第160話 友軍
やんやと騒ぐシャルルの声。その声を断片的にスマートウォッチが拾い、断片的に翻訳をする。翻訳が通るってことは、ドワーフに対してエルフと同じ言語で話しかけているということだ。
ドワーフとエルフ。創作上でも対で語られることの多い2種族だ。もしかすると、歴史的に交流の深い時期だったり、出自に共通点があるのかもしれない。
挟み込まれ薄くなった軍勢を、一気呵成に打ち破る。
及び腰になった相手に対して一撃必殺の剣士達は比類無き打撃力を見せた。
最後に残されたアラクネが、仲間達の死体まで利用して、とにかく広く網を張った。もはや無駄な抵抗だが、近接武器で踏み込むには躊躇われる、即席の要塞になっている。
「なんか、ごめんね?」
スイが両方の手のひらを向けた。右手からは火炎が、左手からは風が放たれる。強烈な火炎放射が無慈悲にアラクネごと巣を焼き払った。まぁ遠距離攻撃があれば関係ねえわ。
大量のアラクネが燃えると、ガンガン焼きのときの匂いがすんな。
ガンガン焼きは一斗缶に魚介類を詰めて火に掛けて、蒸し焼きにする料理だ。信じられないほどビールが進む、魔の料理である。
何はともあれ、これでドワーフの部隊と俺たちを遮るものはいなくなった。
スマートウォッチの翻訳を起動し、エルフ語で話しかける準備をする。俺は再び武器をヒルネに預け、いまだ湯気の立ち上る死体の山に足をかけた。
「よお。こちらは人間。現在ダンジョンの最上層世界の住人だ。友好的な関係を希望する」
「人間?」
スイ、静かに。
ドワーフの部隊は、ざっと眺めただけで100以上いる。随分と手厚い送迎だ。年頃の娘でも迎えに来たのか?
どのドワーフも、同じ意匠の鎧を身に纏っていた。細かな金属片で丁寧に織られたラメラーアーマーだ。頭部には鎖帷子を被っており、野蛮さと細工の丁寧さのギャップがなんとも言えない空気感を出している。
右手には身長よりも柄の長い大槌。左手には、何やら銃に似た武器を握っていた。
先頭に立ち傍らにシャルルを連れたドワーフが、俺の頭頂部を見て大きく目を見開いた。はくはくと口を開閉してから、ようやく絞り出すように言う。
『驚いた。話が通じるとは』
嘘つけ。絶対別のところで驚いただろ。
『シャルルから大まかには……敵では無いくらいのことは聞いている』
ドワーフは誤魔化すように早口で言った。
つーか何も伝えられてねえじゃねえか、あのクソ猫。敵じゃねえのは状況見りゃわかるだろうが。
『詳しい話は城でする。ついてきてくれ』
『おう』
かなり緊張の滲む様子で言うドワーフ。反転した彼らに護送されつつ、殿を務める形で俺たちも城に向かって進む。
「随分と急ぐな?」
『戦場で悠長にする理由もない。それとも人間は戦場で過ごすのが好きなのか?』
ドワーフの部隊長は、嬉々としてゴブリンに斬りかかる隊士を、怯えた目で見た。あいつら、せっかく護送して貰ってんだから大人しくしとけよ。
「あれは少数派。一緒にしないで」
そう言いながら、柚子が俺にユエを渡してきた。うちの頑張り屋さんは戦場だというのに、すっかり眠りについている。こうしてると、マジでただのガキンチョだな。
俵のように左肩に担ぐと、柚子が冷たい目を向けてきた。仕方ねえだろ。戦場で両手塞げるかよ。
『そ、そうか。とにかく、野戦は良くない。グレンデルやオドアに襲われる』
「オドア?」
『鎖を打たれたゴブリンだ。グレンデルに従わされているが……あれは適応する者、ゴブリンという種でも最高傑作だ。出会ったら間合いをとって牽制し続けた方がいい』
「二度、戦った。決着付かずだ」
『なるほど。強き援軍との出会いに感謝を』
グレンデルに従わされている、か。
やはりあの鎖は、オドアというゴブリンを拘束するために付けられたものだったのか。
で、ゴブリンが適応する者ねぇ。もしかすると、世代交代が早かったりすんのかね。薬剤耐性ゴブリンとかもいるのかもしれない。
「ふむ。てぇことは、小鬼どもの地上侵攻も、あのオークが裏で糸引いてるってことか?」
小松が話しに割り込んできた。鼻息荒く、首に血管が浮かんでいる。
先頭の方から、どんっと複数の爆音が鳴った。幾本もの火柱が上がる。ドワーフが動揺していないってことは、ドワーフ側の兵器のようだ。
『可能性は高い。グレンデルはゴブリンのマザーを捕らえている』
「マザーね。うんうん。マザーか」
また知らねえ言葉が来たな?
何も知らない助っ人だと思われると、安く見られる。ここは安定の知ったかぶりだ。また柚子が白けた目で見てきた。
『ゴブリンの繁殖も進化もマザーありきだ。マザーを失えば、氏族が滅びる。むしろここいらで、オークの命令じゃなしに自由に動き回れるゴブリンは1匹もいないだろうな』
理解した。女王アリみたいなもんだな。
「あれが諸悪の根源ってわけだな。見つけたぞ……」
小松が歓喜に満ちた呟きを漏らした。
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