第164話 蜘蛛の味

 そういえば、ロボ討伐のときに柚子はモンスターを食わずに逃げたんだよな。俺は山里以外には無理強いしない。今回も食わないなら食わないでいいや。


「これは昆虫食になるのかな? それとも妖精食?」


 隼人が俺の手元を覗き込み、益体もないことを言う。


「動物食だろ」

「割り切るね」


 あんまり細かく区分しても仕方ねえからな。それで食う食わないに違いをつけるのは、地上かつ先進国家の倫理観でしかねえよ。


 蜘蛛の脚とアラクネの脚は、大きさ以外にさしたる違いがない――ように見える。実際はかなり違うんだが。

 まずは全ての関節を逆方向にへし折った。見た目以上に脆い。


 この手の外骨格の関節って、完全に開いた状態で力を受けることが想定されてないように見えるんだよな。虫もそう、蟹もそう。必ずちょっと内側に曲がった状態で力を受けるようになっている。

 なんでだろうな?

『外骨格の関節はこう』という、基礎フォーマットを誰かが作ったかのように、似た作りで似た運用がなされてんだよ。不思議だ。

 知らないだけで例外も多いとは思うが。


 もぎ取った脚を、軽く金だわしで擦る。しっかり汚れを洗うっていうより、砂や破片を落とすってイメージだな。

 どうせ外骨格は口にしねえ。雰囲気綺麗になりゃいい。


「あ、キモくなくなった」


 ただの棒みたいになった脚を見て、スイが呟いた。そいつは何より。

 折られた断面を覗き込んだ隼人が感心の溜息を漏らす。


「へぇ、なんか不思議な感じだ」

「お、気づいたか」


 蜘蛛の脚の断面は面白いぞ。下側にばかり筋肉がついていて、脚を伸ばす側の筋肉がほとんどねえんだよな。これのおかげで、脚を曲げる動作で爆発的な瞬発力を生み出せる。

 調理するときのメリットで言えば、ほとんど一塊の筋肉になっているから、簡単に身を引きずり出せるって辺りか。


 一方でアラクネの方は人間の脚みたいに、内骨格が入っている。蜘蛛よりも巨大な体重を支えるために、骨が必要になったのだろう。知らんけどな。妖精を含め、ダンジョン生物はどうしてそうなったのか意味不明な生き物が多すぎる。


「まずは全部茹でる。ガンガン吹きこぼしながら茹でる。煮てんのかってくらい茹でる」


 沸いた大鍋にどさっと塩を入れてから、折った脚をガラガラと放り込んだ。一気に入れすぎたせいで温度が下がり、水面が静かになる。

 しばらく加熱し続けると、固い泡が表面にボコボコと浮かんできた。大量のアクだ。

 今のうちに、タマネギをスライスして水にさらしておく。


「殺菌ですかー?」

「世界樹の苗対策」

「あ~~」


 なんかもう下手な細菌とかウィルスより、世界樹の苗の方が怖ぇーよ。俺はもう手遅れだが、他の皆には気をつけて欲しい。


「あのね。絶対、それ以外にも隠れたリスクあるはず。食べない方が良い」


 柚子が年上のお姉さんみたいな口ぶりで言った。


「いつ出られるか分からない籠城戦で?」

「ぐぅっ」


 俺の言葉に気持ちいいくらいの「ぐうの音」が出た。

 おら! お前も食うんだよ!

 俺は無理強いはしないので、是非納得の上でご賞味いただきたいところだな。


 しっかり火を通すと、黒光りしていた甲殻が真っ赤に変わる。鍋から引き上げ、湯気が立ち上る表面が落ち着くまで待った。指で何度かトントンと触り、温度が下がったのを確認。


 鍋の中身を流し、浅めに油を張る。熱している間にもうひと手間だ。

 アラクネ脚の甲殻を肘打ちで叩き割った。ここのところ、変に道具を使うよりも肉体の方が便利になってきた気がする。おかしい、成長しているはずなのに、逆に文明から遠ざかってねえか?


 殻を剥くと、白とピンクの入り交じる蟹のような身が出てきた。

「おお~。食べられそうだね」

「食えるんだよ」


 隼人にも手伝わせ、中の肉をフォークでガシガシ掻き取っていく。

 アラクネの肉は強い筋繊維だ。蟹やエビもそうだが、繊維のひとつひとつは意外と固いんだよな。ほぐれるから柔らかく感じるだけで。その点、アラクネはより身質がしっかりしているから、人の手でほぐすのが一番だ。

 あっちい。


 ふわふわになった身と、スライスしたタマネギを水に溶いた小麦粉に絡ませてから、油の中に落とした。じゅわじゅわと音を立て、だんだん浮かび上がってくる。カキアゲみたいなもんだ。


 甲殻類は天ぷらやカキアゲにするのが一番美味い。異論は認める。

 揚がったのを大きなステンレスバットに移し、油を落とす。その間に蜘蛛脚だ。


 割った保存の利く固いパンに、タマネギと蜘蛛脚の身を置いて、上からごまドレッシングをかける。


「よーし、出来上がりだな。食えるはず。食え」

「無理無理。毒あるでしょ」


 柚子がぶんぶんと首を振った。


「ない」

「なんで断言できるの!?」


 もはや悲鳴だ。


「外向きに毒を使う生物で、筋肉に毒を持つやつはほとんどいねえ」


 毒は生物にとって、高コストの武器だ。

 そんな貴重な毒を、敵の体内へ無駄なく大量にぶち込むために、毒腺や牙を発達させたんだ。

 せっかくコストかけた武器があるのに、体内にまで毒を回して毒耐性までつけて、「食っても良いがお前も死ぬぞ!?」なんてやる馬鹿は自然界にいねえ。


「根拠が弱い!」

「でもほいちいぞ」


 ユエが口いっぱいに頬張りながらもちゃもちゃ言った。


「既に死んでるし毒とか関係ないでしょ!?」

「あついにゃ」

「猫は知らない!」


 シャルルが舌をぴろぴろ出しながら、カキアゲに塩を足していた。猫って腎臓弱いイメージあるからやめろ。没収だ。

「ご無体にゃ~~」

「そこは健康意識あんの!?」


「なんか、ミックスシーフードに入ってるエビみたいな感じ?」

 スイがサンドイッチを囓りながら首を傾げた。

「あんたは……あんたは…………人間……っ!」


 スイが普通に食べている姿を見て、柚子は地団駄を踏んだ。

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