第171話 お伽噺
静まりかえった仲間達は、お互いに目配せを交わす。何やらアイコンタクトで伝え合ってから、最後に全員で俺を見た。お前らさ……。
そんな俺たちの無言のやり取りを、微笑みを浮かべて見守っていた隼人。柚子はおろおろと視線を彷徨わせている。
仕方ない。俺が訊くか。
「隼人。お前は何を知っているんだ?」
「抽象的だと答えるのが難しいんだけどな。何も隠すつもりもないし、そんなに多くを知っているわけじゃないよ」
隼人は肩をすくめて続ける。
「ちょっと、神話的なものに繋がる家で生まれただけだね」
「神話的なもの? 古事記や日本書紀ってことか?」
「いや、もっとショボいよ。妖怪とかそっちの類い」
「そっちも実在したのかよ。つーか、見た目はまんま人間なんだな」
狭義の妖怪じゃなくて、きっと広い意味で日本ローカルの怪異を指しているのだろう。
「そりゃあね。もうすっかり血も薄くなったから、家名に名残があるくらいだよ」
鬼翔院。翔ぶ鬼が使う、天狗飛び。天狗かよ。あれって修験者を妖怪扱いしたものじゃなくて、ガチでそういう種族がいたのか。
日本トップクラスの探索者の秘密が、実になんてこともない雰囲気でサラッと暴露された。他に鬼翔院の血を引いている人、大丈夫か? 風評被害的な意味で。
「それは――なんつーか、日本産なのか? それともダンジョン産?」
我ながら変な質問だ。だが、隼人はしっかりと意図を汲み取ってくれた。
「実は分からないんだ。これは他の幻想生物や神話生物にも言えることなんだけどね。過去に繋がったときに、他の階層で目撃した話が伝承になったのか……地球で起きた出来事が伝承されたのか、不明な点が多いんだ。それを調べるために探索者になったわけだけど、余計に謎が深まってしまってる感じが否めないね」
隼人はトウカにしがみついていたコボルトを捕まえる。犬人間はまるで借りてきた猫みたいに、大人しく脇を持ち上げられた。
コボルトは突発的な変化に弱い。よくわかっていない顔でボケッとしている。
「例えばコボルト。昔のドイツの伝承で伝えられるコボルトとは、全然違う姿をしているね。でもさ。こういう雰囲気の生き物がいるのだろう、坑道に住み着いて悪さをする妖精がいるのだろう。そんな認識を人間は持っていたんだ」
隼人がそっと床に降ろすと、コボルトはそそくさとトウカのもとに戻った。強い種族に従うコボルトらしい動きだ。彼らの目には、パワードスーツでゴツい輪郭になっているトウカが一番強く映るんだろうな。
「本当にドイツにコボルトのような妖精がいたのか。それとも、過去にダンジョンと繋がったときに目撃されたコボルトが、口伝で伝えられるうちに変化したのか。それとも、地球にいたコボルトが他の階層に定着したのか。分からないんだ」
「時間が経ちすぎたせいで、不正確になった部分が多いのか」
「そうだね。でも、とりあえず過去にそう話すに至ったインスピレーションがあったのは確かだよ」
ああ、なんとなく隼人の言いたいことがわかった。
世界各地に残る神話やお伽噺。それらの全てに元ネタがあるってことだな。どの宗教・神話が正しいとかじゃない。それら全てが、曖昧に正しいんだ。
正確性の担保は難しい。そしてどの神話がどの世界で起きた話なのかも難しい。ただ、それら全てに元となる存在や事件が在ったということか。
アヌビスは実在した。しかし、本当に古代エジプト人にとっての冥界にいたのかは分からない。過去にエジプト付近に繋がったダンジョン世界にいた神なのかもしれない。
「つーことは、神殺しの逸話にも由来がある、と」
「そうだね。本当に殺されたかは微妙なんだけどさ。例えば永野さん達が遭遇したヴリトラ。あれもインド神話のリグ・ヴェーダに伝えられたヴリトラそのものなのかはわからないよ。けれど、ヴリトラと酷似した大蛇を、インドラが退治した事件はあったはずなんだ」
二頭の狼に太陽と月を飲み込まれた世界だってあるのかもしれない。こっわ。
ただまぁ、はっきりと理解出来た。
「過去に実例がある。神殺しは有り得る。そういうことだな」
「そういうことだよ。もしかすると、神話の英雄のように、人の身で神に手が届くときが来るかもしれないね」
隼人はとても楽しそうに笑った。
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