第176話 無自覚

「暴力性か。俺とは無縁の言葉だな」

「本気で言ってますか?」

「最近、出来るだけ文化的に過ごしてるんだよな」


 この前なんて、寝る前にアロマキャンドル炊いてみたりしたからな。ついでにスルメ炙ってみたら変な臭いになった。許せねえ。火を消して捨てた。


「本当に過ごせてますか?」

「知らねえ。結局こうやって戦場にいるんだもんな」

「乱世の気質を持つ者は、望まなくても戦場が寄ってくるものだ」


 ドルメンは苦笑した。

 乱世の気質ねえ。個人的には、入念に下調べしてコソコソ生き延びる方が得意だったはずなんだけどな。

 世界樹絡みの問題含め、危地に行かざるをえない状況がどんどん降りかかってくる。これを戦場が寄ってくると例えるならそうなんだろう。


「こういう人に宿る精霊のようなものは、意図的に宿らせることは出来るのですか?」

「難しい」


 トウカの希望混じりの疑問を、ドルメンはばっさり一刀両断した。トウカの眉が下がる。


「人の性質は変わらない。種族的な性質もそうだ。無意味に荒れ狂うドワーフはいない、根気強いケットシーもいない。そういうものだ。神話科学と馴染めば、人間を好む精霊が出てくるかもしれん。それを待つしかないだろう」

「そう……ですか。では、素材に宿らせる方法を教えていただくことは出来ますか?」

「城壁に行こう。現物を見ながら話すのが早いだろう」


 誘いに乗って、俺たち城壁裏の階段を上った。岩をそのまま斜めに切り出した、無骨な階段だ。階段の外側には手すりではなく、レールがつけられていた。砲などを運ぶのに、トロッコを使っているようだ。


 城壁上に乗り込むと、一気に世界観が変わったような気がした。

 近代で使われていたような、厳めしい青銅の砲を操るコボルト達。トロッコを押したり、破壊された胸壁を修理したりしているドワーフ達。


 ぴゅん、と甲高い音がした。断続的に飛んでくる石弾が、俺らの頭の上を通り抜けたようだ。


「きゃんっ」


 コボルトが悲鳴をあげた。片目を押さえてのたうち回る。茶色い毛皮にべったりと血が広がっていた。


「治します!」


 トウカが駆け寄り、コボルトに手を当てながら呪文を唱えた。光が患部を包み込む。


「……投石には気をつけろ」

「言うのおせえ」


 言われなくても分かってるけどよ。

 トウカに治療されたコボルトは、目の上から耳にかけてゴッソリと毛皮を失っていた。一撃食らって戦意が折れてしまったのか、虚ろな目でへたり込んでしまっている。


 ああなったら、もうダメだな。

 冒険者でもたくさんいた。思いがけない痛みを受けた瞬間に我に返っちまうんだよな。自分は人生の主人公でもなんでもない。数センチの痛みで命を落とし、あっさり終了してしまう。そんな自身の些末さに気がついたらおしまいだ。

 気がついてなお戦えるやつだってたくさんいるけどな。


 痛がる仲間を見てしまったせいか、数匹のコボルトがトウカにしがみついて震えた。きったねえ毛皮に囲まれ、トウカも困り顔だ。もふもふとかじゃねえ。野生の獣はゴワゴワしてるし汚えからな。


「まぁ、ちょうど空いた砲がある。説明しよう」

「いいのか? 本当にそれでいいのか?」

「いちいち心砕いていては保たないぞ」


 ドルメンは肩をすくめた。

 戦士長という人を率いる立場だからなのか、それとも相次ぐ戦がそうさせたのか。種族まるごと保護するような寛容さと、犠牲を無視する冷徹さを兼ね備えているらしい。


 砲の構造は意外と単純だった。魔法言語の文字が刻まれた筒と、角度を調整する台座くらいしかない。


「思ったよりもシンプルだな。つーか砲弾はどこから入れるんだ?」

「砲弾?」

「砲は砲弾を撃つためのもんだろ?」

「砲は定格の魔法弾を撃つためのものだろう?」


 お互いに首を捻った。文化というか技術の発展ツリーに齟齬があるな。

 ついでに飛んできた石弾をキャッチし、飛んできた方向に投げ返す。ヒット。


「要するに、これは巨大な魔法の杖ということですね」

「そうだ。魔法を行使するための補助器具に過ぎん。だからこそ犬っころにも扱える」


 ドルメンに促され、トウカが砲身に触れた。納得したように頷く。


「砲身そのものに精霊が宿っているのですね」

「そうだ。この精霊は炎の指向が強い。この砲身に刻まれた文様には『この金属は炎を操るためのものだ』という意味が込められている。それを精霊が集まる炉に入れることで、得意分野で力を発揮したい精霊が宿ってくれるというわけだ」

「魔法言語は求人広告だったのですね……」


 感心半分、落胆半分といった様子で息を漏らすトウカ。

 なんとなくわかる。ロマンを求めるなら、神秘はあんまり解き明かすもんじゃねえな。

 特定の精霊が集まりやすい状況を作り、何をしようとしているのか魔法言語で明記する。そうすると、条件に惹かれた精霊が宿ると。結構シンプルながら合理的だ。


「求人広告は分からんが……そのときに併せて細かい仕様を刻むことで、定格の魔法を誰でも使えるようになる」

「ますます求人じゃねーか!」


 業務内容まで書いておけば、あとはゴーサインを出すだけで働いてくれるっつーわけだな。

 だからこそ、コボルトでも同じ威力の魔法弾をバンバン飛ばせると。


「使用者の資質を問わない、というのは技術転用する上でとても大事ですね。それに元から魔法を使える人でも、集中力のリソースをとられないのはアドバンテージが大きいです。技術次第では、スラスターでナガさんが飛ぶようになるかもしれませんし」


 トウカは恐ろしいことを言いながら、腰にしがみついたコボルトの頭を撫でた。

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【3章完結】ダンジョンに閉じ込められて25年。救出されたときには立派な不審者になっていた 乾茸なめこ @KureiShin

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