第154話 ドワーフの国

 どうも俺たちとシャルルの知るドワーフ像には大きな違いがあるようだ。隼人と目配せを交わす。

 知恵を持たないドワーフが知恵を持っている。王に関連する何かがあるのか……それとも、知恵を得る、ないしは失うのに何かしら条件があるのか。

 この賢いおじい達というのが、隼人の目撃した知能の高いドワーフで間違いねえな。


「そのドワーフのおじい達に会わせて貰うことは出来る?」


 スイ質問に、シャルルは小さく横に首を振った。


「たぶん無理にゃ」

「なんでだよ。自分の立場わかってんのか? あ??」


 小突くとシャルルはぐねぐねと逃げ回る。縛られてても結構動くな。なんだかんだタフな野郎だ。


「しゃーー! やめるにゃ! おじい達は訪問者を歓迎するにゃ。けど、今はドワーフの都市は敵に囲まれているにゃ。にゃーがこうやって出てくるまでにも、6回くらい死んじゃったにゃ!」

「はぁ?」


 ドワーフの都市が包囲を受けているというのは、恐らくはアラクネやゴブリンの大軍に攻められている……ということなのだろう。それはそれで大問題だが、理解出来るから置いておく。だが、6回死んだ?


「ケットシーの伝承は本当であったか」


 ユエが感心したように言う。


「王よ。ケットシーは不死だ。さっきゴブリンに斬られたときのように、すぐに蘇る」

「最強じゃねえか」


 この体たらくからは考えにくいが、実はチート種族か?

 しかし、シャルルはそれを否定する。


「そうでもないにゃ。死ぬたびに少しずつ魂に傷がついていくにゃ。もう、仲間達はただの猫になってしまったにゃ。これ以上死んだらケットシーとして終わっちゃうにゃ」

「回数制限持ち、みたいなものなのかな」


 隼人が納得したように頷いた。

 変な生態しているな。流石は妖精といったところか?


「ナガ、どうするの?」

「どうすっかね。とりあえず包囲されている都市ってモンを見に行って、状況次第では撤退なり、薩摩クランの増援を貰うか……可能であれば、内部に入り込む」


 俺の言葉にシャルルが目を輝かせる。


「助けてくれるにゃ!?」

「状況次第だ。助けた方が俺たちにとって良いなら、手を貸すかもしれねえ。だが、なんのメリットもなければ助けねえし、どうにも出来ない規模でも手を引く」

「にゃぁぁ……」


 どんな感情かは分からないが、妙に情けない声をあげるシャルル。縛り上げたまま肩に担ぐ。


「とりあえず案内しろ。情報が要る」

「にゃぁ」


 まるで人さらいだな。

 ヒルネが先行して罠の有無を確認しつつ、シャルルの指示する方向に移動を始めた。



 シャルルが言うところの裏坑道を進むこと1時間ほど。進む先から漏れてくる音を耳が拾う。

 無数の大きな音が混じり合い、ノイズとなってここまで届いたような音だ。


戦場いくさばの音。懐かしい」


 ユエが複雑な顔をした。近づくにつれて、段々と音の輪郭がハッキリしてくる。無数のモンスターが上げる喚声、咆哮。風切り音、衝突音、爆発音。

 地下通路が衝撃に震えていた。


「解放するにゃ。いつ戦いになってもおかしくないにゃ」

「まぁ、場所が分かりゃ良いか」


 トウカがシャルルの縄を解いてやった。シャルルは背中を反らせるように大きく伸びをしてから、ついでに欠伸を1つする。


「この先、曲がると通路を封鎖するアラクネ達がいるはずにゃ。それを越えると、広い空洞に出るにゃ。その中にドワーフの都市があるにゃ」


 意外にも逃げ出さずに道案内を続けるシャルルを、少しだけ見直した。根性がある奴は好ましい。

 通路の先を覗いてきたヒルネが言う。


「大量の感知糸と通路を塞ぐようにネット、瓦礫のバリケード。奥にはアラクネとオークがいましたー」

「面倒だな。どう突破したもんか」

「切り込みましょう」


 トウカが言い切った。

 ドローンのコンテナから巨大で重厚なタワーシールドを取り出す。それとパイルバンカーを手早く換装し、左手のチェーンソーを回し始めた。

 呪文を唱えると、高速回転する刃が炎を纏う。エンチャント付きチェーンソーの見た目の圧がやばい。


 壁のようなタワーシールドを構えたトウカを先頭に、通路に突入。チェーンソーの一振りで、糸で紡ぎ合わされた瓦礫のバリケードが弾け飛ぶ。

 視界の先で、オークの顔が引きつるのが見えた。

 流石にこれは怖いよな。分かるぞ。

 苦し紛れの投石が飛んできた。生身で受ければ肉も抉る威力だが、タワーシールドに弾かれて空しく地に落ちる。


 ガスガスと重たい足音を響かせ突貫する、現代兵器の暴力。真正面からぶち当たってしまったオークが、一撃で豚コマにされた。

 慌てた様子で背中を向けたアラクネが、スイに狙い撃たれて火達磨にされる。なんとか脇を抜けようとしたオーク共は、隼人と柚子に首を狩られた。


 ノンストップの蹂躙劇。ものの数秒で、厳重に守られた通路を制圧した。

 戦場の音がより近くなる。


「……この先か」


 アーチを潜る。

 途端に開ける視界。浴びせられる無数の音。情報の奔流が押し寄せた。


 そこには、薄明かりに照らされる超巨大な地下空洞があった。

 東京ドームを比較に出すことも馬鹿らしい。都市丸ごと1つを飲み込む地下空間。その中に聳え立つ、カッパドキアのような岩を抉った無骨な都市と、高く分厚い城壁。そして、それを包囲する無数のモンスター達の影が揺れる。


 城塞都市から、数え切れないほどの炎弾が弧を描いて飛ぶ。包囲する側から、驟雨のように投石の波が都市を襲う。


 中世の攻城戦を彷彿とさせるような光景が、地下という場所に広がっていた。

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