第187話 保護者責任

 倒れた総長を回収しながら、小松が困ったような顔で訊く。


「あれは……知り合いか?」

「1.5人が知り合いだ」

「その半分はなんだってんだ」

「わかんねえ」


 俺も知りてえよ。半分人間やめた知り合いの数え方って、どうすんのが正解なんだ?

 ブランカをじっと見ると、すっと視線を逸らされた。逃げんなコラ。説明責任を果たせ!


「……斬るか?」

「一応待ってくれ」


 斬った方が話が早そうなのがなんともって感じだな。


「ブランカ。これがゴブリンマザー……で合ってるのか?」

「知らない。マジで知らない。全部、なんかこいつがやっただけだし!」


 ブランカは必死に前足でシャベルマンを指した。謎の貫頭衣を着て、新興宗教の教祖みたいになったシャベルマンが、ひらりと飛び降りる。

 シャベルを背負い、ぶよぶよした芋虫みたいな生物を叩いた。


「わんわんお」

「すまん、もっかい」

「わんわんお」


 聞き間違いじゃなかったか。つーか俺の指示が聞こえてるなら、絶対に日本語分かってるじゃねえか。


「日本語で頼む」

「恐らくゴブリンマザーだ。複数体のアラクネ、オークに保護されていた」

「日本語で言えるじゃねえか、ふざけんな!」


 ちゃんと話される方が頭に来るのはなんでだ!?

 意味の分からない苛立ちに地団駄を踏んだ。


「それにしても、これがゴブリンマザーか。どうにも気色悪い見た目してんな」


 シャベルマンが連れてきたものをしげしげと眺める。

 一見して全長8メートルの芋虫ってところだが、頭部のみがゴブリンに似ている。といっても似ているのは形だけで、サイズは2メートルほど。圧が半端じゃない。

 下顎が大きく周囲の筋肉が発達しているせいで、どこか獣じみた印象が強まっているな。おそらくは、出産のためのエネルギーを摂るためだろう。


 通常ゴブリンとの最大の違いは、体を支える腕や足が4対あることだろうか。どういう進化をしたらそうなるのやら。


「監禁されていた場所には無数の卵と、ゴブリンの幼体がいた」

「卵生かよ。まさに社会性昆虫みてえだな。マザーは産卵だけに特化してるから、シロアリ女王みたいな姿なんだな」


 シロアリの女王なんかも、腹部がデカすぎて芋虫みたいになってるもんな。

 そこで生まれた多数のベビーゴブリンが食料を持ち帰ってくる。一部はオドアみたいに独自の進化を遂げて、ダンジョン内の他種に抗えるような力を手に入れていくっつーことか。


『クルルルル……クルルルル……』


 ゴブリンマザーが鳴いた。小さな声だった。俺たちからすれば、キモい生き物が小鳥みたいに鳴いて驚いただけ。しかし、この場には意味を理解する者がいた。

 大鉈を抱えるオドアが、おずおずとゴブリンマザーの前に歩み出る。まるで神を目の前にした信徒のような振る舞いだった。


 ゴブリンマザーが大きく口を開く。巨大な歯と歯の間に、唾液が糸を引く。その中に、オドアが自ら足を踏み入れた。


「おいおいおい」


 オドアの動きに躊躇はない。あっという間にゴブリンマザーの食道に消えていった。静止しようとした手が宙ぶらりんになる。

 ごくり、と喉を動かしたゴブリンマザーは激しく身を震わせた。大鉈も一緒に飲み込んだからじゃねえか?


「つーか、オドアの野郎死んだか?」

「まさか。腹減ったから食わせろとか、そんなことはあるまい」


 そう言う小松も理解出来ていない様子だった。

 シャベルマンのせいで、一度に情報量が多すぎるんだよ。元凶を叩こうとしたらひょいっと避けられた。うぜえ。


「何やってんのか理解出来ねえのは嫌だな」


 未知は恐怖だ。


「ブランカ、変身してみてくれ」

「嫌。とにかく嫌。何が何でも無理」


 人狼の価値観でもあれは気持ち悪いのか。あと気持ち悪い生物に変身したくない、という価値観があるのも意外だな。

 もしかすると、人間社会で暮らしていたのが影響しているのかもな。


「おい、動きがあるぞ」


 小松がマザーを指さした。

 腹が伸縮するようにうねり、大きなものを押し出すような動きを見せる。腹の先端がぐぽりと開き、ちょうど人間がすっぽり収まる大きさの卵を産み出した。

 爬虫類の卵によく似た、白く柔らかい殻に包まれた楕円形のものだ。粘液に包まれ、ぬらぬらと光っている。

 ざくり。銀色の刃が殻を切り裂き、中からゴブリンが這い出てきた。


 五体満足。まるで新品のように磨かれたチェーンメイルと、ところどころを補強する骨の装甲板。片手には剥き出しの日本刀を携えていた。

 どことなく顔立ちや立ち姿に見覚えがある。


「……オドアか?」

『で……ある』

「しゃべったああああああ!」


 シャベルマン以外の全員が叫んだ。

 ゴブリンが喋ることあるのかよ。つーか総長の動きの学習みたいな、小さな変化の積み重ねかと思ったら、こうやって劇的に変化することもあるのな。


 まるで芋虫が脱皮をしながら大きくなり、サナギを経ると急に蝶に変化するようだ。

 小さな変化は個々で行い、経験値を蓄積したら、マザーの胎内を通じて大きな変化を遂げると。


『マザー……望む。オベロン麾下の首』


 筋肉量こそ相変わらずだが、どことなく人間の骨格に近づいたオドアが、俺たちの前に跪く。


『洞窟ゴブリン……ケル氏族は……第0層種族に全面降伏致す』


 刀の柄が、俺に差し出された。

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