第2話 逃げるは恥だが多分役に立つ
「ありがとうございましたー。」
レジ袋を持ったユイが自動扉をくぐって出てくる。
その横でキラキラと目を輝かせながら周囲を見ている堕天使。
「……あんまキョロキョロすんなよ。怪しいぞ」
ユイが苦笑いをしながらカルテットに言う。
「う、分かったよ……。随分変わったなって思って」
そう言うと着ているパーカーのポケットに手を入れるカルテット。
ユイの物だが身長が余り変わらないため違和感がない。
「……けして俺の身長が小さい訳じゃない。けっして!!」
「何か言った?ユイ」
「ん、なんでもねえ……」
それを聞いてふーん、とでも言いたそうな顔をしていたカルテット。
――――――――だったが、遠くから近づいて来ている何者かの影を見て、表情が変わる。
恐らくは自らと同じような羽、光輪が見えたからだろう。
隣にいるユイは気づいていない。
「……っ、結!!来た!」
「は?何が……。!?」
ユイも迫り来る影に気づく。
「とっ、ととりあえず逃げるか!?ここは人も多いし……」
初めての経験に困惑しながらも考えついた唯一の策を話す。
「……だね。私の権能、っていうか天使みんなの共有権能なんだけど、翼ってあるでしょ?」
カルテットが走り出したユイを翼で飛びながら追いかけ、走りながら話す。
「へ……なに、それぇ……。どやって……つか……うん…………だ……」
普段から運動をしないため、まだ数メートルしか走っていないのに息切れを起こしながら話すユイ。
それを見て心配しながらも説明をするカルテット。
「えと……えぇ……説明しにくいな……私達は産まれた時から付いてるし……。
とりあえず背中の筋肉を動かす感じでやったらいいんじゃない?」
「えっ……はあ……はあ……どうすんの……それ……。
…………ふう……こう…………?」
そう言った途端、ユイの背中にカルテットと同じ、少しボサっとした、黒い翼が出現する。
そして……ユイを空へと羽ばたかせる。
「ううおあああ!?!?」
絶叫しながら空に飛んで行くユイを追いかけながら、追ってきている影を確認するカルテット。
「うえぇ……さっむ……。」
ユイの横に追いついたカルテットが言う。
それを見た厚着のユイは苦笑いをしながら
「そりゃこれだけ上に上がったらな。」
と言う。
うう……とうなりながらポケットに手を突っ込んでいるカルテットのすぐ前に、先程の影はもう迫ってきていた。
そして近づいてきたかと思うとその瞬間、あずき色のショートヘアをなびかせた少女がユイに力強い蹴りを入れる。
「いっ……!?」
数メートルは飛ばされたであろうユイは何が起こったのか理解ができていないながらも、上手く翼でバランスを取り、蹴られた腹部を抑えながら相手を見つめる。
「あれぇ?契約者だって聞いてたのにその程度なの?
これじゃあ契約主のカルテットって天使も弱そうだなあ」
そう言ってカルテットを煽るような顔で見る。
「……誰?」
ユイを蹴られたからか、怒りの籠った力強い声でカルテットが言った。
「あぁ……。忘れてたよ!
ボクはマルクト。セフィロトの1人だよ」
それを聞いたカルテットが驚いた声で言う。
「セフィロト!?
な、なんでいきなり……そんな上層部が出て……?」
痛みが引いてきたユイがカルテットに近づいてこう聞く。
「セフィロト?ってなんだ?」
それを聞いていたマルクトが、少し考えてから説明をする。
「そうだね。説明しようか!
セフィロトって言うのは天界にいる神の使い、天使のなかでも最高位に位置する10人の天使のことを指すのだよ。
セフィロトには天界でのバトルロワイヤルに勝利したモノが集まる。
そして我々セフィロトの裏、クリフォトも存在しているのだが……、それは知らなくてもいいだろう」
よく分かっていなさそうな顔で話を聞いているユイを見たカルテットがため息をついてから言う。
「……とりあえず天界のなかでも最強クラスに強い奴ら、ってことだよ。」
それを聞いたユイは冷や汗をたらしながら焦ったように言う。
「……え?それって俺、死んだ?」
それを聞いていたマルクトが目を細めて少し笑いながら言う。
「物分りがいい人は好きだよー!
……さ…お話の時間はここまでだ!!
マルクトがそう言った途端、何かの衝撃がユイを襲う。
「かはっ………いっ……てぇ!!」
その衝撃の正体は、ユイよりふた周り近く小さいハンマーだった。
「……え!?いつ……どこから……!?」
それを横目に見ながらマルクトがユイの髪を掴んで言う。
「あれぇ。やっぱり。
君ぃ……権能を使えないの?」
意思がトびそうなユイは
『思いっきりこっちに飛んでこい』
それを見たカルテットは意味がわからなくなっているがそれ以外に方法もないので仕方なく、ユイの言う通りに……
全力で翼を折りたたむ。
そして………………、力強く、尚且つ優しく、翼を広げてユイに向かって飛ぶ。
風を切る音がなり、それを聞いたマルクトがユイの髪を離して言う。
「?その程度の考えで私を倒せるとでも……。!?」
恐らくユイの考えに気づいたのだろう。
自分から離れていくカルテット、そしてユイを見ながらため息をつく。
「はあ。……んー、今日はもういいか。また今度にしよっと。めんどくさいし」
そう言うとマルクトの前に大きな門が現れる。
白く輝き、バラの装飾が施されているまるで天国への扉の様なものが。
ゆっくりと、重い音をたてて開き、マルクトを歓迎する。
「また……くるよ」
そう言うと扉の中にマルクトは消えていった。
***
「あっっぶな……。」
空をとてつもない速さで飛びながらカルテットが言う。
意識を失っているユイをかかえながら。
汗を袖で拭いながら考える。
(……権能の使い方、どうやって説明しよう。)
丁度玄関の前に着地しようとした時にユイが目を覚ます。
「……ん……。あ……ごめん。カルテット」
それを聞いたカルテットは涙を抑えて言う。
「……謝るのはこっちだよ。いきなり巻き込んで……怪我もさせて…………痛かったよね……」
カルテットの顔を見て、泣きそうになっているのを確認したユイは焦りながら言う。
「ん?あー、全然いいけどそれは。
……泣いてんの?」
ユイは煽るように言う。
それを聞いた彼女は顔を赤くして逸らしながら
「うっうるさい!!泣いてないし!」
そんなやり取りをする二人の後ろにある人物が来た。
「おいこらユイ。何女の子虐めてんだ。」
声の主は長く美しい赤髪の少女だった。
「げ、アカネ。」
少女の名は
ユイの幼なじみであり数少ない友達である。
「いや、違うし!」
ユイが焦りながら言ったのをみてアカネがカルテットに言う。
「ほんとに虐められてない?」
ユイと話す時とは別人のように優しい言い方だった。
「虐められた」
それを聞いてそっか!と言い、微笑むアカネ。
そして笑顔のままユイを蹴る。
「いてぇ」と言うユイを無視してカルテットに話しかける。
「……ていうかさ、君……えっと…」
困っているアカネをみて理解していないカルテットの代わりにユイが言う。
「カルテット」
ユイの言葉聞いて返事するカルテットと、それを見て笑いながらアカネが話す。
「あはは、かわいいね。そのカルテットちゃんってさ、もしかして天使?」
空気を変えて言う。
それを聞いたユイとカルテットが驚いた声で言う。
「「え!?なん、なんで!?」」
と。
この話を外でするのも不味い、と思ったのか、ユイが
「と、とりあえず家、入る?」
そう言った。
それを聞いたアカネは少し考えてから頷く。
そのアカネを見たユイは玄関の扉を開け、1階にある自らの部屋へと入り言う。
「……ああー!!づがれだぁ……。」
聞いたアカネが少し笑ってから話始める。
「そうそう、さっきの続きなんだけど、私も契約してるんだよね。
天使と。」
驚いたカルテットはユイと目を合わせて言う。
「……誰と契約してるの…?」
「ん?あー、ネツァク、だったっけ?」
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