第165話 民度の差

 ステンレスのプレートに盛った料理を、柚子が手を伸ばせば取れる場所に置く。柚子は親の仇を見るような目を向けた。

 今のうちに俺も食べるか。


 まずはカキアゲから。

 見た目は普通だ。軽めに塩を振って、大きく食らいつく。チマチマ食っても崩れるだけだ。

 さっくりと揚がっている。まずタマネギの甘みだ。それから甲殻類特有の、淡泊なのにふっくらと広がる香り中心の美味さが広がった。


「やっぱこの手のは塩気があればあるほど美味いな」

「にゃーも欲しいにゃ」

「これは毒だからダメだ」

「嘘にゃ!」


 からっとした衣の表面を塩が滑る。ぱらぱらと結晶を落としながら、再度頬張った。美味い。とことんビールが欲しくなる味をしている。


「体に悪い。没収」


 今度はスイが俺の手から塩を取り上げた。ご無体な。

 指を左右に振る様子に諦め、次はサンドイッチだ。偽和風クラブサンドとかいうトンチキな代物だが、結構美味い。

 ごまドレッシングとパンも合うし、蟹とごまドレッシングも合うし、蟹とパンも合う。全部ガッチャンしても当然調和する。


 口いっぱいに詰め込んで、思いっきり咀嚼した。こっちがタマネギの辛みが活かされていて、くどくなく味わえるのもいいな。


「ぐ、ぐぬぬ」


 柚子が歯ぎしりをした。


「普通に高級食材って感じだね。アラクネの方は毛ガニともズワイガニとも違うけど、しっかり蟹の風味があるよ。これは地上で価値が出そうだ。いや、協会が間に挟まるから、由来が怪しいものを食材として販売するのは不可能かな。そう考えたら、探索者だけが現地で食べられる貴重な食べ物ってことか。残念だったね、リスナーのみんな」


 隼人が絶賛しながら、ドローンに向けて手を振った。



:ゆるさん

:探索者です。蜘蛛そろそろ狩るか……

:虫苦手。なにも悔しくないわい

:焼き肉たべてなきゃ危ないところだった

:探索者になると決意



 隼人のドローンには悔しがるコメントが流れていく。一方俺のドローンはこんな感じだ。



:虫やん

:ゴキ食ってそう

:亜人食うな馬鹿

:アラクネで大事なのは下半身じゃなくて上半身だるぉ!?

:↑は? 下半身だろ

:やるか?

:やんのか?



 日に日に入り浸る層が終わっていくな。どうしてこうなった。

 構っていないし、モデレーターもつけていないから、治安が崩壊していくのかもしれない。ある程度選別された認証ユーザーでこれだからな。俺の配信には何書いてもいいと思っていやがる。



:やべ、見られた

:コメント読んでねえか……?

:やぁ。美味しそうなもの食べてるね!

:スイちゃんと仲良くしているようで何より!

:柚子にも食べさせてあげよう!



「急に良い子ぶってんじゃねえよ」

 凄んでやると「ひん」という悲鳴が大量に流れた。しょうもねえ。


「う、うう……。やっぱ食べない!」


 柚子は顔を真っ赤にしながら、ついに立ち上がる。自分の荷物から携帯食料を取り出し、隅っこにいって食べ始めた。

 城攻めは一日にして成らず、だな。せっかく長期間の探索になりそうなんだ。じっくり攻略してやろう。


「ナガ、悪い顔してるよ」

「気のせいだ」


 放置されたプレートを見れば、抜け目のない猫ががっついていた。長靴はいた猫なのにプライドの欠片も無い姿に、がっくりと力が抜ける。


「なぁ、シャルル。そういえばお前以外のケットシーってどうしてるんだ?」


 ふと気になったことを訊いてみた。シャルルは口の端からタマネギを垂らして、平然と言う。


「普通の猫としてその辺ほっついてるにゃ! あーなったらタマネギあげちゃだめにゃ」

「意味不明な生態してんな。元には戻るのか?」

「たくさん命食べたら戻るにゃ」

「邪悪すぎねえか?」


 シャルルはけぷっと小さくゲップをしてから、肉球で顔の周りを撫でた。


「ケットシーも猫もコボルトも人間も、みんな命を食べているにゃ」

「あぁ。そういうことか」


 食っちゃ寝してたらそのうち戻るってことか。なんつーか、妖精種って独特だよな。適当にオークしばいたら猫に差し入れしてみるか。


「ケットシーは誇り高い種族にゃ。早く戻してあげたいにゃ」

「本当に誇り高い種族?」


 柚子が胡乱な目でシャルルを見た。


「命を惜しまず戦うにゃ!」

「8回目までだろ」

「9回目は怖いにゃ」

「命惜しんでるだろ」


 付き合いきれねえや。

 さっさと食べ終わって洗い物を始めていたトウカに並んで、洗い終わったものを拭く。


「作ってくれたのですから良いですよ?」

「なんか疲れる。シャルル地上にポイして、山里呼ぼうぜ」

「山里さんが嘆く姿が目に浮かびますね」


 砂がつかないように、布の上に食器を並べておしまいだ。

 のんびりと話している仲間達のところに戻り、ぱんと手を叩いた。


「よし、飯も終わったし真面目な話をしよう」

「ふむ?」


 満腹感にぼけっとしていたユエが表情を引き締めた。全員の視線が俺に向かう。


「方針についてだ。薩摩クランとの協調路線について、合わせるところと合わせて貰う線引きをキッチリ決めてから打ち合わせに行こう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る