第185話 守りたかったもの
「殺して貰うって、随分な言い草だな。おたくのトコの英雄みてえなもんだろ?」
価値観が違いすぎる。飛び込んでも止めるべきか、それとも行かざるべきか迷う。
合理性や倫理観だけで動くべきじゃねえってことだけは分かる。
「英雄も英雄。押しても揺るがぬ。おらが国の大英雄よ」
小松は誇らしげに言った。
なら、なぜ。そんな俺の疑問に先回りするように続ける。
「もうな、総長には戦う理由が残ってねえんだわ。だが、戦わなければいけねえ理由はある」
「分かりにくい。哲学か?」
「哲学だ。もう、総長には守るべき家族がいねえ。俺たちもそうだが」
「亡くなられたのか?」
「いや、縁を切られた」
「は? その家族のために命をかけて戦ったんだろうが」
納得いかねえ。
憤りが顔に浮かんでいたのか、小松は俺の表情を見て笑った。
「ちげえんだ。総長の家には息子夫婦と孫娘がいたんだわ。まだ幼くて、夜中に泣くんだな。その夜泣きの声が――ゴブリンの鳴き声に聞こえちまうんだ」
「まさか」
血の気が引いた。
「幸い、無手だった。しかし、幼子に振るわれていい暴力じゃなかった。混乱する総長を止めようとした息子さんは、今でも片足引きずってるらしい。不幸中の幸いなのは、孫娘さんには傷が残ってないってところだな」
「……くっそ。なんだよ、なんだよそれ」
胸に溶けた鉛を流し込まれたようだった。痛くて、熱い。
化け物から家族を守るために戦っているはずなのに、その家族から、化け物のように扱われる。
誰が悪いとかじゃねえ。ただ、人間の心は、大切な人の死に触れ続けられるように出来ていないというだけの話だ。
病んでしまった総長に罪はなく、荒れる総長から身を守るために縁を切った家族にも罪はねえ。
ただ、状況に救いがねえだけだ。
「良い方向にも悪い方向にも、程度の差はあるが……皆、似たようなもんだわな。俺たちには戦う理由が残ってねえ。ただ、生き残ってしまった以上、死ぬまで戦わなきゃいけねえだろ。じゃねえとよ――」
語る小松の顔は、いつの間にかひどく情けないものになっていた。
精悍な、武を宿した男じゃない。耐えがたい痛みを背負う、老人の顔だった。
「不平等じゃねえか。死んだ奴らに、公平じゃねえだろ」
喉を締め付けられるような錯覚をした。
乾ききった口から空気が漏れる。
もう、どんな結末を迎えても、ハッピーエンドにはならないんじゃねえか。そんな思いが過る。
死んだ奴らはお前達の死を願っていないとか、そんなありふれた言葉じゃ届かない。口に出す前にはっきりと理解出来た。
地元を守ると一緒に戦って、仲間達が死んだ。友であるからこそ、同じ目に遭い続けなければ平等じゃねえ。理解してはいけないが、共感できてしまう。
破綻した理論だ。でも破綻しているからこそ、破綻した人間の背中にぴったりと張りつく形をしていた。
「……無駄な戦いでも、無駄な死でもなかったんだろ」
きつく拳を握りしめながら、どうにか言葉を絞り出す。
「どうだったんだろうな。もしかすると、地上に溢れていれば、自衛隊が動いたかもしれねえ。ダンジョン入り口付近はひでえことになっただろうが……その分、早く収束したかもな。人死にはもっと少なかったかもしれねえ」
「少なくとも、その入り口付近の命を守ったことは確かだろ!」
「命の交換をしただけかもしれねえ」
無辜の市民を守るため、勇敢で正義感の強い市民が死んだ。その一面だけ切り取れば、確かに命の交換だ。
だが、違うだろ。
学がねえことが恨めしい。気持ちでは「それは違う」とハッキリ分かっているのに、こいつらにどう伝えれば良いのかが分からねえ。
「その戦いも、勇気も死も、無駄じゃねえ……」
「言い切れるか?」
「証を立てる」
どうせ斬られる上着は脱ぎ捨てた。
素肌に直接戦場の風が吹き付ける。
「すげえ傷だ。若いのにな」
「実はそんなに若くねえんだけどな」
世界樹の苗だとか、回復魔法だとかさ。そんなものと無縁なときにも、無数の傷を負ってきたんだ。日々が死と隣り合わせで、痛みは蹲って耐えるしかなかった。
それでも、今こうして立っている。
「お前達、薩摩クランの戦いが無駄じゃなかった。いつか必ず、そう確信させる。死ぬとき、笑って死ねるようにしてやる。そこが戦場だとしてもだ」
小松の目を真っ直ぐ見つめた。瞳が揺れる。
「薩摩クランの全てに意味があったと、誰もがそう思えるようにしてやる。だから、まずは生きろ。生きてここを出て、地上に帰るんだ。あのクソボケジジイも、生かして帰してやる」
「止めるのか?」
「止める」
復讐をやめろとか言うつもりはねえけどよ。苦しそうだろうが。
復讐するならするで、もっとハッピーにブチ殺すくらいじゃねえと意味ねえだろ。
自分達が何を成したか。自分達の犠牲と献身が、どんな未来に繋がったか。それを知ってから、思う存分にやりゃいいんだよ。
「もっかいイケるか? 出来るだろ、たぶん」
王権なんて大それた名を冠しているなら、こういうときにも使わせろよ。
「借りるぜ、ロボ。使わせろ、アーサー!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます