冒頭E 12月21日PM2:40 廃部寸前の新聞部

 大紀名おおきな高校初代校長 杯乙ぱいおつ育手太郎そだてたろう像横新聞部部室前


 冬休みは目前。現在、大紀名高校は期末テスト返却期間の為、授業は午前にて終了。午後よりは学生たちも部活動に本分を入れる時間である。グラウンドはサッカー部、陸上部、野球部に。体育館はバスケ部、バトミントン部、校内は吹奏楽部や文化系の部活動が活気盛んに行われている。

 そんな最中、中庭にある実に偉そうなブーメラン型口髭を生やした初代校長の等身大の銅像のすぐ隣。そこには小さなプレハブ小屋がポツンと立っていた。長方形、白い箱型のソレは冷たい外気に晒されており実に寂しげだ。

 物置小屋だろうか。しかし、耳を澄ませてみると、こぢんまりとしたその小屋からはどうも熱のこもった声が響いてきているではないか。


「ふふ…。良いじゃないか芝桑しばくわ。君と私の仲だろう…?」

「あっ…駄目です先輩…。こんな所で…もし、誰かに見られちゃったら…」

「見られちゃったら…なんだい?」

「うぅ…」


 不純だ。実に不純な行為が行われている真っ最中だった。気がつけば、プレハブ小屋の周りには部活動の真っ最中であろう男子生徒達が聞き耳を立てている。

 中を覗けば、古臭い革張りのソファーの上に二人の少女が重なっていた。艶のある長い黒髪を靡かせた背の高い少女が、小柄な少女の上に覆い被さっている。

 副部長と呼ばれた背の高い彼女、喝甲賀かっこうがえりが小動物を思わせる小柄な少女、芝桑しばくわ央尋おひろの唇を親指の腹で優しく撫でた。少女の顔は林檎のように真っ赤に染まり、喝甲賀にされるがままだ。潤んだ瞳に蕩けた表情、しかし、せめてもの抵抗に小さな声で意を示す央尋。


「せんぱい……だめ…」

「ははは良いではないか良いではないか」

「ひゃあ…」

「はっはっはー良いではないか良いではないかー」

「ふぁぁ…」

「良くはないのではないかーーーーー!!!!??

 なーにをやっとるか!こんの馬鹿もん共!」


 すぱぁん!と豪快な開閉音と共に神経質そうな眼鏡の男が部室に飛び込んできた。肩周りでは彼の式神である数匹の白い蝶が、忙しなく旋回している。

 その後ろでは、一部始終を聞いていたであろう男子部員二名が気不味そうに顔を赤らめている。

 彼らの登場に悲鳴を上げながら、甲羅に閉じこもった亀みたいに縮こまるのは芝桑。一方ではだけた衣服も直さずに余裕の態度でソファに座り直したのは喝甲賀だ。

 

「貴様らも散れ!この欲求不満の青春男児共!」


 眼鏡の青年、完伊賀ごついが古武ふるたけの怒号に、聞き耳を立てていたギャラリー達が、中指を立てたり唾を吐いたり、およそこの世に存在するであろうありとあらゆる罵倒の言葉を吐きながら散っていく。

 中庭に新聞部部員以外の人間がいなくなったところで、完伊賀ごついがが腕組みをしながら目の前の女子二名を睨みつけた。


「まったく…貴様らは新聞部部員たる自覚が足りん!色恋にうつつを抜かすなど言語道断だ!僕たちには文字通り時間が無いんだ!来週分の記事が!まだ書きあがっていないのだぞ!」


 怒り心頭の完伊賀がドアをバンバンと激しく叩く。主人を宥めようと、式神蝶は彼の顔周りをパタパタと飛び回っている。

 そこで火に油を注ぐのは喝甲賀だ。興が削がれた彼女は、隣に座らせた芝桑の淡い桃色の髪を櫛で解いている。芝桑の方もリラックスしたのかペンを手にノートに何やら書き込んでいた。

 馬耳東風か、と完伊賀が更に声を荒げようとしたところで、彼女は部長である眼鏡の彼に、


「一ついいか」


 と真剣な表情で言った。吊り目がちの彼女の瞳が完伊賀に突き刺さる。こう見えて校内抱かれたい女性ランキングNo.1の彼女、容姿だけは人一倍に優れたその整った顔立ちに、普段は恋愛なんぞクソ喰らえと公言している完伊賀も思わずドギマギとしてしまう。彼は顔を背けつつ、どうにか冷静を装った。


「あ、あぁ!なんだ!言い訳があるなら聞こうとじゃないか!」

「開けたらすぐに閉めてくれないか部長殿」

「おっとすまない。…っええぃ、話の腰を折るな喝甲賀かっこうが!」

「ただでさえ寒い部室がこと更に冷えてしまうだろう。…おっと、勘違いしないでくれよ芝桑。君に向ける気持ちはなお熱くなるばかりさ。さぁ、早く二人でこの部屋を暖めよう…」

「せんぱい…♡」

「芝桑…」

悪魔よ去れりふじゅんどうせいこうゆうはんたい

 分かってない!断じて分かってないぞ貴様らは!いいか!僕ら新聞部は部員数僅か五名!これは部活動として活動できる最低人数なのだ!情け無用の鬼畜生徒会共からは常に目をつけられており、廃部も目前と来ているのだ!あんの冷徹冷血サディスティック生徒会長から提示された条件、週に一度の新聞発行を破ってしまえば即座に活動停止なのだぞ!毎週毎週、政治問題から芸能ニュース、時事の話題に教員の不倫騒動、生徒達の恋愛模様!何から何まで書きに書いてもうネタが無いんだ!お前たちも少しでもネタを絞り出してくれないとまずいんだぞ!」

「部長殿が有る事無い事一切合切手当たり次第に記事にするのが、私たち新聞部が鼻摘み者として扱われているそもそもの原因だと思うのだが」

「しゃらあっぷ!」


 ビッ!と勢いよく指差しながら完伊賀が言葉を遮る。

 すると、喝甲賀に髪を解かれていた小動物系少女、芝桑央尋しばくわおひろが走らせていたペンを止めて口を開いた。彼女は足をパタパタと遊ばせながら、


パイセンが校内全裸徘徊キメながらぁ、女の子一人一人に『今、パイパイのサイズについてアンケートを取っているのだが、僕の股間のメジャーでチミのパイパイ測らせてくれないかね?ん?ん?だいじょぶ、先っちょだきだかりゃ!先っちょだきだかりゃ!』ってやってくれたらぁ。たちがすっぱ抜いて、パイセンの個人情報で一面飾ってあげれるかも。

 大丈夫っ!ごっついがーのちっちゃいがーは引き伸ばして大きくしといてあげるから!」

「えぇい、央尋おひろくん!この狂った子猫クレイジーキトゥンめ!君の中の僕はどうなっているんだ!そもそも僕は他人ひとをネタにするのは大好きだが、ネタにされるのは大嫌いなのだ!あと、僕のはそれなりにごっついがーだっ」  


 二重に最低なことを大声で言い放つ完伊賀相手に、央尋がべっ!と舌を出した。「ごっついがー受けで描いてやる」と何やらよく分からない事を言う彼女を無視し、彼は嘆きの声を上げた。


「やれやれ困ったモノだ!美世土びよんどくん!君もそう思うだろう…!」


 完伊賀ごついがが背後に立っていた後輩部員に振り向いた。男子部員の一人、横に大きな少年、諸井もろい美世土びよんどは目に涙を浮かべて声を絞り出した。


「ぶ、部長…!オレ悔しいっす…!」


 おぉ、と完伊賀ごついががその姿に感動を覚えた。美世土びよんどの大きな肩を掴みながら鼻息荒く言葉を捲し立てる。


「そうだろうそうだろう!志を同じくする僕らが立ち上がらんとどうする!この淫らな彼女サキュバスたちを説得し、いざ人を踊らせる文字のエンターテイナーとして」

「オレも喝甲賀先輩みたいに彼女が欲しいっ!!」


 わぁっ!!と地面にうずくまり泣き出した小太りの彼。何も言えずに美世土を見ていた完伊賀が、女子二名を振り返る。さっ、と顔を背けられた。


「…どんまい」


 …

 ……

 ………


 仕切り直して、


「かぁーーーーっ!!!どいつもこいつも…!」


 未だうずくまる美世土を端に寄せなかったことにして、頭を抱える完伊賀が最後の希望のこりのひとりをチラリと見た。視線の先にいるのは前髪の長い大人しそうな少年だ。完伊賀が眼鏡の奥で、期待のこもった眼差しを向けている。


みちくん…。君は僕の味方だよな…?」

「っへ!?は、はぁいっ!」


 展開についていけてなかった少年、斧野束おののつかみちが反射的に返事をしてしまう。地面を濡らしていた美世土に部長の式神である蝶が群がっているのに、気が取られていた為、声が裏返ってしまった。

 恥ずかしそうに目をキョトキョトさせるみちだが、完伊賀は同意の声を上げた彼に感激のハグをした。「おぉ」と声を上げたのは央尋だろうか。走るペンがさらに速度を増した気がする。


「おお…!路くん、君がいて良かった…!さぁネタ出しをしよう…!路くん、なんでもいい。案を出してくれたまえっ」


 突然そんな事言われても、と言いたい路であったが断れない性格の彼は必死で頭を回転させる。

 救いを求めて美世土の方を見た。喝甲賀の書きかけの恋愛指南を読み、興奮からか穴という穴から血を吹き出して倒れている。

 央尋の方を見る。「…路くん、出してくれたまえっ」などと何やら訳のわからない事を言いながらペン入れをしていた。

 喝甲賀先輩は…、央尋のつむじの匂いを嗅ぎながらトリップしていた。見てられない顔をしている。救いはどこにも無かった。

 諦めて正面を向くとキラキラした目の完伊賀ごついが先輩が射抜かんばかりに期待の表情を路へと向けている。彼の周りを飛ぶ蝶も心なしか楽しそうだ。

 ぐるぐると回らない頭を回転させ、どうにか案を絞り出す。

 

「え、え〜っ…大紀名王様の取材…?」

「あれは掛かる時間の割に得るものがあまりに少ない!無しだっ!」

「大紀名市唯一の名探偵、山森沢浪漫さんへのインタビュー…?」

「中身があまりに無い!無しだ!」

「精霊特集…」

「ネット記事に腐るほど転がっているっ!無しっ!」

「喝甲賀先輩の恋愛指南…」

「生徒会の検閲が入る!えぇい、美世土くんこっちを向くな!喝甲賀もノリノリで書き始めるな!お前の恋愛指南は下手な官能小説よりもアレなんだ…!央尋くんも…なんだその本は!『完伊賀ごついがの中、みちのゴツいのでミチ満ちる』?…下品すぎる!

 路くん頼む!もっと…!もっと絞り出してくれ…!」

「う、うぅ〜…」


 全却下だ。泣きそうになる気持ちを抑えていると、ふと昨日の夜のことを思い出した。不思議と眠れなかった路は、シトシトと振る雨音をBGMにラジオを聞いていた。

 そんな折、自室の窓から謎の発光物体を見たのだ。


「あ、そういえば…昨日、変な物を見たんですけど…」


 事の一切を伝えると、完伊賀は難しい顔で腕組みをした。


「ふぅむ…夢ではないかと一蹴するのは容易いことだが…」


 流石に信じてはくれないか、と路は頭を下げた。続く完伊賀の言葉はこうだった。


「それではどうにも浪漫に欠けるな…。うむっ!いざ取材の時だっ!部員全員参加による調査を実行する!

 みちくん!よくぞ捻り出してくれた!しかし我らに時間はない!決行時刻は今夜○9○○まるきゅうまるまるっ!集合場所は西大紀名神社大階段前!これは部長命令であるっ!」

「は、はぁいっ!!」

「夜更かしは好かないが…」

「夜の神社で行われるみっちーとごっついがーの秘密の情事…。まぁ、資料写真くらいはとってこーかな」


 渋々といった様子で部員の同意の声が上がる。これが彼らの分岐点。いや、斧野束路の人生の交差点。

 美世土は血の海に沈んでいた。

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