第162話 地下の暮らし

 ドワーフの王が世界樹に。

 もとより世界樹として生まれたわけではない、ドワーフだった存在が世界樹になった。言うまでもない。恐らくは、俺を待ち受けている末路ってやつだ。


「数千年……そうなのか?」


 俺の言葉に、目の前のドワーフは重々しく頷いた。

 マジか。マジかー……。

 流石に心の中での溜息が止まらない。


「ドワーフ王の意識はあるのか?」


 ユエの質問に、ドワーフは「わからん」と答えた。どうせ世界樹になって数千年間も立ち尽くす羽目になるのであれば、意識も自我も失っていて欲しいと思う。


「そのドワーフ王に直接会うことは出来る?」

『危険すぎる。それに、迂闊に上へと道を拓けば植物の侵食が始まる。王への道を拓くのは――王に終わりを献上するときのみだ』


 ドワーフの目が鋭くなった。未だその時ではないとはいえ、王を討つことも考えたらしい。

 思わず奥歯を噛み締めた。


 自分の体を振り返れば分かる。世界樹の苗は、持ち主に強い力を与えるんだ。

 生物としての上限を超えた筋力。即時に傷を埋め、塞ぎ、縫い合わせることで生まれる圧倒的な生命力。

 頭にちょろっと双葉が生えただけで、こんなに死にづらいんだ。完全に世界樹化してしまえば、死ぬことはない。


 ――世界樹の餌となる、王権を抱えたまま。


 ドワーフ王は、世界樹となった今でもドワーフ王だ。だから、もうこの地域に新たなドワーフ王が生まれることはない。そういうことなのだろう。

 俺が仮に世界樹になれば、ロボの持っていた王権は永遠に世界樹の餌になり、ブランカ達ワーウルフは二度と王に率いられなくなる。


 だから。臣下達の手で終わらせなければならない。


「なんで――なんでドワーフ王は世界樹になったんだ?」

『数千年前にも、大きな戦役があった。世界樹の苗を宿した陛下が、数多の種族の命運を預かり全てを打ち破られた。あまりにも大きなものを背負い過ぎたが為、世界樹になられたのだな。矮小なるドワーフの体には大きすぎたが為……』


 スイが天井を仰ぎ、額に手を当てた。

 俺の状況に近いな。


「そのときの種族が、ケットシーとコボルトなのですか?」

『いや、こやつらは関係ない。犬っころも猫も、オーク共に追われて逃げ込んできたもんだから匿ってやっているだけ。陛下ならば、きっとそうしたからな』


 トウカの質問に、ドワーフは首を左右に振った。

 知性と戦う意思を得ても、穏やかな部分は変わらないのか。コボルトなんて普段はドワーフ食ってるのにな。


『ニス、レッドキャップ、グレムリン、クルラホーンは滅びた。エルフは陛下も妖精仲間も見捨てて、王なしでも生きていけると言い放ち、ここを出て行った。どうなってるかは知らん』

「残念ながら、あいつらはお気楽元気に生きてるよ。ほとんど植物みたいになってるがな」

『嫌われ者ほど鉱脈を掘り当てる、とは言ったものだ』


 エルフの奴ら、マジで変わらねえな。

 ユエの額に青筋が浮かんでいる。

 世界樹化したドワーフ王を見捨てて放浪の旅に出て、ユエと組んで世界樹の侵攻と戦い、そこでも裏切って世界樹陣営についたって感じか。マジで終わってるな。いつか俺らも裏切られそうだ。


「で。戦える兵はどれほど残ってるんだ?」


 小松が話に割り込んだ。

 一瞬ムカついたが、ぐっと抑える。俺たちにとって世界樹の情報は大事でも、小松ら薩摩クランにとっては違う。

 薩摩クランにとって重要なのは、ゴブリン共――それをけしかけるオーク共を殺せるかどうかだ。この剣鬼たちが知りたいのは、敵を殲滅できるか否か。


『ドワーフが900。コボルトが2200。ケットシーは1だ』

「そこそこいるな」

「少ねえだろ」


 ケットシーに至ってはマジでシャルルしか戦えないじゃねえか。

 城壁の頑丈さとドワーフの兵器でどうにか持ち堪えているが、野戦の打撃力を出せる数字じゃねえぞ。

 しばらく籠城できたとしても、敵の戦力を撃滅するのは不可能だ。引きこもっている間に、どっか破壊されて突破されるのがオチだ。


 城壁は物理的に削れる。

 時間をかければ隧道だって掘られる。

 なによりも、コボルトたちが疲弊する。


 戦場での疲れはバカにできない。普段ならしないような、命に関わる凡ミスだって増えていくだろうに。


「正規隊士110。予備訓練生600を動員する」

「それでも足りねえ。薩摩の剣士の強さは理解した。猛者だが、言葉通りの一騎当千じゃねえと足りねえぞ」


 小松は指を立てた。それを真っすぐに玉座に下ろす。


「妖精種にとっちゃあ、王っていうのは大きな意味を持つようだわな。そういう話に聞こえたんだが……違うか、若いの?」

「オークの王――グレンデルを討つつもりか?」

「討つ」


 小松に迷いはなかった。狂気じみた真っすぐさだった。

 いや……本当に病んでいるんだろうな。妄執といってもいい。

 ゴブリンとの戦役の禍根を断つことが、この老人にとっての悲願なのだ。


 小松は幽鬼のように唇を吊り上げ、血走った目でブツブツと呟く。


「間違いねえんだ。あのオーク王が戦場を動かしてる。戦場で起きる動きの起点に飛び込んで掻きまわして、思い通りに場が動くようにコントロールしてんだ。飛び込む、荒らす、逃げる。迂闊に追えば、きっと釣り野伏が待ってやがる。そうだ。だから、攻める側なのにアラクネを場に出してやがる。だから……飛び込ませて、討つ算段をつければ――」


 老人の目が俺を捉える。


「戦場は、瓦解する」


 小鬼と殺し合いを続けてきた男の、鬼の笑顔だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る