第151話 隠し部屋
「確かに、ずっと不思議だった」
スイがドローンから水晶体のような形をしたものを取り出した。ボタンを押し込むと、シーリングライトのように光る。
「なんで下の方の階層は屋外なのに、浅い層だけ屋内迷路みたいな造りなのか」
全方位に昼光色の光を放つそれを、魔法でふわりと浮かせた。
スイの疑問に、他のメンバーも同意するように頷く。誰もが一度はその疑問を持ち、そしてダンジョンについての知識が深まる頃には、浅い層は用無しになって興味を失う。
最初のうちは物好きの研究者が掘ったりして調査したらしいんだがな。
壁を掘っても、そのうち岩盤にぶち当たるだけ。崩落のリスクばかり高まって、周りに迷惑をかけて非難されていた。
いつしか、誰もが「そういうもん」として受け入れるようになってしまった。
浮かべたドローンのコンテナを階段状に並べて、天井の穴にアクセス。なんだこれ。斜めに上に向けて伸びる坑道みたいだな。
スイが浮かべる光源についていくように、俺とヒルネが先行する。
「なんか臭えな。腐敗臭か?」
吐きそうになるのを我慢し、呼吸を可能な限り押さえ込む。ゆっくりと細く鼻から空気を吸い込んだ。
嗅覚は曲がり角の先まで感知できる、極めて優秀な感覚だ。臭えからといって放棄することは出来ない。
隠し部屋の床――つまりダンジョンの天井が崩落しないように、逆茂木に使う金属パイプを籠状に組んだ。フレーム全体で俺たちの体重を支えることで、床が抜けるのを防ぐ。
「どんな感じー?」
「なんか上に続く坑道だな。壁は……粘土質って感じか?」
触れると冷たく固い。だが、爪で擦ると少しだけ削ることが出来る。なんつーか、冬休みの間中放置した油粘土って感じだ。今時の子どもには分からねえか。
ひんやりと涼しく、動物の死体のような臭いが漂い、そして狭い。平均的な体格の男性なら、横並び3人が限界だろう。
地面に感知糸が伸びているのを確認。切って弛ませておく。
「地盤が安定するところまで進行してエリア確保してくる。トウカはいったん装備外してドローンで運んだ方が良さそうだな」
「承知しました」
傾斜は20度くらい。かなりの急勾配だ。ツヴァイハンダーを杖のようにしながら慎重に進む。
大きな岩でも避けているのか、緩く蛇行する斜面を登っていく。100メートルも進んだところで、少しだけ開けた部屋に出た。コンビニくらいの広さだな。
「うわぁ」
ヒルネが小さく声をあげて驚く。
部屋の壁には、アラクネの糸で拘束されたドワーフの死骸が10ほども磔にされていた。何体かは食い荒らされている様子だ。
「食料庫……つーか、下で罠張ってる奴らのお弁当って雰囲気だな。とりあえず下に伝令頼む。俺は部屋の確保を続ける」
「了解ですー」
悪臭の正体はドワーフの死体だったか。
腐り始めているものもあれば、蝋のようにのっぺりした質感に変わってしまったやつもいた。土中で涼しい環境のせいで、変化がゆっくりになっているのだろう。部屋の隅には骨が散らばっている。頭蓋骨の数からして、こちらも10体ほど。
この部屋だけで20体もドワーフの死体がある。
アラクネとドワーフは共生していなそうだな。むしろ、アラクネとオーク両方の餌になっていると考えるのが自然だ。
部屋にはドアなどついておらず、アーチ状の石組みが通路に繋がっている。ちらりと顔を覗かせて左右を確認したところ、ダンジョンの浅い層と同じような造りをしていた。
ヒルネに案内され、仲間達が合流する。ドワーフの死体に、隼人が静かに手を合わせた。
ドワーフは基本的に無害だからな。こうも並んで殺されているのを見ると、憐れむ気持ちが湧いてくるのは理解出来る。
「とりあえずそこの廊下の左右に敵影なし。感知糸はそこのアーチから地下に向けて伸びていた。背後をとられたときの保険って感じだな」
「ドワーフを運び込んでいるってことは、近くにドワーフの生息地があるのかもね。だとしたら、このエリアは純粋なアラクネの縄張りって感じでもなさそうだ」
複数の種族が覇権争いしている、言ってしまえば健全に食物連鎖が機能している状況なのか?
「で、ここどこ?」
柚子が難しい顔をしながらマップを広げた。
ここに来たのは日本の探索者では俺たちが最初のようだ。マップ情報が一切無い。というか、現在地表示がバグを起こしている。階層そのものが縦に引き延ばされたり、俺たちの階層が地下1層の上に表示されたり、荒ぶり放題だ。
「物理的に順当に考えるなら、地下3層のめっちゃ高い位置。だが表示が荒ぶってる理由は……」
ダンジョンの階段は、色んな別世界を不思議な力で接続しているものだ。イメージ的には、青い狸のロボットが使う扉が置かれているようなモン。
普通に考えたら、俺らの現在地は地下3層なんだよな。なのにマップ機能がバグっているというのは……。
「――そういうことですか」
トウカがホログラム上の現在地表示から、すっと横に指を滑らせる。そんなに離れていない場所に、薩摩クランの集団の居場所が表示されていた。
「物理的な位置関係を参照したときに、彼ら薩摩クラン剣士と私たちは同じ階層にいると判断されています」
俺とヒルネが首を傾げた。分かるようで分からん。
柚子が目を見開き、息を飲んだ。隼人も「ああ」と小さく呟く。納得とも感嘆ともつかない声色だった。
「あー、ああ!」
遅れてスイも驚きの声をあげる。
「分からん。なんなんだ?」
トウカの真剣な目が俺をとらえた。
「ダンジョンの浅い階層は、厳密には階層ではなかったということです」
「は?」
「この地下迷宮の区域はすべて、1つの階層ということです」
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