第153話 ケットシー
「追う?」
「やめておこうぜ。何があるか分からねぇ」
逃げられたものは仕方ねえ。あれだけ手強いならここで仕留めておきたかったが、深追いすると思わぬ痛手を受けるからな。
ダンジョンという過酷な生存競争の地にいる奴らは、とにかく生き延びるのが上手い。下手なやつはさっきのドワーフみたいになっている。
「一応、管制部に報告しておきます」
トウカが言った。
薩摩クランには管制部が存在する。全ての探索者たちからリアルタイムで情報を集め、場合によっては増援派遣や退避ルートの指示をする。
マジで軍隊化されてるんだよな。
管制部からはすぐに返答が来た。
『大型ゴブリンの報告感謝します。9年前に滅ぼしたはずの存在ですが、再確認されたことを全隊士に共有します。1個体の場合は複数名で当たり討伐。複数個体の場合は、増援と合流するまで陣形を組みながら後退することを推奨します』
過去にも発見例はあると。しかも、非常に珍しい特異個体って訳じゃないだと?
「滅ぼしたと言ったが、どれくらい討伐したんだ?」
『14年前から目撃があり、5年間で合計12体を討伐しました。以降、目撃はありませんでした。暫定的にワンダリングボスとして認定しております』
彷徨う実力者か。確かにその分類に当たるだろう。
それにしても結構な数がいる。このエリアは全く探索が進んでいないことを考えると、まだまだいると考えた方が良いかもしれねぇな。
もちろん、壮絶な命の擦り潰し合いをしている地域だ。ほとんどが前線に出た結果、唯一の生き残りとなった可能性もあるが。
「情報提供に感謝する」
『念の為、増援を送ります。増援の位置情報を強調表示しますので、適宜マップでご確認ください』
「了解」
マップに大きく黄色の光点が表示された。タグ付けされた名前は「東郷」「小松」だ。総長と副総長じゃねえか。未探索の最前線に出す格じゃねえだろ。
柚子がべーっと舌を出した。
「じゃあ、なんでも斬っちまうと噂の総長が来る前に、この猫の取り調べといくか」
ヒルネにぐるぐる巻きにされたケットシーを見下ろす。青みがかった黒毛の猫だ。倒れていると二足歩行感がなく、服を着させられた飼い猫って感じだな。サイズ感はよっぽどデカイが。
首の裏を掴んで、目の高さまで持ち上げる。
「案外軽いもんだな。で、こいつらの言語ってまた人工知能で解析するところからか?」
「必要ないぞ」
ユエがぷらぷら揺れる長靴を指でつつきながら言った。
「こやつらケットシーは、またの名を『飼われる者』という。拠り所となる種族の拠点に勝手に居座るのだ。そのためなのか、種族の特性であらゆる言語を理解する」
「あ~。猫もなんか人間の言葉理解してるもんな」
犬とか猫が人間の言葉分かってるのってなんなんだろうな。犬にいたっては倫理観まで共有しているような気がする。冷静に考えて不思議な奴らだ。
「じゃあ、とりあえず起こすか」
鼻先を親指でぐっと押すと、ケットシーは顔を歪めながら不快そうに薄目を開いた。俺の顔を見て、瞳孔がカッと開く。
「おい。人間の言葉はわかるか?」
「にゃ?」
「しらばっくれんじゃねえよ。裏は取れてんだ」
「いきなり高圧的にゃ!?」
ぐっと顔を寄せながら凄むと、あっさり日本語を話しやがった。最初から話せってんだ。
「って、縛られてるにゃ。解放するにゃ!」
「変な語尾もやめろ」
「すみませんでした。でも、ないと落ち着かないので勘弁してください」
こいつ案外余裕あるな?
ジタバタ藻掻くフリをしていたが、しゅんと大人しくなった。
「しゃーねえ。いったん語尾は見逃してやる。バンバン質問していくからキリキリ吐け。こちとら命の恩人だからな?」
「にゃ、にゃぁ……」
ぷるぷる震えだしたケットシー。マジで命は救ってんのに失礼なやつだ。
あれだけのゴブリンを急所一突きで倒しているんだから、それなりに実力はありそうなのに、妙に根性が座っていない気がする。そういう種族なのかもしれない。
ケットシーを地面に降ろし、尋問が始まった。
数分後。ケットシーはよよよと泣き真似をしている。
想像以上にあっさりゲロってくれた。最初は警戒していたのかあっちへフラフラこっちへフラフラと話題を変えようとしていたが、俺らもゴブリンと敵対していると知った途端、一気に口が軽くなった。
このケットシーの名前はシャルル。まだ若いケットシーのようだ。
彼が所属する群れは、ドワーフの集落に居候しているらしい。現在はそこがアラクネの群れに襲われており、脱出経路を探していたとのこと。
「ドワーフに集落なんて作れるの?」
スイがかなり辛辣な物言いをする。
シャルルは不思議そうに首を傾げた。
「何言ってるにゃ? そもそもこの地下坑道は全部ドワーフが作ったものにゃ。この裏坑道も、表坑道も全部ドワーフ製にゃ」
「は?」
このダンジョンの浅層部分は、全部ドワーフが掘った?
確かにかなり人為的な環境だ。穴ぐらという意味では、ドワーフのイメージにも合致する。だが、あのドワーフだぞ?
「にゃーがいるドワーフの国は、それはそれは立派な大都市にゃ。おじい達はみんな器用でパワフルで賢いにゃ」
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