手にした笹を指差して言った。
(『ささくれ?』『笹クレ?』なんだ!駄洒落か?あの婆さん、なかなか、ユーモアがあったんだね……)
そう思ったわたしの頭に、しゃがれた声が聞こえた!
「ああ!この『九尾狐』より、『大熊猫』の霊力が強くなるなんて……。この国は、なんて平和なんだ……!」
了
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