第155話 援軍?

「おいおい、ごりっごりに戦争してるじゃねえか」

「確かにこれは近づけないね」


 初めて見る大戦争の迫力に、スイは少し引き気味だ。

 ヒルネがコンテナから、三脚付きの大型双眼鏡を取り出した。ヒルネって何かとガジェット持ち歩いてるよな。特に話題に出さないが、そういうものが好きなのかもしれない。


「うーむむむ! なるほどなるほど! 皆さんも見ます?」

「ありがとうな」


 ヒルネに場所を変わってもらい、双眼鏡を覗き込む。

 城を包囲しているのは、アラクネ・オーク・ゴブリンの3種族。対する城側には、ドワーフ・ケットシー・コボルトの姿が見えた。コボルトを見かけないと思ったら、既に防衛戦に参加していたらしい。


 紐状の投石機をぶん回して、オークが石弾をがつがつと飛ばす。所々に甲冑を身につけたオークがいるのは……指揮官ってことかもな。

 城壁の上では、これまた鎧を身に纏うドワーフが指揮棒のようなものを振り回し、何か怒鳴っているようだ。コボルト達が大砲に似たものを操作し、炎弾を発射していた。


「行けても帰れない」


 柚子の言葉に全てが集約されている。

 よしんば強行突破に成功しても、中から飛び出すとなれば、あの大軍勢を切り開かなきゃならねえ。


「まぁ、私は大丈夫だけど」


 柚子が無い胸を張った。


「撃ち落とされそうだがな」

「そんな間抜けじゃない」


 しっかし、どうしたもんかね。あの激戦の中に柚子だけ放り込むのは酷というものだ。

 それに、言ってしまえば妖精種同士の争いだ。俺たちが積極的に介入する動機はねえ。十分に潰し合わせたところに薩摩クランが突入する方が合理的かもしれねえ。


「あれ、ナガさん。支部長さんからコメント来てますよ」


 トウカに言われ、ドローンの表面に目をやる。



高坂絵麻:凄まじい光景ですね。あくまで私的な予測ですが、薩南諸島区域の変化にも関わっている可能性があります。



 プライベートのアカウントじゃねえか。仕事外でも見てくれてんのか。ちょっとほっこりするな。

「薩南諸島の変化?」



高坂絵麻:そちらの地下都市は、地上階層と照らし合わせたときに鬼界カルデラとほぼ一致します。薩南諸島ではダンジョンの発生以降、植物の繁茂と地震の増加が確認されています。



 鬼界カルデラというのは、鹿児島の南西にある直径20キロの超巨大海底火山だ。過去の噴火では、九州南部の縄文人を壊滅させたとも言われている。


「植物の繁茂と地震の増加か……」


 そういえば、佐多岬の辺りもやけに植物が茂っていたな。

 小鬼の群れが鬼界カルデラを活性化させている? 笑える話でもあり、笑えねえ冗句でもある。


「植物ね。世界樹に関係ある?」


 スイの言葉にはっとした。

 世界樹の眷属たるエルフの里は、超巨大樹の森にある。ただでさえ植物の多い深層だが、あの周辺の樹木の生育はちょっと異常だ。

 世界樹が植物に対してポジティブな影響を与えるというのであれば、鬼界カルデラの地下に世界樹は存在する……のか?



高坂絵麻:可能であれば調査を進めて欲しいですが、流石にこの状況では難しいでしょうね。自衛隊でも困難でしょう。



 この裏坑道は狭いし、崩落の危険がある。車両の運用が難しい以上は、歩兵と機関銃みたいな戦い方になってしまう。

 銃弾の数発なら耐えるオークが大集団で投石してきたら、自衛隊員でも辛いものがあるだろうな。戦車を数十台も投入できたら余裕なんだが。


 ついでに流れるコメントを軽く目で追う。

 最近はコメントが増えすぎたから、課金認証アカウントとそうでないアカウントを分けて表示している。無課金の方はもはや人間の動体視力じゃ追えない。



:凸ろうぜ!

:蹴散らせ蹴散らせ

:毒ガス撒こうwww

:粉塵爆発だッ



 なんか平常運転だな。


「調査したいのは山々だが、まずは生きて帰るのが最優先だ」

「にゃ!? 助けてほしいにゃ!」

「いや、無理だろ」

「なんでもするにゃ!」

「気持ちの問題じゃねえよ。俺らだけで突っ込んでも、何も出来ねえって話だ」


 シャルルが喚く。

 やるやらない、じゃねえんだよな。シンプルに不可能だ。


「おーおーおー。儂らにも見せてくれや」


 背後の通路から声がした。

 小松・東郷を先頭に、数十人の隊士が抜き身の刀を引っ提げてぞろぞろと歩いてくる。このタイミングで来ちまったか。

 嫌な予感。額を冷や汗が伝う。


「においじゃ。いくさのにおいじゃ」


 東郷がもにょもにょと口を動かした。目尻が垂れ下がり、笑っているように見える。


「待てよ。薩摩クランがいかに強いって言っても、この数相手に喧嘩売るのは死ぬだけだぞ」

「安心せい。無意味に戦ったりはしねえ」


 小松が戦場を一望出来る場所に立った。一見冷静そのものに見える振る舞いをしているが、瞳孔が小さくなっている。


「で、知恵のあるドワーフに会いたいんだったか?」

「ああ。だが、突っ切ることは出来ても戻ってくることは出来ねえだろうよ」

「何を言う。全て殺せば帰ってこれるだろう?」


 このジジイは何を言ってるんだ?

 それが出来ねえから突っ込んでないんだろ。


「ふむ。儂らはそうしてきたが……」


 小松が顔を動かす。その視線の先を俺も追う。

 って、東郷総長がいねえ!

 慌てて探すと、ふらふらと戦場に向かって歩いて行く小柄な老人の後ろ姿があった。


「ごぶりんじゃ。ごぶりんがいっぱいいるぞ……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る