第156話 剣鬼

「まずい、止め――」


 俺たちが動き出すより前に、総長が走り出した。老人とは思えない速さだ。一息にモンスターの大軍に飛び込んで行く。


「あーあ。また総長のお散歩だ」

「痴呆老人の徘徊ですわ」

「迎えに行って差し上げねばな」

「悪い癖だ。仕方ない」


 にやにや笑いながら隊士達が地下空洞に足を踏み入れていく。口では仕方ないと言いつつ、楽しそうな雰囲気を隠せていない。

 全員合わせたところで、目の前にいる大軍に抗える数じゃ無い。だというのに、誰も腰が引けていない。


「すまんなぁ。うちのボケ総長が暴走しちまったわ。ケツ拭くついでにあの城まで行くが……ついてくるか?」


 やけに柄の長い軍刀を肩に担ぎ、小松は楽しげに笑った。

 めちゃくちゃだ。


「命の押し売りすんじゃねえよ」

「売りたくなくても死地に飛び込んじまう。ならばオマケで売るしかあるまい。ワハハ!」


 ついに東郷とモンスターの群れが激突した。血飛沫と無数の手足が宙に舞う。始まっちまったか。取り返しはつかねえな。何らかの形に着地するまで戦い続けるしかねえのだろう。


「で、若いのはこういう戦は嫌いか?」


 目を細め、遠くの城を見る。

 頭の中で勝率を計算。とりあえず突破して、現地のドワーフと協力関係を築く。外の隊士と連携しつつ、時間を稼ぎながら竜に変身して大きく数を削る。

 勝率ゼロではねえか。


「希望制だな。仲間に無理強いはしねえ。遊びたい奴だけ遊ぶぞ」


 否という声はなかった。

 あまりにも無鉄砲な始まりだが、なっちまったものは仕方ねえ。行くぞ。

 俺の言葉に小松は歯茎を剥き出しにした。なんて楽しそうな顔しやがるんだ。


 ツヴァイハンダーの刀身を掴み、重心の真ん中を持つ。


「っしゃ、突撃!」

「お先に」


 俺の怒声を飛び越えて、柚子が空を駆けた。ずるいぞ。

 急に横やりを突いてきた勢力に、アラクネ軍は動揺を隠せていない。まごついた動きで進路を塞ごうとするオークの顔面に切っ先を叩き付けた。斬った直後にぶちかまして、無理矢理進路をこじ開ける。

 背後でチェーンソーが唸りを上げた。さらに動揺が広がる。


「今のうちにどれだけ進めるかだね」


 飛び交う怒声。そこらで上がる猿叫に負けない声量で隼人が言う。涼しい顔で、正確にアラクネの半身を斬り捨てた。


 しっかし、友軍がどこにいるか分かりやすいな。これだけの大規模戦を想定していなかったのか、ドローンがそれぞれ持ち主の頭上にいる。

 宙を激しく飛び回るドローンは柚子のもの。先頭に1つだけ浮いているのは総長のやつか。


「総長に追いつかないようにな!」


 小松がゴブリンの頭に足をかけ、そのまま勢い任せに踏み込んで地面に叩き付ける。ごきりと折れた音がした。刀を使うまでも無い、対ゴブリン戦の慣れを感じる。


「追いつくために走ってるんじゃねえのか!?」


 刀の先で示された方を見た。

 敵陣真っ只中に斬り込んだ総長の、前後左右全てがブロック肉に変えられていく。絶え間ない剛剣の連撃。

 初太刀で一刀両断、返す刀で両断、振り向きざまに両断。

 一撃必殺を休みなく放ち続ける。まさに薩摩の剣だった。


「見る、聞く、感じる。敵の剣筋に呼吸に筋肉の揺れすら理解している。が、その動きの主が誰なのかまでは分からねえんだわ。誰何の前に切り終えてる」

「仲間でも近寄っちゃいけねえのかよ!」

「ワハハハハ!」


 クソったれ! 何笑ってんだよ!

 背後から高く弧を描くように、大量の火球が打ち上げられた。スイの放った魔法だ。次々に俺たちの進む先に着弾し、邪魔者たちを薙ぎ払う。


 幾分か開けた視界の中、シャルルが大きく飛び跳ねた。城壁にいるドワーフたちに向けて両手を振り回す。


「にゃーーーー! 援軍にゃ! 助けが来たにゃ!」

「お、反応アリですー。コボルトがドワーフに報告してる感じですねー」


 城壁を眺めていたヒルネが言った。

 こっちに魔法砲撃が飛んでこなけりゃいいが。ドワーフにも「敵の敵は味方」に類する言葉があることを願う。


 しっかし、突破力が桁違いだな。

 一度のぶつかり合いで、確実に敵を無力化する。そんな剣士が波のように敵へぶつかり続ける。その先頭に空白地帯を生み出す総長の暴威がかみ合って、暴走列車のように戦線をこじ開けていた。

 俺らや山里のような小規模クランはもちろん、牡羊の会とも違う。まさに、戦争に特化したクランの動きだった。


 空から柚子が近づいてきて、大きく声を張り上げる。


「報告! 周囲の敵部隊が距離をとってる!」

「こん隊、切り捨てるつもりか!」


 小松が怒鳴った。

 モンスター軍は俺たちが芯まで食い込んで乱戦になっている部隊を見捨てて、その外側から仕切り直すつもりらしい。非情だが、合理的な判断だ。

 それだけの判断をできる将がいる、という意味でもある。


「投石来るか?」

「来るだろうよ」

「俺が止める。1発限りの大技だ。すぐに抜けろよ」

「頼むわ」


 俺のことを良く知っているのか、小松は素直に頷いた。

 ツヴァイハンダーをヒルネに預け、両脚にぐっと力を溜める。人間離れしてきた力を全て解き放ち、全速力で走り出す。

 ゴブリン、アラクネ、オークの顔面を蹴り飛ばして三段跳び。宙にいる柚子に手を伸ばすと、驚いた顔ながらも掴んでくれた。


「なに?」

「前に飛ばしてくれ」

「人間ミサイル?」


 そう言いながらも、俺の体を宙に放り投げる。股間がひゅっとした。

 そして背中に強烈な突風を受け、最前線の空に俺に体は投げ出される。戦場の全景が目に飛び込んで来た。

 眼下で戦う仲間達。切り離された敵部隊。そして、それを囲むように投石の準備をするオークたち。

 壮観だな、おい。


「借りるぜ、ロボ」


 小さく呟いた口の中で、犬歯が伸びる。

 全身が再構築されていくのを感じた。背中から伸びる翼。相対的に世界が小さくなっていく。


 戦場上空。羽ばたく俺の口の端から、火の粉が舞った。

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