第163話 都市

 小松の語る戦術はまだ一切詰められおらず、穴だらけだ。目標や理念に過ぎないもの。だが、一理ある。

 ゆっくりとアゴをさすりながら、慎重に言葉を選ぶ。


「殲滅にせよ撤退にせよ……まぁ、グレンデルを仕留めるか深手を負わせて撃退するのは必須だな。奴がいるだけで動きにくいのは確かだ」


 あれは近代戦で例えるなら、攻撃ヘリみたいなもんなんだよな。全力で正面戦闘していたはずなのに、気づいたら上から背後から仕留められちまう。最優先で撃墜しなけりゃいけない。


「ただ……奴と向かい合ったときに、独特の気配がした。グレンデルも世界樹の苗を宿していると考えた方がいい。斬っても易々とは死なねえぞ」

「お前さんみたいな感じか。それは厄介だ」


 斬るだけでは死なない。それだけで、薩摩クランを封じられる可能性が生まれる。

 ぶっ殺してやりたい気持ちはひしひしと伝わるが、それでも相性が最悪なんだよな。俺より遙かに剣の上手かったアーサーが、この相性差に倒れてるんだ。無視できねえ。

 流石の小松も口を閉じた。今すぐには具体的な解決案が出てこないのだろう。


「具体的な戦術については、情報を精査してから打ち合わせるべきです。まずはこの玉座にしっかりと挨拶をし、それから戦略上の状態を聞き、この城に滞在する基盤を整えてからで良いのではありませんか?」


 俺たちの話にトウカが口を挟んだ。至極もっともな言葉に反省する。

 聞いた情報が衝撃的だったせいで、敬意を欠いていた。わざわざ赤の他人の別種族を案内するくらい、この風習はドワーフにとって大事なものだっていうのにな。


 玉座に向かい、滞在する旨と、歓迎された礼を言う。小さく頭を下げた。

 ヒルネはよく分かっていない顔でしっかりと頭を下げ、トウカも折り目正しく礼をする。スイと小松は軽く会釈をした。隼人、柚子、他隊士はしっかりと腰から体を曲げてお辞儀した。


 誰も膝はつかない。俺たちにだってメンツってもんがある。

 それはそれとして、穏やかに受け入れてくれたことに感謝は示したい。


『陛下への敬意、感謝する。猫共はちっとも理解してくれない。その点、犬っころはマシだ。腹まで出してひれ伏しておった』


 少しばかり目を潤ませるドワーフ。それに聞こえないように、小声でスイが言う。


「普段のナガの振る舞い、言えないね」

「しっ」


 普段ドワーフ殴って武器取り上げてるとか、絶対に言うなよ?

 まぁ、罪滅ぼしの為に、少しくらいは働くか?


『自己紹介が遅くなった。我が名はドルメン。王不在のこの都市を率いる、戦士長だ』

「戦士長か。縁を感じるな。リザードマンの戦士長のダチがいるんだ」

『おお、あの種族か。会ったことがある。実に強かった』


 ドルメンは低い声で唸った。もしかすると、争った過去があるのかもしれない。


『ゆっくり過ごすことは出来ないだろうが、いくらかの便宜は図る。好きに過ごしてくれ。城門は通過に失敗すれば取り残す。それだけは注意してくれ』


 ドワーフの親切心に素直に甘えることにし、俺たちは頷いた。





 かつては栄華を誇った大都市だったのだろう。

 建物は幾らでも余っていた。好き勝手に使い勝手の良い空き家に入り込む。城壁に近すぎるとうるさくて眠れたもんじゃない。多少離れたところで、竈も水源もある建物を借りることにした。


 野生のドワーフの食性はスライムを拾い食いするだけだが、知恵あるドワーフは料理もするらしい。一応、キッチンらしきものがある。


「全体的に地下で暗いせいで、時間感覚がなくなりそうだな」


 スマートウォッチで時間を確認すれば、もう夕方になっていた。

 飯を食わねば戦は出来ぬと言うが、ずっと戦っていると空腹を忘れるんだよな。人間、生きるための生理現象には、多少のリラックスが必要って分かるな。


 大鍋に水をくみ、竈に乗せる。スイが手のひらを向けて火をおこした。

 竈はあるのに薪がない。魔法必須って感じだ。地下だし、大量に火を使うと換気が追いつかねえのかもな。


「寝室の掃除してきましたー!」

「ほとんど埃もなかったよ。随分と長い間放置されていた空き家みたいだね」


 万歳の姿勢でヒルネがキッチンに飛び込んできた。

 後に続く隼人は手に絞った雑巾を持っているが、ヒルネは何も持っていない。どこをどうやって掃除したんだ?


「お疲れ様です。浴室を探したのですが、水浴びでは無く砂浴びの文化らしいですね。下にボイラーのついた砂場を発見しました」


 ついで、がっかりした様子のトウカが入ってくる。

 ドワーフは温めた砂を浴びるのか。地下生活って考えると合理的だな。


「まぁ、砂浴びも悪くない」


 意外と汚れもとれてスッキリするんだよ。清潔じゃ無い水を浴びるくらいなら、一度熱した砂を浴びた方がよほど綺麗になる。


 なんつーか、マメな種族なんだろうな。

 俺たちが占拠した屋敷もそうなんだが、都市が全体的に綺麗で居心地が良い。丁寧な暮らしをしていることが想像出来るんだよな。

 無骨に削られた岩ばかりだというのに、全て綺麗にカドがとられていたり、石くずが落ちていたりもしない。


 しいていうなら、椅子が低いことくらいか?

 ドワーフ体型に合わせて作られているんだから、仕方ないんだろう。


「じゃあ、打ち合わせに備えて飯作るか」


 そう言いながら、俺はコンテナから取り出しておいた蜘蛛とアラクネの脚を、シンクに置いた。ごつん、と硬質な音がする。

 ちょうどそのタイミングで戻ってきたのは、シャルルを連れた柚子だった。思いっきり顔をしかめる。


「また?」

「この食材は初だが?」

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