第170話 儀式魔砲

 城壁の上に、ぽつりと光点が生まれる。

 それは段々と大きくなり、やがて夜空に浮かぶ月ほどの大きさになった。でっけえ。

 なんか「最適なものを使う」とユエが言っていたが、どんなものが飛んでくるのやら。流石に大丈夫だよな? 俺ごと巻き込んで吹き飛ばすとかねえよな?


 光球が徐々にしっかりとした輪郭を形成していく。まるで懐中時計を分解したように、複雑な幾何学模様の光が展開された。

 なんだか背筋がぞわぞわする。非常に良くない予感がした。

 同じことを感じたらしい。グレンデルが表情を引き攣らせ、一目散に逃げ出した。大きな跳躍で、あっという間に見えなくなる。


「おいおい、何が来る――」


 さらりとそよ風が頬を撫でた。

 空気の流れに指向性が生まれる。城壁からこっちに向けて吹いているような、そうじゃないような不思議な感覚だ。指を咥えてから空中に立ててみる。

 側面がひんやりした。左右に動かしてみれば、冷たく感じる側が左右に細かく入れ替わる。


「あ、これマズイわ」


 思わず言葉が漏れた。

 地面に伏せ、大きく胸いっぱいに息を吸い込む。

 遠くから、一気に白い霧が迫ってくるのが見えた。山頂から眺める雲海のように、白い塊がとてつもない速さで広がっていく。

 耳の中で、キーーンと鼓膜に圧迫感。


 ――すげえ勢いで、気圧が低下していやがる。


 直線的に魔法の発動経路を構築し、その一線を中心に、左右に空気を排出している。チューブ型で真空に近い空間を生み出す魔法かよ!!

 超低酸素状態かつ、超低気圧の空間の創造だ!

 察知して備えた奴だけが生き残る、無音の暗殺空間。予告なしで使っていい魔法じゃねえだろ!!


 息を止め、耳を両手で押さえながら全力で走り出した。

 低気圧空間にダラダラ居座れば、それだけで高山病になる。低酸素の影響だけでも殺されかねない!

 下手しい、耐えきっても魔法の効果が切れたときに反動で吹き込む突風に、ぐちゃぐちゃに振り回される可能性だってある。


 ――やり過ぎだ。


 がむしゃらに地面を蹴る。頭の奥にズキリと小さな痛みが走った。

 地面に伏せている野営中のオークは、ただ寝こけているのか、それとも意識を失っているのか。アラクネの感知糸を踏みまくっても反応がねえってことは、恐らく後者だ。


 息が苦しい。顔の血管がパンパンに腫れている気がした。低気圧ってこんなに恐ろしいものなのか。地味なくせに、いや地味だからこそ下手な熱線なんかより凶悪だ。


 薄目にして見る視界の先に、ようやく前線が現れた。

 整然と陣形を組んでいたはずの部隊が、完全に瓦解している。そこら中に倒れるオークやアラクネは、てんでバラバラな方向に倒れていた。

 目に見えない正体不明の攻撃から、理解出来ないまま逃げ惑って気絶してしまったようだ。


 城壁の上でスイが何やら叫んでいる。何も聞こえねえ。空気は薄いし耳も塞いでいる。スイの横を見れば、魔方陣が点滅しているのが見えた。

 背筋が冷たくなった。世界樹でもなんでも力を貸せとばかりに、全ての筋肉に力を込めて跳躍する。

 体全体でビタンと城壁にへばりついた。痛え、鼻打った!


 直後。

 聴覚全てを塗りつぶすような暴風の轟音が鳴り響いた。台風直撃時のように、ビリビリと全てが揺れる。

 体を持って行かれそうな風に抗い、体を壁に押しつけるように踏ん張った。舞う砂埃の1粒1粒が痛い。恐る恐る振り返って見た景色は、あまりにも酷いものだった。


 まるで洗濯機の中身みたいに空中で掻き回されるオーク達。感知糸ごと剥ぎ取られて塊にされ、西部劇の草みたいにコロコロ転がるアラクネ。体が軽いゴブリンなんて、絶対に助からない高さにまで打ち上げられていた。


 あったま痛え。

 城門を開けて貰い、中に入る。


「おいゴルァ!」


 儀式魔法4人組を発見。反射的に怒鳴りつけた。

 流石に4人とも気まずそうな顔で城壁から降りてくる。本人達も暴風に巻き込まれたのか、髪型がボサボサになっていた。トウカのパワードスーツには、怯えた顔のコボルトが3匹もしがみついている。


「あー、ごめん……」


 スイが申し訳なさそうに謝った。続いてユエが言う。


「すまぬ、王よ。ミスだ」

「……ミスか」


 ミスか。ミスじゃ仕方ない。これ以上言えることがなくなった。


「こんなはずじゃなかった。気圧差で大きな風刃を飛ばせば、斬撃に耐性のある王だけ生き残るというプランだったのだ」

「……なんでこうなった?」

「空気を散らす部分を担当したスイの出力が、事前に想定したよりも遙かに強くて……閉鎖空間も相まって、気圧が低下しすぎた。飛ばすはずの風刃が霧散してしまったのだ」

「うーん、現場猫って感じだな」

「にゃ?」


 シャルルは出てこないでよろしい。


「魔法設計した私のミスだ。すまない」

「そういう理由なら責められねえよ。次回は環境と変数も考慮してくれ」


 俺はユエの頭に生えた双葉を軽く指で弾いた。

 その後、グレンデルから聞いた情報を全員に共有する。


「亜神……。ヴリトラと同じ格」


 スイが難しい顔をした。


「それをどうにか利用する手段を、グレンデルが有していることにも留意が必要です」


 トウカの懸念はもっともだ。亜神を使うための何かが判明していない。テイム系の道具とかだとしたら、それを俺たち使われる可能性だって残っているからな。


「まぁ、亜神は特定条件で攻略できたりするものだから、手段については多少見当がつくかもね」


 全員の視線が隼人に集まった。何を言っているんだ、こいつは。

 隼人はなんでもないように言う。


「ほら、八岐大蛇は素戔嗚と酒によって倒れたわけだしね。ヴリトラにはインドラゆかりのものと泡が、世界樹にはニーズヘッグゆかりの物が効くんじゃないかな」

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