第166話 シーカーとディフェンダー

 薩摩クラン。彼らと行動を共にした結果、俺が感じたのは「こいつら探索者ではねえな」という印象だった。

 どちらかというと、軍人に近いんだよな。


 俺たち探索者っていうのは、潜って戦果を得て帰ってくるのが仕事だ。飯の種を得て、明日を生きていくためにダンジョンに潜る。

 もちろん、王権や世界樹みたいな面倒ごとに巻き込まれて、思ったようにいかねえこともある。死線を何度も踏み越えたし、ズタボロになって這いずって帰ってくることだってあった。


 だが、俺たちは帰ってくるんだ。


 小松を中心とした薩摩クランは、生きて帰ることをそこまで重視していない。

 グレンデルを討てるならば全員死んでも構わない、なんて言い出してもおかしくない気配がある。

 

 いや、ひょっとすると軍人でもないのかもしれねえな。

 地元に根ざし、名誉もなく血みどろの防衛戦を続け、「終わり」ってもんが分からなくなっている。それをなんと呼べばいいのか、俺の語彙力の中にぴったりとくる表現はない。


「ここは向こうのホームで、俺たちはビジターだ。向こうの方が規模が上で、総合的な戦力も高い。だが、下位組織のように動けば一緒に命を擦り潰す可能性が高い」

「それはそう。そもそも、こっちはゴブリンと殺し合いするために来たわけじゃない」


 スイがきっぱりと言い切った。

 俺は深く頷く。


「そうだね。あくまで殺し合いは手段に過ぎないから」


 隼人はどこかで拾ったのか、小さな針金細工のようなものをくるくると指先で回しながら言った。


「そうだな。戦いは手段だ。もちろん、戦いから逃げるわけじゃねえがな」


 必要とあらば、いくらでも殺し合いに身を投じる。殺し合いのための殺し合いは勘弁ってだけだ。


「で、どうする気? 大団円にするんでしょ」


 レトルトのパウチを丸めて握り込み、柚子が俺に鋭い目を向けた。


「グレンデルに会ってくる」

「は?」


 俺の言葉に柚子が目を剥いた。なんで隼人は目を輝かせてるんだよ。


「グレンデルも王だ。王ってのは、なんだ?」

「仲間を率いて打ち破る者――打ち破ろうとする者だ」


 ユエが言い直す。失敗しちゃったもんな。細けえ言葉尻まで気にしなくていいのに、律儀な奴だ。


「あー。グレンデルさんは何を打ち破ろうとしてるんですかね~」


 後頭部に刃をぶち込もうとしたくせに、さん付けでヒルネが言った。


「そこなんだよな。グレンデルはゴブリンを奴隷兵にしてまで、なんでドワーフの城と地上への二正面作戦を展開しているんだって話なんだよな。生存競争でも優位に立てているのに、そこまでして打ち破りたいのはなんなんだ」

「確かに不思議だね」


 隼人もアゴに手を当て、考え込むように視線を落とした。


 ゴブリンが地上を攻める。まぁわかる。

 そんなこともあるだろうな、って感じだな。


 オークがドワーフの城を攻める。これもわかる。

 妖精種同士で争う、何かしらの理由があるんだろうな、って感じだな。


 では、オークがゴブリンを使って、地上とドワーフの城を同時に攻めている理由はなんだ。


「何も知らずに、力だけで解決できる数じゃねえ。もしかすると、グレンデルを殺しても何も解決しない可能性だってあるんだ。だからこそ、知らなきゃいけないと考えてる」


 ゴブリンだってそうだもんな。

 薩摩クランとしては、ゴブリンをぶっ殺し続けていれば、いつか終わりが来るはずだったんだ。それなのに、こうして黒幕みてえな奴が現れて、事態が急転。大規模な合戦に突入している。

 同じことの繰り返しになったらダルいだろ。


「でもどうやって会いに行くの?」

「そりゃあ先人を見習わねえと」

「先人って?」


 スイが首を傾げた。


「偉大なる王。ロボってのがいてな」


 俺は犬歯を剥き出しにして笑った。




 小松達との打ち合わせは軽いものに終わった。

 薩摩クランとしても、もう少し時間が欲しいらしい。大人数を動員するために、まずは裏通路へのアクセスを強化しなければいけないようだ。それも道理だな。

 通路を補強したり、穴を広げたり、足場を作ったりするための機材を運ぶところから始めているようだ。


 大型クランっていうのは、どこも工兵部隊を抱えているものらしい。牡羊の会も工事好きだったからな。


 俺の作戦を聞いた小松は、楽しげに笑っていた。心配のしの字も見せなかったのは、実にあの老人らしかった。

 感じている方向性の違いについて話したところ、あっさりと受け入れられたのは驚きだった。


「戦うには友が欲しいが、死ぬのに供は要らん」

 と、あっさりしてるんだかしてねえんだか分からねえ台詞を吐いて、押し黙ってしまった。

 逆に不安にもなる。

 さておき。


「これ、正気?」

「うーん。現物見ると作戦撤回したくなるな」


 現在、俺たちの目の前には1匹のオークの死体が転がっている。城壁から飛び出した柚子が、ドローンから垂らした鉤爪ロープで拉致ってきた個体だ。出来るだけ外傷を減らすように、首をへし折っている。オークの頑丈な首を折れるなんて、俺も成長したなぁ……。


「で、どうするのですか?」

「えー、まず皮を剥ぐ」


 通常の解体とは違い、全身の皮をとる必要がある。

 大型動物の皮を剥ぐのは手慣れたもんだ。さくさくと刃を入れて、手足と頭以外の皮を剥がした。

 手足の指先まで剥ぐのには難儀した。それでも、幾本もの切り込みをいれながら、どうにか剥ぎ取る。


「皮下脂肪でぬちゃぬちゃしそうですねー」

「シンプルに臭そう」


 ヒルネとスイが純粋な言葉で俺のやる気を削いできた。


「王よ。死体で遊ぶのは好ましくない」

「遊びじゃねえんだわ」


 なんでオークの皮を剥ぐか。

 決まってるよな。


「これ着て、グレンデルに挨拶しに行くんだからよ」

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