第161話 ドワーフの城
背後から嵐のように投石が飛んでくる。城壁近くまで来たことで、敵さんも同士討ちを気にしなくなり、遠慮無く投げるようになったようだ。
いざ自分の間近に飛んでくるとなれば、想像以上に圧がある。風を切る音が「ひゅん」じゃなくて「ごぉっ」なんだよな。オークの肩が強すぎる、メジャーに行け。あとゴブリンは東大に行け。
前列が邪魔な敵を圧したあたりから、俺たちは振り返って投石の対処に移る。
とにかく飛んでくるものを撃ち落としていくのだが、3個に1個はボーラのように、石の間に糸が括られていた。半端な落とし方をすれば巻き付いてきたり、機動が変わって横合いから殴りつけてくる。マジでダルいんだな、これが。
間近で見る城壁は、遠目で見た印象よりも遙かに高く堅牢だった。
高さはおよそ20メートル。表面はあちこちが抉れるように破壊されているが、中にある分厚い粘土の層が攻撃を受け止めているようだ。
だが。
「めっちゃ蜘蛛の巣かけられてんな」
『アラクネの眷属が厄介でな。薄闇に紛れ、静かに登りながら糸を吐いてくる』
ドワーフが忌々しげに言った。
城壁の最大の強みは「登らせないこと」だからな。表面にとっかかりが出来てしまえば、ゴブリンの身軽さでは簡単に登ってきてしまう。
ところどころで城壁の表面が燃えているのは、蜘蛛の糸を焼き払っているのだろう。それでも手が追いついていない印象を受けた。
城門は巨大な鉄格子だ。城壁の中にウインチでも入っているのか、真っ直ぐ上に引き上げられる。
城門は2枚。間の広い空間に全員が入ると1枚目が閉じられ、ようやく2枚目が開けられた。
多少のトラブルが起きたとしても、絶対に城の中に敵を入れないという意図を感じる。なんか昔、精神病院の病棟の扉がそんな作りだったとか聞いたことがあったな。
「ふ~~。なんかちょっと安心しますねー」
ヒルネが大きく息をついた。まさに攻められている最中の城だとしても、中に入るだけで多少は気が緩む。城壁とは偉大だ。
内部にある城は、城壁の威容とは打って変わって簡素なものだった。巨大な岩を掘り出して、扉だの燭台だのを取り付けただけ。装飾など一切なく、とにかく無骨だ。
どこかから槌の音が聞こえる。ドワーフらしく、鍛冶場があるのだろうか。
『さて。ここを訊ねてきた者は、最初に王に挨拶するのがしきたりだ』
部隊長らしきドワーフが、ずんずんと歩みを進める。その後ろを俺たちはカルガモの行列のようについて歩いた。
「王か。やっぱドワーフには王が現れたんだな」
『現れた?』
俺の言葉に、ドワーフは首を傾げる。いまいちピンと来ていない様子だった。
「他の地域で見かけるドワーフは、どいつも魂抜かれたような腑抜けだ。だが、ここのドワーフは違う。言っちゃあなんだが、人間の戦士みてえだ」
『ああ、なるほど』
たどり着いたのは、鏡のように磨き抜かれた金属の巨大な一枚板。それを手のひらで押すと、板の表面に曲がりくねった線が浮かぶ。
線はやがて立体感を増し、ついには段差となる。
一枚板のように見えていたのは、精巧にピタリと合わされた2枚の板――扉だった。
ドワーフが力を込めて押し開くと、中にはだだっ広い空間が広がっていた。そして、奥には誰も座っていない大きな椅子がぽつねんと佇んでいる。
「あれは玉座か?」
『そうだ。数千年もの間、誰も座っていない玉座だ』
ドワーフはとぼとぼとした足取りで、玉座に歩み寄る。3歩手前で足を止めて、くるりとこちらに向き直った。
目には寂寥感が滲んでいる。
『ドワーフに王が現れた、と言ったな。逆だ。我々は王を失ったのだ』
彼は俺たちをぐるりと見回し、それからこう語った。
ドワーフとは、親から生まれるものではない。そこいらの石に命が宿って生まれるものなのだと。生まれたばかりのドワーフは、知恵も持たず、生きる意味も持っていない。ただ、石が動き回るようになっただけ。
ドワーフがドワーフらしくなるのは、王に名前を付けてもらった瞬間から。力あるドワーフから「こう生きてほしい」と願いを託され、初めて意思というものが宿るのだそうだ。
「王がいねえから、名前を付けられなくなった。だから、阿呆なドワーフばかりになっちまったってことで良いのか?」
『そうだな。端的なのは良いことだ』
逆だったのか。いや、逆でもねえのか?
時系列がごっちゃになっているだけで、賢いドワーフの存在には、王が絡んでいるっつーのは変わりないか。
「で、その王はどうなったんだ? 戦死したのか?」
俺の質問に、ドワーフは悲痛に歪んだ顔をした。まるで自分自身を責めるように、組んだ指先に力を込め、震えながら答える。
『生きている。まだ陛下は生きているとも』
真っ白になってしまった指をほどき、ゆっくりと天井を指さした。
『陛下は今、地上で世界樹として生きておられる』
俺たちは息を飲んだ。
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