第157話 飛び道具
岩盤に囲まれ、殺意に満ちた炎弾の明かりで照らされた小さな空。そこに現れた巨体に、戦場にある全ての目が向けられるのを感じた。
慣れない翼という器官を不格好に動かしながら、胸に大きく空気を吸い込んでいく。
使い方そのものは分かる。上手い下手は知らねえ。とにかくヘイトを買い、混乱を撒き散らせ!
大きく開いた口から、細く熱線が吐き出された。着弾位置から熱波が広がり、無数の命に延焼していく。ぐるりと首を回し、地面を舐めるように炎を放った。
地上は地獄絵図だろう。むしろ仲間達が斬り込んでいる場所が安全地帯のようになっている。戦場に生まれた赤い円から、必死に逃げ惑うモンスター達の動きが見えた。
もう投石とかそういう状況じゃない。個々が生き延びるために、必死に這いずり回っている。
『軽視したのが仇になりましたかね』
落ち着いた低い声が聞こえた。振り返るまえに、背骨に重たい衝撃が走る。えび反りにされ、地面に叩き落とされた。
脳が揺れて目がチカチカする。激しくシェイクされた内臓が、ずきずきした痛みと吐き気を訴えた。
ちょうどタイムリミットだったのか、それとも大きなダメージを負ったせいなのか、赤竜への変身が解ける。一気に視界が等身大に戻ったような気がした。
肌に当たる風が生暖かい。
「くっそ……なんだ……?」
周囲にはオークの群れと、その背後から狙うアラクネの姿。咄嗟にオークの両膝を諸手刈りのように巻き上げ、アラクネに向かって投げつけた。
仲間と俺の現在地は……。
見回す俺の目の前に、上から迫る影。地面を転がり距離をとる。
ずん。地面が揺れた。細かな破片が顔を打つ。目を細めながら、おそらく俺を叩き落とした存在を見た。
『勘もいい。ここで殺しておくべきですね』
オーク、なのか?
全身の毛穴が開き、総毛立つような感覚。脳に警鐘が鳴り響く。
俺よりも高い上背。緑色の肌と、その表面に骨格を模した白い入れ墨。顔はオークに似ているが、豚というよりも猪に近い印象を受ける。精悍で野性味に溢れており、下顎から大きな牙が伸びていた。
下半身にのみゆったりとしたオレンジの衣を纏っており、上半身は引き締まった肉体を晒している。
肩からたすき掛けに鎖を巻き付けており、両手の拳にも鎖が巻かれていた。
いかにも肉弾戦を得意とする、野蛮な打撃系インファイターといった様子。だというのに、その目には人間と同等の知性を感じる。上裸で鎖を巻いているくせに、むしろ僧服に見えてしまうような落ち着きだった。
「何者だ」
『その問いに答えるには、質問者側の視座を知らねばならないでしょうね。今はあえて、こう名乗りましょうか。豚の王グレンデルと』
王。やはり王か。そして、世界樹の苗の気配も感じる。
エルフと同じ言語を操るオーク、グレンデルは拳を構えた。ぎしりと鎖が軋む。
グレンデルが跳躍した。俺の頭上を飛び越え、背後へ。目で追う中で、視界の隅に嫌なものが引っかかった。
グレンデルに追従するように地面を高速で這う、太く長い鎖だ。慌てて飛び上がる。
体が宙を泳ぐ俺と、既に着地を済ませたグレンデルの目が合った。
反射的に両手をクロスして顔を守る。その腕ごとぶち抜かれたと、錯覚する威力の鉄拳が突き刺さった。
吹っ飛ばされた先にいたアラクネを掴み、追撃への盾にする。跳ねながら上から叩き付けるような、グレンデルのスーパーマンパンチで、アラクネの頭が破裂した。
ブロックごと顔に打ち込まれたせいで、鼻が折れたっぽい。指で直しながら、鼻血を飛ばす。
ジャンプ主体の高速機動に、時間差で動く鎖がマジでうぜえ。
こっちは丸腰だっていうのにな。不公平なんじゃねえか?
頭の中で不平不満を垂れ流しながら、今度はこっちから距離を詰めていく。
拳を肘で。反撃の膝を、こっちの膝で。互いに四肢をぶつけ合い、致命傷を狙い合うゼロ距離の応酬が始まった。
周囲にいたオークたちから動揺がなくなる。各々が石を手に取り構えだした。
――グレンデルが飛び退いたタイミングで投げるつもりか。
グレンデルの体が低く沈んだ。その瞬間に、鎖を掴んでやる。
「逃がさねえよ?」
『視野が広いですね……!』
まるで胸ぐらを掴むように、左手で鎖をねじり上げる。思い切り引き絞った右拳を、豚のくせにハンサムな顔面にぶち込んだ。巨体が仰け反る。流石にこれは効くだろ!
「待ってました!」
ヒルネの声がした。
場所はグレンデルの真後ろ。仰け反った後頭部に、下からツヴァイハンダーを体全体で大きく振ってぶち当てた。
がきっと硬い音。鎖を巻いた手の甲で止めていやがる。
ヒルネじゃ押し切れるほどのパワーは出ねえ。仕方ない。
『カバーも速い。もう少し情報が必要でしたか』
グレンデルは身を捻って鎖を放り捨てると、素早く横に跳んだ。近くにいたゴブリンの首を掴み、ヒルネに向かって投げつける。
哀れだな。恐怖に顔の歪んだゴブリンを、回し蹴りで弾き飛ばす。歯を折った感触がした。
直線的だが異様に素早い動きをする、言語を扱うオーク。王を名乗るグレンデルは、するすると軍勢の隙間に潜って消えていった。
猿叫が近づいてくる。どうやら仲間達の進行方向にいたようだ。
ゴブリンといい、オークといい。なんだこいつら、退くのが上手すぎる。
まるで人間同士の駆け引きみたいに、押すタイミングと退くタイミングを計ってくる相手だ。
「あまり奴らの手中にいたくねえな。全速力で勢力圏を抜けるぞ。手の内も見せすぎない方が良い」
データキャラなオークなんて聞いてねえ。
文句は言葉にせずに噛み殺す。ヒルネからツヴァイハンダーを受け取り、再度モンスターの軍勢に飛び込んだ。
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