第178話 適材
少し離れた場所で様子を窺う。道に真っすぐ亀裂が入り、地中から金属の壁がゆっくりとせり上がって来た。まるで液体金属を汲み上げているようだ。じわじわと厚みと高さを増し、見上げんばかりの鉄の塀が生み出される。
――待ちに特化した魔法技能。
思わずそんな言葉が浮かんだ。
積極的に攻めかけるのではなく、設置型の魔法道具を運用することで、大軍に抗することが出来る。アタッカーではなくトラッパーって感じだ。
ドワーフの気質が見えたな。
しかしなぁ。たぶん、時間は稼げるんだろう。最大の問題は、稼いだ時間で引っくり返す一撃必殺の手札がない。耐えて耐えて、これが来たら勝ちってもんがねえんだわ。
来るか分からねえシャベルマンくらいしか希望がねえのがな。事ここに至っては、自衛隊を投入して欲しいぜ。
滲む手汗を上着の裾で拭った。
スイ達は無事だろうか。単独行動しているヒルネの無事も気になるところだ。
「ナガさん、どうしますか。一度合流を優先しますか?」
「いやぁ、そうしたいんだが……」
ガサガサと音が迫って来ているんだよな。
恐らくはパチンコ投石開始と同時に、アラクネ眷属の蜘蛛が城壁を確保したんだろうよ。先遣隊として蜘蛛を撒いて、ゴブリンやオークが城門から雪崩れこんで来るってとこか。
「おう、若いの。ここは受け持っとく。先に合流してくるといい」
撤退を済ませたらしい小松が姿を見せた。肩から腰にかけて、べっとりと血がついている。本人はいたって壮健な様子からして、負傷者を担いでいたのか。
「そういえば負傷者がいますよね。治療に伺います。どちらに収容していますか?」
「申し出ありがとうな。大丈夫だ。連れ帰って知ったが、負傷者はいなかったんだわ」
「え? それは……」
負傷者ゼロ、か。いたたまれねえな。死んだら負傷者じゃねえ。
「なんとか腐る前に連れ帰ってやりてえが、叶いそうにないわな。といっても、勝手にここで焼けば死体損壊でお縄だ。腐った状態で持ち帰るしかねえが、仕方ないわな」
小松は深々と溜息をついた。それから鋭い目を俺に向ける。
「つーわけで、後顧の憂いってもんもねえ。肉弾戦やりゃあいいっていうなら、話が早い。しばらくは任せとけ。小規模探索者パーティーの強みは平面での押し合いじゃねえだろ。動きやすいようにやるといいさ」
そうだな。探索者のパーティーの強みは、単独で目に見えない危険地帯を乗り越えていくこと。まさに探索こそが強みであって、兵士じゃねえ。
俺は頷いた。
「適材適所だな。壁の守りは頼んだ」
「おう」
ぞろぞろと隊士たちが壁に張りついていく。犠牲を出した直後なのに意気軒昂だ。ここは安心して任せて良さそうだな。
剣士達の中から隼人が姿を現した。未だ元気そうな様子で軽く手を上げる。
「よお、流石に無事か」
「流石にね」
隼人も柚子と合流したいのだろう。小走りで俺たちについてきた。
「なんか凄いことになってますねー」
「そうだな。スマートウォッチの位置表示だと近いはずなんだが」
こうして市街戦みたいになると、探しづらいな。壁際の前線にいるなら見つけやすいんだが、スイと柚子にとって戦いやすい環境じゃない。もう少し後ろに下がっている可能性も否定できない。
「視界が狭いのに、足跡も残らないですからねー。案外、都市って斥候殺しの地形かもしれませんねー」
「斥候以外からしたらもっとやり辛えだろうさ。デカい声を出そうにも、どこもかしこもうるせえしな」
ドワーフの怒号、コボルトの遠吠えがそこらで響き渡っている。
「あ、座標位置更新されましたよ。通信弱いんですかねー」
「どこだ?」
「そこの建物になってます」
「っておい」
思わず足を止めた。すぐ隣で急停止する小さな人影。ヒルネが不思議そうに首を傾げていた。いつの間に合流してたんだよ。自然に紛れ込んでいるから気づかなかった。
俺が鈍ったか、それともヒルネが成長したのか。
ヒルネに背中を狙われたら助からねえかもな。
示された建物の屋根を見上げる。
「あ、ナガじゃん!」
スイと柚子がこっちを見下ろして手を振った。
「とりあえず合流出来たか。屋上から射線通すのか?」
安堵の呟きのあと、声を張り上げて2人に訊ねる。
「そう! 飛んだら撃たれるから屋根上にした!」
「了解! そうしたら、俺らはこの建物に入らせないようにすっか」
壁際の喧噪が大きくなった。
「始まっちゃったか」
隼人が目を眇める。屋根上から火球が放たれた。
「戦いながらで良いのですが、睡眠のサイクルも考えなければいけませんね」
「そうだな、ここからは戦い詰めだ。俺、隼人、トウカとヒルネ。この3組でシフト組んで休憩回すぞ」
俺の言葉に地上組が頷く。屋上組は勝手に良い感じにやってくれ。
「おらよ!」
刀身を掴み短く持ったツヴァイハンダーを振るう。汁を撒き散らしながら、巨大な蜘蛛が吹き飛んだ。
もう3日間は戦い続けている。交代しながら休みをとっているとはいえ、絶え間なく現れる蜘蛛の群れにいい加減疲れを感じていた。
死体を片付ける時間がないせいで、臭いも酷いことになっている。
「くっそ。なんでこんなに沸いてくる。前線が抜かれたのか」
「前線付近のエリアは抜かれてないらしいよ。薩摩クランと情報交換しているんだけど、いないはずの場所からいきなり湧いてくるから、かなり困惑しているみたいだね」
器用なことに、スマートウォッチを眺めながら刀を振るう隼人。
なまじ切れ味がいいせいで、周囲に死骸が積み上がってしまっている。代わりに蹴り飛ばしてやった。ちょっとでも遠ざけておかないと、感染症が怖い。
「ナガ! ナガ!」
「どうした!」
屋上から切迫した声がした。
「上に注意して! 障壁貼るよ!」
「あ?」
頭上に半透明な光の板が形成される。その奥に、見えてしまった。
――網を広げてパラシュートのようにしながら、放物線を描いて飛んでくる大量の蜘蛛が。
まさか。パチンコを使って、兵力を直接打ち込んできたっていうのか。
どこから湧いてきているんだと思っていたら、空挺だと。
喉が鳴った。
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