第186話 友の為

 無理に2連続で使ったせいで何かが足りなかったか、変化を起こしたのは腕から先だけだった。銀色の糸が、人の手の形をとる。

 ひとまずはこれで十分。鉄をも裂く斬撃を放っていた、偽アーサーの触手だ。そう簡単には切れねえはず。耐えるだろ。耐えやがれ!


 目で追えないほどに速くなった斬撃の応酬に、身を躍らせた。


 体の芯を通る熱。悲鳴を上げる神経。刹那のそれに反応し、刃を掴む。

 脳を焦がすような痛みを引き換えに、刀と大鉈を捕まえた。


 胸を切り裂く途中の刀。背中側から腹を割く大鉈。俺の体に突き刺さったまま、ぴたりと止まっている。


「よお。止めに来た」


 我ながら随分と掠れた声が出た。肺に金属がブッ刺さっているせいで、変なところから空気が漏れている。


「おお、重たいのう」


 みしり、と刀が僅かに動いた。

 刺されている筋肉すら総動員して、渾身の力で抑え込む。ジジイのくせに馬鹿力だ。それもそうか。抱えているものも、積み重ねてきた戦歴も俺と桁違いなんだからな。強いに決まっている。


「すまねえな。説得出来ると思っちゃいねえ。力尽くで止める」


 説得力を持たせられるだけのものを持ってねえんだ。

 言葉も、実績も、力も、具体的な展望も、何もかも足りてねえ。痛みと後悔ばかり抱えて死んでいく未来を否定したいだけなんだ。


「構わん構わん。若いのう」


 総長は鷹揚に頷いた。


「意地を押しつけるのもまた良し」

「ありがとな。じゃあ、遠慮無く」


 両腕が塞がっている。前蹴りを放とうとしたそのとき、ぐりんと刃を捻られた。ごぼりと肺に液体が流れ込む。

 やりやがった、クソジジイ。大人しく蹴られておけよ!


「もちろん、押しつける相手にも意地がある」

「そいつは……道理だな」


 間違っちゃいねえけど、若手の一発を受け止める先輩みたいな雰囲気出していただろうが!

 人に使う技術じゃねえぞ!


 逆に刀を深く深く自分の体に差し込んでいきながら、総長との距離を近づけていく。ごぶり、ごぶりと吐血の波が打ち寄せた。

 己が吐いたもので、アゴから首から胸元まで、びっしょり濡れて生ぬるい。


「随分と……随分と必死じゃのお」

「なるさ。必死にも」

「付き合いも浅い。ここの人間でもあるまい。身を削るようなことは――」

「削らなきゃいけねえんだよ」


 己の痛みを避ける人間の言葉なんて、誰にも届かねえだろ。優しいだけの傍観者に身を委ねる奴なんていねえんだ。

 流した血だけが、説得する言葉に代われるんじゃねえのか。


 自己満足かもしれない。端から見れば、ただの馬鹿かもしれない。

 だが、馬鹿なことをした人間は、他よりも非効率で痛みの多い道を歩まなければいけないんだ。じゃないと、ずっと真面目に生きてきたやつが可哀想だろ?


「俺はな。こう見えて、世のため人のために頑張ったやつに報いたいんだよ」


 そういう奴がいるお陰で、俺みたいなのが、社会から出たり入ったりしながら生きていられるんだからよ。


「不器用なことを。それほど大きな過ちを犯したのか?」

「それほどでも。まだ自分で納得できてねえだけさ。だからこそ、ハッピーエンドを目指すんだろ。どれだけしんどくてもな」


 総長の目が大きく見開かれた。初めて、ちゃんと俺の顔を見たようだ。認識すんのが遅え。


「じゃあな。まずは眠れ」

「ふむ。眠るのはいつぶり――」


 頭突きを総長の顔面に叩き込む。言葉が止まり、白目を剥いて気を失った。

 完全にトんでるくせに、刀からは手を離さない。俺に刺さった刃に全体重を預けて、弁慶の立ち往生みたいになってやがる。痛いからやめてくれ。


 体から刀を抜いて、総長を地面に転がした。胃を傷つけられたのか、体内に焼けるような感覚まである。最悪だな。ダメージがデカすぎた。


「ゆっくり休んでろ、クソジジイ」


 睡眠不足は肌荒れの元だからな。

 血がべっとりついた手で、前髪を掻き上げる。背から差し込まれた刃に軽く押し返すように力を込めると、オドアは自ら大鉈を引き抜いてくれた。

 オドアの方に向き直る。


「お前、待ってただろ。空気読めるんだな」

「グギャ、カッカッギャ」

「分からねえよ」


 無造作に近づいて、オドアの腕輪に手をかける。驚いた様子で飛び退ろうとするが、力尽くで引き寄せて地面に捻じ伏せた。

 指に全力で力を込め、鎖のついた腕輪を毟りとる。ねじ曲がった鉄環を顔に放り投げてやると、動きが止まった。続けて両脚につけられた不自由の象徴も取っ払ってやる。


「そろそろだろ、たぶん」


 なんか、さっきから足の裏に微細な振動が伝わってくるんだよな。まるで地面を掘っているような振動が。

 ガスッ。

 俺たちのすぐ横の地面から、刃の先によく似た鉄板が生えた。すぐに引っ込んだかと思えば、再び近くから飛び出す。切り崩すように、地面の穴が広がり始めた。。ばらばらと音を立てながら、崩落が加速度的に進行していく。


 とっさにオドアの手を引いて穴から離れた。

 一気に土石流のように崩れる地面。その中から、巨大な影が飛び出してくる。


 まずは白狼。続けて、バカでかい芋虫みたいな、よくわからん生き物。そして、それに跨がるシャベルマン。

 両手にシャベルを構え、シャベルマンが吼えた。


「アオオオオオオォォォォオン!!」

「言語はどうした!」

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