第159話 無差別

 力が抜け膝が折れたのは幸運だったのだろう。ズレ落ちる上側に合わせて、体の下側も下がったことで、上手にくっついてくれた。

 このときほど世界樹に感謝することはねえだろうよ!


 内心で脅威度を再設定。後ろのジジイの方がやべえ。

 両脚を大きく広げながら半回転。ケツを地面につけて、かなり低い姿勢をとる。ツヴァイハンダーを掲げるように持ち、次の斬撃を受けた。


 ――重い。

 痩せた老体から繰り出されたとは思えない、上段からの振り下ろし。受け止めたはずのツヴァイハンダーが、俺の額にめり込む。

 ヤバすぎるだろ、このジジイ。


「よく止めた!」


 小松らが刀を逆に持ち、棟の部分で総長を袋叩きにした。いささか荒っぽいが、ようやく無差別兵器が停止する。

 ぐったりとした総長を小松が担ぎ上げた。


「くっそ、えらい目にあった。で、ゴブリンは……」


 振り返ると、己の片腕を咥え、もう片手の大鉈で隊士たちと切り結ぶゴブリンの姿があった。

 俺を一刀両断した総長の斬撃で、バックラーを持っていた腕を刎ねられたようだ。おまけに顔面に縦一線の深い切り傷を負っている。


 それでもなお、隊士3人がかりの攻撃をいなし続けていた。

 俺が立ち上がるのを見たゴブリンが目を剥く。


「よお。頭斬られて生きてる人間見るのは初めてか?」


 俺の言葉を理解はしていないだろうが、動揺したのは明確だった。瞳が忙しなく動き、じりじりと後ろに下がる。ぐるぐると喉の奥で唸る声が聞こえた。


「ナガさん、モンスターの動きが変わりましたー!」


 ヒルネが叫んだ。一瞬だけ周囲に視線を走らせる。何かに突き動かされたかのように、なりふり構わずこちらに突撃してくるゴブリン達の姿が映った。


「っぱ、ゴブリンの指揮官クラスか」


 無謀にしか感じられない突撃。だが、ゴブリンの攻撃は放置するには余りに手痛い。俺たちの注意が逸れた瞬間に、大鉈を背負うようにし、くるりと背中を向けた。


「逃げんな、クソが!」


 飛び掛かってきたゴブリンを剣の柄で横殴りにする。先人から学ばねえ2匹目は膝と肘で顔面を挟んでぶっ潰した。


「邪魔だ!」


 道を塞ぐ3匹目を横薙ぎに屠る。だが、ゴブリンの特殊個体は脇目も振らずに逃走。そのまま戦場の先へと身を低く屈めながら走り去っていく。

 足下に転がるゴブリンの死体から手槍を奪い、その背中目掛けて思い切り投げつけた。真っ直ぐに宙を駆ける槍。だが、その切っ先にゴブリンが割り込んだ。


 薩摩クランの隊士に劣らぬ、覚悟の決まった目つきだ。深々と胸に刺さった槍を握りしめ、熱の籠もった瞳で俺を睨む。そのままゆっくりと真後ろに倒れていった。


 ――今の、ゴブリンだよな?


 違和感が脳裏にべったりと張り付く気がした。

 たかが指揮官のゴブリンが為に、あれほどの表情で命を懸けるか? そもそも、ゴブリンはそういう生態を持っているのか?

 一点に集中しそうになる思考。頬を叩き、それを振り払う。

 考えるのは、この戦場を抜けてからでいい。


「皆さん、前方からドワーフの部隊が突撃してきています! 味方の可能性があります!」


 俺らが妙な決闘に巻き込まれている間、必死に最前線を支えてくれていたトウカが叫んだ。


「お味方!」

「お味方だと!」

「お味方だぁぁぁぁぁ!!」


 なんか情報の足りねえ伝言が広がる。お前ら細かいところ手抜き過ぎだろ。


「シャルル! 敵意が無いこと、助太刀に来たことを伝えろ!」

「もちろんにゃ!」


 薩摩クランの隊士たちに混ざってサーベルを振るっていたシャルルが良い返事をする。


「それじゃあ、シャルルを届けてあげようか」


 トウカと共に双璧を成していた隼人が朗らかに言った。

 大きく袖をまくると、複雑な入れ墨の入った腕が露わになる。右手で刃を寝かせて持ち、左手の指を二本立て、独特な構えをとった。


「阿毘羅吽欠蘇婆訶」


 呪文のような言葉だ。耳に慣れない音で、言葉も意味も入ってこない。だが、なんとなく懐かしさを感じさせるような不思議な響きだった。

 隼人の周囲を風が渦巻く。砂埃も血煙も一緒くたに巻き上げて、濃い靄の塊を生み出した。


「よっと」

「にゃ!?」


 いつの間にか、隼人がシャルルを抱き上げていた。次の瞬間にはその姿が消え、宙に現れる。まるでコマ送りのように、隼人とシャルルの姿が現れては消えた。点滅するように、ランダム性を持った動きをしながらドワーフの一団に向かっていく。


「……なんだありゃ」

「天狗飛び。兄さん、永野さんが永野さんが~とかキモいくらいあんたの話するのに、天狗飛びの話もしてないんだ」


 ユエを抱えた柚子が近づいてきた。なぜか勝ち誇った顔をしている。隼人からの親密度で競うつもりもねえし、勝っても嬉しくねえから安心しろよ。


「要は、ああいう動きが出来るって認識でいいんだろ? お前の上位互換じゃねえか」

「殺すね!」


 殺気!

 思わずスウェーしたが、口ではそう言いつつも柚子は何もしてこなかった。流石に状況はわきまえているようだ。


「機動力は向こうが上。私は巡航距離が長い。使い分け」

「ほーん」

「は?」


 ともあれ、隼人とシャルルは無事にドワーフのところに着地出来たようだ。

 こちらも隼人が抜けた前線を、総長をどっかに捨てた小松が引き受けたおかげで順調そうだった。


「まもなく合流ってとこだな」

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