冒頭D 12月21日PM2:00 虹色の頭脳を持つ探偵

「真実はいつだって一つさ!謎は全て解けた!この虹色の頭脳を持つ山森沢浪漫やまもりさわろまんのお爺様の名にかけて、ね。


 テテテテ〜(レコードから流れるサスペンス劇場でよく聞くBGM)


 鹿撃ち帽にブラウンのインバネスコート。かの有名な名探偵、シャーロック・ホームズを連想せるその立ち姿はあまりに知的。

 エゲレスの血を引くその青年を一目見ようと道行く人々が足を止める。

 スラリと長い足、引き締まった肉体にモデル顔負けの整った顔立ち、青い瞳がキラリと輝き、淡い金髪がさらりと靡く。

 そう。彼こそは若干二十歳にして、この大紀名おおきな市一の名探偵・山森沢浪漫。

 パイプタバコ片手に、天才的頭脳により数々の難事件をズバリと解決。顰めっ面の刑事くんたちも彼にはどうにも頭が上がらない。

 さぁ、次の事件は何だ!不可能犯罪、密室殺人、超常現象どんと来い!

 山森沢やまもりさわ浪漫の虹色の頭脳が今輝く…!」


 …

 ……

 ………


「何を一人でぶつぶつ喋ってんですか浪漫ろまんさん」


 事務所の大掃除をしていた学生服の青年、尊斗みことが足を止め、浪漫に尋ねた。抱えていたファイルの山を段ボールへと仕舞いながら、壊れたラジオみたいに空虚な言葉を吐き出し続ける自分の雇い主を哀れに思った優しさ故だ。嘘だ。単純に鬱陶しかった為だ。


 火のついてないパイプタバコを咥え、キメ顔をしていた大紀名市一の探偵(この市には探偵業をする者が彼以外存在しない)、浪漫がやれやれ、と肩をすくめレコードを止めた。大袈裟に頭を振りつつ、


 「分からないのかい?」


 彼はそう言うとたっぷりに溜めを作りながら右手を顔の高さまで掲げた。かと思うと、これまたたっぷりの時間をかけて人差し指を一本立てる。そして、自分のことを先生と呼んだ青年に対して立てた人差し指をゆっくりと向け、一言。


「ワトソンくん」

和堂わどう尊斗みことです。なんですか浪漫さん」

「…ワトソンくん」

「尊斗ですって。…だから、なんなんですか」

「…もう!ワトソンくん!先生と呼びたまえよそこはぁ」

「めんどいなこの人」


 望んだ返答が来なかった為、浪漫は憤慨した様子で地団駄を踏む。

 尊斗みことはというと表情を変えず、ファイルでいっぱいになった段ボール箱を爆速でガムテープで閉じると目にも止まらぬ速さで「いらないもの」と太マジックで書き込んでゴミ箱に豪快にダンクシュートを決めた。決してイラッと来た訳ではない。断じてない。


「ちょちょ、待ってくれワトソンくん!それ箱詰めの意味あるかな!?それじゃゴミ処理業者の方が困ってしまうよ!

 ではなくて、それらは大事な事件ファイルだ!捨ててもらっては困る!」

「…尊斗ですよ。チャンスは最早無いと知れ」

「尊斗くん!捨てないでください!」  


 見事な土下座をキメながら、浪漫は尊斗に乞い縋った。半ベソをかく金髪碧眼の無駄に顔のいい男。こんなに情けない姿でも容姿が整っていれば絵になるから不思議な物だ。縋り付く浪漫の姿に溜飲が下がったのか、尊斗はふん、と鼻から息を吐いた。

 ほんのりと頬が赤いのは怒りからだろうか。口角が僅かに緩んでいるのはどうしてだろうか。尊斗は表情筋をマッサージしつつ、しょうがないなとポーズを取った。


「もう。分かりましたよ」

「ほんとうかい!」


 バッと浪漫が顔を上げた頃には、浪漫に対してちょっぴり冷たいいつもの尊斗に戻っていた。浪漫もとっくに普段の調子を取り戻して、埃を払いつつ誰も見ていないのにキメ顔をしている。

 尊斗はゴミ箱から「いらないもの」を拾い上げつつ、浪漫へと尋ねた。


「そんな事よりあの決め台詞?くどすぎませんか。色んな所からパクってるし」

「なっ!否!それは否だよワトソンくん!

 唯一無二の台詞だと思わなかったのかい?

 そりゃあボクはね、ありとあらゆる探偵たちをリスペクトしているよ?でもこれはボクのオリジナルさ。インスピレーションを得てることは否定しないけども!…そんなに良くなかった?」

「あれがテレビならお昼の通販番組の方がまだ見てられますね」


 そんな…!と、ひしひしと打ちひしがれる浪漫。彼を横目に尊斗は壁際のホワイトボードをチラリと見た。書き込まれているのは彼の考えたであろう決め台詞の数々。探偵業って暇なのかな、などと考えてしまう。

 白けた顔で殴り書きを眺めていると、ふとボードの端に貼り付けられている新聞の切り抜きに気がついた。


「あれ。浪漫さん、この新聞の切り抜き…。かなり最近のものばかりですね」

「あぁ、気がついたかい?いやぁ、少しばかり思うところがあってね。この一ヶ月、大紀名おおきな市内で発見された三件の変死体についての記事さ。

 これらは全て一本の線で繋がるとボクは踏んでいるんだ。…そう!この三件の事件、全てはかの伝説の殺人鬼『柘榴観音ざくろかんのん』が絡んでいるのでは、とね!」


 ピシャ〜ン!!! ナ、ナンダッテー


 浪漫は勢いよく指を差しながら、確信と共に言い放った。

 何故か雷の落ちる様な音がした気がする。尊斗と浪漫しかいないのに誰かの大袈裟なリアクションが聞こえた気もする。


柘榴観音ざくろかんのん


 その名は尊斗も聞いたことがある。自身が小学生の頃に都市伝説ブームがあり、よくテレビ番組でも取り上げられていた記憶がある。都市伝説でも有名な類だ。『口裂け女』に『人面犬』、現代の切り裂きジャックと呼ばれる『柘榴観音』。


「それって昔からある都市伝説でしょう?俺の学校でも新聞部の人たちが取り上げてましたよ。浪漫さんと同じくらい胡散臭い人たちが」

「いやいやいやいや、ノンノンノンノン!ナンセンスだよワトソンくん!『柘榴観音』は実在する。これは想像に過ぎないがおそらくは相当な剣術家だとボクは思っている。そうさ、まずは殺しの手口から見ていこうか。三件の被害者の死因だが、細手の刃物による全身何十箇所にも渡る刺し傷による失血死。これは失血の度合い、血の渇き具合、また被害者の目撃情報から、相当僅かな時間の間に行われている事がわかったんだ。丁度二件目のご遺体を担当していたのがボクの知り合いの解剖医でね。彼によると犯人は相当の人体破壊マニアらしい。怨恨による犯行の線も考えたよ?それにしてはペラペラペラペラペラペラ…」

「あーはいはい、そうですね。そんな事よりほら、今は事務所が事件現場ですよ。もう言ってる間に年の瀬なんですから、こんな時くらい事務所の掃除くらいしないと。さ、浪漫さんも暇なんだから大掃除手伝ってください」


 止まらない浪漫の妄想吐露に辟易しつつ竹箒をポイと手渡した。彼に付き合っていたら掃除なんて一生終わりやしない。浪漫は悲鳴染みた声を上げる。


「何を言うかねワトソンくん!こう見えてぼかぁ大忙しなのだよ!浮気調査に迷子の猫探し、君が来る少し前にも行方不明のご老人を探して欲しいという依頼を貰ったばかりなんだ!しかも今日は更にもう一件、依頼を貰っているしね!もう忙しいったらありゃしないんだから!」


 ほう、と尊斗は感心の声を上げた。依頼の大小についてはひとまず置いておこう。彼に依頼を出すなんて相当の物好きだな、とまだ見ぬ依頼主の事が心配になった。

 尊斗の関心を引いている事に気がついたのか、浪漫は顎を撫でつつ聞いても無いのに話し始める。


「いやはや古馴染みがね。ボクに仕事の依頼を出したのだよ。おっと、依頼内容は明かせないよ?これは極秘の任務なんでね。はっはっは!やぁ、嬉しいものだね。頼られるというのは。ボクは幸せ者だよ、うん」


 うんうん、とブラインドの隙間から外の景色を眺めながら何度も何度も頷いていた。どこか懐かしそうな表情をする彼に、尊斗はちょっとだけ腹が立つ。

 窓際に立つのが格好いいと思っているのだろう、用もないのに事あるごとに窓際に立つ彼の微笑みに尊斗は無性に胸がムカムカした。

 この窓際族め、と尊斗がユーモアを混えた悪態を頭の中で呟くと、ビュウと強い北風が吹いた。ガタガタと窓枠が揺れる。そこで探偵はぶるりと一つ身震いすると、


「はくしょ!隙間風がひどいなこのボロ屋め!」


 悪態をつきつつ、縮こまりながら退散した。猫の様に炬燵にそそくさと潜り込む浪漫。彼は中央のミカンを手に取ろうとしたところで、尊斗がぴしゃりとその手を叩き「仕事しろ!それか掃除!」と一喝された。

 くぅん、捨て犬の顔をした浪漫に心が揺らぐのも僅かの間の事、心を鬼にしてこの駄目な大人を炬燵から引き摺り出す。コートを引き裂かんばかりに引っ張りながら。


「あぁ!破れる!分かった!分かったとも!少し待ってくれたまえ!一張羅は汚したくないんだ!引き裂かれるのはもっとやだ!着替えてくるから少し待ってくれ!」

「すぐに戻ってきてくださいよ!…まったくもう」


 浪漫はバタバタと事務所のドアを開け、すぐ正面の部屋に飛び込んだ。どうも仕事とは別にプライベート用の部屋を借りているらしい。残念なイケメンを見送りつつ、尊斗はヤカンに水を汲みコンロの火を掛けた。戸棚から茶葉を取り出しティーカップを用意する。


「そういえばあの人の私服姿は初めて見るかもなぁ」


 浪漫の私服姿を想像していると、不意にヤカンが甲高い音を立てた。慌てて火を止めると既に五分も立っている。

 そんなに時間が経っていたのか、と自分に呆れつつ、どうにも帰りが遅いと首を傾げた尊斗。

 どうしたのだろう、浪漫のプライベートルームのドアをノックする。返答は無い。ドアノブを捻ると、鍵は掛かっていなかった。浪漫の好きなサスペンス劇場みたいだな、なんて考えが尊斗の頭をよぎる。

 この部屋に入るのは初めてだ、とほんの少しの高揚感を胸に開け放つ。


「浪漫さん?」


 返答は無い。事務所と同じ間取りの狭い部屋は正面から一面を見渡せる。正面奥の窓が開け放たれていた。カーテンが大きく揺れ、冷たい風が尊斗の顔を打った。


 …

 ……

 ………


「逃げたなあんのヘボ探偵!」


 箒を振り上げ、尊斗みことは部屋を飛び出した。

 大掃除はまだ始まったばかりだ。

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