第158話 押せ!!!
「ナガ、伏せて!」
アラクネを真っ二つにしたところで、スイの声が聞こえた。すぐにヒルネと一緒に地面に伏せる。
俺たちの頭上を熱風が吹き抜けた。粘着性の細かな炎弾の混ざる風が、オークとアラクネの頭部に貼り付き、バチバチと肉を焼く音を立てた。
顔を押さえてのたうち回るモンスターたちを踏み越え、生き残ったゴブリンを弾き飛ばし、ようやく仲間達に合流できた。
「助かった!」
「ブレスで結構道が開けてるから、このまま一気に走りきるみたい!」
「トウカはついて来られてるか?」
「逆に先頭の方にいるよ」
集団の先頭を見れば、トウカ・総長・隼人の3点でモンスターの集団を轢き殺している様子だった。
「あれ、柚子が飛んでねえぞ」
「柚子ちゃんはユエの護衛してくれてる!」
振り返れば、後方では倒したモンスターの死骸たちが暴れていた。手足の欠損したゾンビたちが、肉の壁となって追撃を食い止めている。
体を丸めて祈るような姿勢をしているユエを、柚子が抱えて走っていた。
「アンデッドの現地調達ってことかよ」
「消耗激しいみたい。他のゾンビよりも弱いって」
「時間稼ぎにしかならねえわけだ」
マジで総力戦だな。さっさとこの戦場を抜けなければいけない。
相手のゴブリン特殊個体やグレンデルが自由に押し引きできるのは、あいつらがこの空間を掌握しているからだ。俺たちみたいな乱入者は、とにかく進んで進んで、押し続けるしかねえ。
――そう思った矢先。
集団の動きが鈍くなった。先頭の進みが遅くなったのだ。
鈍っているのは、総長が切り開いていた中央部分。疲れが溜まったか?
先頭を変わろうと前に出た。まず目に入ったのは、地面に大きく広がる蜘蛛の巣。そして、その上で対峙する総長とゴブリン特殊個体の姿だった。
また出やがったか、あのゴブリン。
これまで縦横無尽に刀を振り回していた総長が、蜻蛉の構えでピタリと静止した。ゴブリンの方も、バックラーを前に突き出すようにし、大鉈を下段に構えて動かない。
投石1つ、魔法弾1つ飛んでこない。
迂闊な契機の1つ、それら全てが余計な結果を招いてしまいそうな緊張感が広がっていた。
フェイントを混ぜる余地のない、完全なる間合いがそこにある。
「飛び込めんな……」
いつの間にか近くに来ていた小松が呟いた。
「あんたほどの剣士でも無理か?」
「どっちに斬られるかも分からん!」
「背中を斬られちゃ、死んでも死ねねえもんな」
だがこのまま達人の間合いってやつを続けられても困る。迂回して進み続けることもできるが、そうなると戦場のド真ん中に総長だけ置いてけぼりになっちまう。
――別にそれでも良いな?
「良くねえわな」
考えていることがバレた。良いだろうが。たぶんあのジジイ、最期の瞬間まで刀振り回して死ねるなら本望だろ。
「ただの大型ゴブリンかと思っていたが、ありゃ違う。見た目や体格は変わらんが、雰囲気が違い過ぎる。よほど戦闘経験が濃い個体なのか、それとも特別な個体なのか……」
「どうすんだよ」
「まぁ、色々と考えたが、囲んで殺すしかねえわ。死んだら運がなかったってことでよろしく」
小松の言葉を待っていたのか、続々と隊士たちが近くに集まってきた。全員目がバキバキに光り、歯茎も剥き出しだ。
近くにいる隊士8名と小松が粘着質な網を踏まないよう、そろりそろりと足を踏み入れていく。全員揃って蜻蛉の構えだ。
死んでもとりあえず一太刀。浴びせられれば重畳、無理でも対応のために晒した隙で誰かが殺せる。
――なんて考えているんだろうが。
「これはまだ、前哨戦だろうが」
大きく溜息をつきながら、網の中に足を踏み入れた。俺のことを覚えているのか、ゴブリンの意識がこちらに向く。同時に、なぜか総長の目も俺を向いた。やめろよ? マジでやめろよ?
ツヴァイハンダーの柄と刀身の2点を持ち、バントのような構えでにじり寄る。
「らぁぁぁぁぁっ!!」
自分を鼓舞するように、大きく吼える。大きく跳ねてゴブリンに飛び掛かると、即座に俺の視界を塞ぐように盾を突きだしてきた。
バックラー。小型の円盾っていうのは、攻撃を防ぐために存在するものじゃない。思い切り刃を打ち込まれれば貫通するし、矢や火球を正面から受ければ手を怪我する。
じゃあどうやって使うのかというと、相手に突き出して視界を塞いだり、攻撃の起点に押しつけて動きを潰したりするのだ。受けるってより、殴るに近い動きを多用すると強い。
つまりだ。バックラーは、コンパクトな振りで貫通力の高い攻撃に弱い。
「ここだろ?」
把手を掴んでいるであろう部分に、杭のようにツヴァイハンダーを突き込んだ。ばきりと先端が貫通する。ゴブリンから大きく息を漏らす音がした。ぱたぱたっと、地面に赤い液体が落ちた。
歯を食いしばるゴブリンが、盾を引きながら大鉈を突き出してくる。避けてもいいが、変に動けば確実にアラクネの網を踏んじまう。諦めて刺されることを受け入れた。――そのときだった。
「好機じゃぁ」
真後ろから、喜色に満ちた声。
頭頂部から脇腹にかけて灼熱感が走る。視界の右側と左側で、高さがズレた。
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