ささくれたせかいのなかで

げっと

せかいはささくれました。

 世界は突然、ささくれてしまいました。そんなニュースがテレビを通じて、全国のお茶の間に届けられた。世界がささくれたって、一体全体どういうことだろう。


 例えばテレビの向こう側に居るあるコメンテーターは、これは終末の訪れだと言い張った。月面の上を歩いたり、原子力の開発を進めるなど、所謂聖域を踏み荒らしたり、世界の理を崩そうとして、世界の怒りを買ったのだと。そして本流の世界から切り離そうとする力が働いて、その結果、一部が剥がれだしてささくれだったのだと。


 一方で、これは自然現象の一つに過ぎないと提唱する専門家も居た。世界のささくれだちは実は普遍に起こっていることであり、無限大に近い速度で広がり続けている世界が、自身の質量、あるいは情報量の飽和を起こして自壊することを防ぐための、ある種の防衛機能の一つなのだと。我々の科学技術の発展により、今回たまたま、それが観測出来ただけなのだと。


 これらニュースや専門家達の意見を鵜呑みにしたとしても、理解できることは少ないし、実際、学校の友達や家族なんかに聞いても、大体同じことを言う。それに、世界という僕らの上位存在がささくれだったところで、僕らに出来ることはそれほど変わらないわけで。ワケの分からないニュースに翻弄されて、騒ぎ出す莫迦が教室の中にちょっとばかり増えたくらいで、僕らの生活はそれほど変わらない。その程度のことだ。僕らには関係ない。


 そんな日々がしばらく続いたある日、僕らの教室に、転校生がやってきた。彼女は不健康そうに見えるほどに色白で、痩せぎすな体から細い手足が伸びている。お尻にまで届くほど長い髪は、淡い水色がかったようでこちらも色素が薄い。彼女は適当に挨拶を済ませると、教室の端っこに準備された空席についた。


 休み時間にもなると一部の莫迦は彼女に興味津津で、彼女を取り囲み質問攻めにした。彼女はどこかおどおどとした―少し恐怖しているようにも見えた―態度で、彼らのほうを向いて答えている。全く、小学生じゃないんだから。莫迦みたいに寄って集って、女の子怯えさせてどうすんのさ。


 けれどそんな転校生フィーバーも時が経てば後の祭り。物静かな彼女は、やがて自席で一人で居ることがだんだん増えていった。時折クラスメイトと話しているみたいだし、グループワークなんかにも参加出来てるっぽいし、馴染んでないわけではなさそうだけれど。まぁ僕としては、時折叫ぶような声が聞こえてきて、びっくりしてそちらを向けば視界に入ってくる、彼女の泣きそうな顔を見なくて済むようになったってだけの話だけれど。


 ある日。僕ははずれ校舎にある図書室へと向かっていた。僕はそれほど本が好きなわけじゃないんだけど、あそこには人がほとんど来ないし、あの静謐とした空気感が好きなのだ。というか、教室に居るのがうるさすぎて、気分が落ち着かないという方が正しいかもしれない。普段ならあのうるさい教室の中にも居られるというものだし、時折、気分が小波立って、教室にいられなくなってからいっつも図書室に向かっている気がする。


 その道すがら、生徒が一人倒れている事に気がついた。人気の少ないはずれ校舎の廊下とはいえ、誰も助けてやらないものなのか。やれやれと思いながら、その子の肩と膝裏に腕を回し、まるでお姫様を攫いあげるかのように抱き上げた。


 こんな形で人を抱え上げた経験など殆どない僕だけど、それでも気付いた。この子、あまりにも軽すぎる。もうちょっとずしりと腕に重みが来るものだと思い込んでいただけに、僕は拍子抜けしてしまった。軽すぎて、うっかり手からこぼれてしまいそうな痩せぎすの体を落とさないように気をつけながら、僕は保健室へと向かった。




 

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