第172話 大きな電動機

「届くかもしれない、じゃなくて届かなきゃいけねえんだけどな」


 何せ世界樹は俺とユエの体にも寄生しているからな。近々枯らしてやる未来は決まっているんだ。

 神に届くかは知らねえが、この宿り木亜神くらいは殺してやらなきゃいけない。

 日本には木を枯らすスペシャリスト達がいたんだ、ナメんじゃねえ。


「とりあえず話してくれてありがとうな。不確定な情報が多いが、とりあえずグレンデルはそういった逸話持ちの品や存在――最有力候補はニーズヘッグ関連のモンを持っていると仮定しよう。でってところだよな」


 で、対策はどうすんだって話だよな。

 結局ニーズヘッグについても分からねえんだから、謎の上に謎を重ねただけになる。


「使わせたら分かるんじゃない?」


 次々と投下される情報に頭を抱えていたスイが、やけっぱちな調子で言った。


「うむ。それが一番現実的だろうな」


 その言葉を真剣な調子で受け取る者がいた。しゃがれた老人の声。小松だ。

 声の方には、小松と東郷が二人で立っていた。小松は東郷の腕をとり、介護するように支えている。見た目はただの仲良しジジイだが、二人とも気配が一切ない。見た目とのギャップで不気味さがすごいな。


「よお、深夜徘徊か?」

「ワハハ、その通りよ。これくらいの時間になると『帰りたい』と言い出すからな。散歩しなければならん」」


 夕焼け症候群みたいなもんか。

 俺は東郷の顔を見た。シワに包まれた目が、コボルトをじっと見つめている。ほんの少しだけ純粋な輝きを感じた。

 きっと今の東郷総長は子どもの時間なんだろうな。


「で――どうやって使わせる気?」


 柚子が小松に訊く。


「どっちの意味だ?」

「どっちって、どういうことよ」


 分かってない。そうとでも言うように、小松は大きな溜息をついた。


「天狗のお嬢ちゃん。相手の切り札を覗くときには……どうやって使わせるかと……誰が喰らうかの2つ考えなきゃいけないんだわ」

「誰が、喰らうか……」


 そうだな。

 未知の道具や魔法の効果を知りたければ、実際に誰かが喰らっている様を見るしかない。

 なぜ人は雷を恐れることが出来るのか。それは落雷を受けた人間がいて、その結果を見た者がいるからだ。

 俺は肩をすくめた。


「切り札を晒したくなるほどの圧力と、切り札を喰らう生け贄と、それを見て分析し対策するやつ。この3つを揃えなきゃいけねえわけだ」

「そうだ」

「わかった。シャルル、逃げんな」


 忍び足でそろりそろりと離れようとするケットシーの尻尾を掴んだ。


「嫌にゃ! 絶対シャルルが犠牲者役にゃ!」

「猫になるだけだろ。しばらくしたら戻るんだろ?」

「嫌なものは嫌にゃ! 老い先短いのが行けばいいにゃ!」


 うーん、畜生による畜生発言だ。お前ら妖精は全然老いねえんだから、実質人間が行けって言ってるようなもんだぞ。帰るぞ、俺ら。


「誰に使うか選ぶのは豚の王ですからね。私たちは全力で圧をかけることしか出来ません」


 トウカが少しばかり他人事のように言った。

 そうだよなぁ。なんかもう、どうせ俺が喰らうんだろうなって気がしてきた。なんか成り行きで、体内の世界樹全滅してハッピーエンドとかにならねえかな。


「問題はどう圧をかけるかだな」


 小松が目を瞑り、言う。


「どこに圧をかけるか、も問題だわな。豚の王グレンデルはハナから討つつもりだが、本命がオークとも限らない」


 ユエが苦々しい顔をする。


「アラクネの指揮官がおらん」

「そうなんだわ」


 あー、そりゃそうだ。

 ゴブリンの指揮官がオドア。オークの指揮官がグレンデル。じゃあアラクネの指揮官は誰だよって話だ。

 顔を出していねえからこそ、裏で糸引いてそうなのがまた不穏なんだよな。


 オドアには目的がねえ。グレンデルに支配されているだけの奴隷戦士だ。グレンデルの目的は、世界樹と豊かな地上世界。アラクネはなんで戦っているか分からねえ。

 もともと守備的な生態をしているアラクネが大移動するからには、相当の理由と、同族に影響を与える強いリーダーが必要なはずなのに。


「うん。絡まった謎を解くには、分かっているところから順番に解いていくのがいいと思うよ」


 隼人が指を立てた。


「今判明している中で、一番シンプルなのはゴブリンが戦う理由だね」


 女王アリみてえなゴブリンが捕まってるっつー話だな。マザーといったか。


「ゴブリン達が従っているんだから、当然生きて人質……ゴブ質にされているんだ」

「言い直す必要ねぇだろ」

「まぁまぁ。とりあえずは、そのマザーを探そう。原始的な情報伝達手段しか持たないオーク達のことだし、近くにいるんじゃないかな」

「近くと言ってもな……」


 もうかなり遅い時間だというのに、ドワーフとコボルトの扱う砲の音は鳴り止まない。日中より規模は小さいとはいえ、休みなしの包囲戦が続いていた。

 偽装して単身飛び出して、往復するだけであんなに大変だったんだ。敵中突破かまして捜索して救出、なんて手が回らねえぞ。


「薩摩クランの別働隊は?」


 スイの質問に、小松は歯を見せて笑った。


「ワハハハ! うちのが、捜索や救出任務に向いていると思うか?」


 俺たちは閉口した。

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