第177話 戦局
具体的な条件指定などについてトウカが教わっている間に、俺とユエは城壁の上から戦場全体を眺めた。ときおり飛んでくる投石をツヴァイハンダーで叩き落す。
「下は下で楽しそうだな、おい」
薩摩クランがイキイキとしていた。
ゴブリンを主体にした敵の前線に、平たくぶつかって面で切り崩している。誰かを突出させるでもなく、似たようなタイミングで斬り捨てて一歩前進って感じの動きだ。
突破力が高すぎると、ともすれば包囲を受けちまうからな。当然対策済みで、足並みを揃えた堅実な戦いもお手の物ってところのようだ。
「うーむ……」
ユエが難しい顔をしながら唸る。なんかさっきから静かだと思ったら、やけに悩んでいるな。
「なんか気になってんのか?」
「大したことではない。ただ、王を失ってなお奮闘する民たちに、自分でもわからない感情がこみ上げているだけだ」
「そうか。そうだわな」
逆にユエは民を失った側だからな。
そのうち真剣にユエの亡国跡地を訪ねてみよう。何かしら、気持ちに区切りがつくかもしれねえ。
「王よ、その身を大切にするのだぞ」
「それは、その時々だ」
死地に生があるなら飛び込むさ。
飛んできた礫を手で掴み取った。ばし、と重たい音が鳴る。受け止めた手のひらの皮が剥がれ、石の表面を伝って血がぽたぽたと滴り落ちた。
なんとなく嫌な予感がしたんだよな。勢いが乗りすぎている。変に打ち返そうとすれば、砕けた破片に襲われるような気がした。
「やけに良いのを投げるやつがいるな?」
「いや……良いのを投げるというよりも……」
少し離れたところで、指揮しているドワーフがもんどりうって倒れた。けたたましい金属音とともに、ひしゃげた兜が足元に転がって来る。
倒れたドワーフの体から、じわりと血が広がった。頭部がごっそりと持っていかれている。
驚いて固まったコボルトの胸を、礫が貫いた。何が起きたか理解できていないまま、赤い泡を吹いて倒れる。
次々に消し飛ばされる命に思わず息を飲んだ。
「威力が変わった!?」
ユエの頭を押さえつけながら、体勢を低くする。地面に這いつくばりながら、突如として始まった惨劇に目を走らせた。
ドワーフを筆頭に、戦慣れしてそうなやつらは素早く身を伏せている。遠くで魔法を撃っていたスイたちも屈んでいるようだ。だが、突発的な事態に弱いコボルトが次々と餌食にされていた。
「急に何が起きてやがる!」
匍匐前進で城壁の端から顔を出す。遠くにぼんやりと淡い光が見えた。
空中に幾つもの巨大な網がかかっている。幾何学的に魔法言語が配置され、光を放っていた。
この広大な地下空間。その中で確保したエリアの最奥に、上下左右を結ぶ糸を張りやがった。バカバカしいサイズ感のパチンコが、数えるのも馬鹿らしいほど立てられている。
数と威力と精密さ、三拍子揃った遠距離攻撃。
アラクネの指揮官、ひいてはアラクネの本隊らしきものが出てこなかったのは、これの為だったか。奴らはカモフラージュの為だけに前線で派手に命を浪費しながら、こいつの完成を待っていた。
背筋が冷たくなる。
ドワーフがオークの進撃を阻めたのは、城壁と遠距離火力の有利があったからだ。防衛の柱である遠距離火力を潰された。
攻撃するコボルトがいなくなったのか、砲そのものに石がぶち当たり、鐘のような音を響かせる。急速に負け戦の気配が濃くなってきたな。
「おい、撤退だ! 中に戻れ!」
外で戦っていた薩摩クランに向けて叫ぶ。俺の方を見た隊士の一人が、頭を吹き飛ばされた。まずい、地上にも射線を通せるのか。
薩摩クランの集団が数秒ざわつくのを感じた。それから、一斉に方向を転換し、一目散に城門に駆け出す。背中を撃たれ数人が倒れるが、後続が襟首を掴み、死体を引きずりながら走っていた。
くっそ、犠牲者が出てる。歯噛みしたところに飛んでくる石。素早く顔を引っ込めた。バカンという音とともに、目の前で胸壁が煙を上げた。
「顔出せねえぞ、こりゃ。下で薩摩クランが撃たれてる!」
「障壁を貼ります!」
トウカが前方に両手を向け、城門を守るよう縦に細長い障壁を貼った。すかさず重ねるように、同じような壁が貼られる。トウカの意図を組んで、スイも魔法を使ったようだ。
撃たれ、割られる障壁。そのすぐ後ろに新たな光の板が生まれ、2人がかりで次々と新しい壁を生み出し続けた。
「撤退完了! 撤退完了したぞ!」
無限に続くような破砕音の中、ようやく背後から声がする。ガシャン、と城門が下ろされる音がした。
大きく息を吐いた。
『全員下がれ! 第二防衛線を構築する! これより城壁は放棄する!』
ドルメンが割れ鐘のような声で怒鳴った。同じ内容を復唱する声があちらこちらで響く。
「ユエ、トウカ。俺たちも下がるぞ」
「ええ。しかし第二防衛線とは……」
「ついていけばわかるだろ」
無事な者が負傷者や戦死した者の遺体を引きずりながら、ドルメンの示す方向に走っていた。片腕を失いながらもコボルトの遺体を担いでいるドワーフまでいる。
思わず拳を強く握り込んだ。
敵として出会えば斬って捨てるモンスターでも、仲間として同じ城を背負うと、こうも胸が痛むか。
城壁から少しばかり離れたところで、ドルメンが地面に手をついていた。城壁と平行になるよう配置された太い道に、魔法言語の明かりが灯っている。
『都市設置型儀式魔法を発動する。といっても、新たに壁を作るだけだが』
集まってきたドワーフたちが次々と道に手をついた。
儀式魔法を使うにしても、全員で呪文を唱えるとかじゃなくて、力を合わせて巨大な魔法道具を使うようだ。
「互いに飛び道具の間合いじゃなくなるな」
第一の城壁が崩されるまでは、とりあえず向こうから射線を防げる。
『ああ。人間よ、ここからは肉弾戦の時間だ』
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