第150話 蜘蛛の力
アラクネ2体は無機質な目でこちらを見つめる。
オークが全て倒されると同時に、完全に動きを止めていた。石像のごとく微動だにしない。
柚子が刀の握りを変えようと指をわずかに動かす。
「ストップ、柚子」
「なに? なんで?」
口ではそう言いつつも、大人しく動きを止めた。
「一度膠着状態に入ったら、こっちから動かなけりゃアラクネは動かねえ」
アラクネの本質は人間というよりも蜘蛛に近い。
知性は高いが、それ以上に遺伝子に刷り込まれた習性が優る。まぁ、その習性だったり本能だったりっつーのが、変に知性で動くよりも効率的だったりするんだがな。
アラクネは動く相手に強く反応する。基本的には牽制の動作を繰り返し、糸など環境を使いながら隙を生み出して、一気に致命傷を与えるような狩りのスタイルだ。
「まずはちゃんと観察しろ。特にヒルネだな。不意打ちを使うなら、絶対に把握しておけ」
アラクネの頭部はほぼ人間だ。対面にいる2匹も、無機質で中性的ながら、人間によく似た顔をしている。わかりやすい違いは、白目がないことだ。
「まず、白目のように見える部分。あれは眼球表面を移動する模様だ。実際の視野とは全く関係ねえ。フェイント専用の器官だ」
「よほど意識してないと引っかかりそうだ」
「隼人みたいに目が良いタイプは逆に辛い相手だろうな」
フェイントっていうのは、見えているからこそ引っかかってしまうものだからな。ロクに見ないで高威力大振りブッパマンなら一切かからない。
「虫ってことは複眼なの?」
「惜しいな」
スイの勘違いはあるあるだ。
虫イコール複眼みたいに考えがちだが、複眼を持つのは昆虫。蜘蛛は昆虫じゃないから、一応は単眼だ。
「蜘蛛は複眼じゃねえが、目の数自体が多い。顔にあるホクロみたいなのは全部目だ」
両目の下に泣きぼくろのようなもの。耳の近くにも黒い点。額にも2つの黒点。これらは全て目だ。
かつて深層でアラクネの集落を丸焼きにしたときに解剖してみたんだよな。全部から視神経が通っている。
「だいたい視野角は縦横に270度。綺麗に真後ろを取らねえ限り、不意打ちは無理だと思った方が良い」
不意打ちを得意としていながら、巣と広角の視野で不意打ちを防ぐ。単騎で相手するならまぁまぁ厄介なモンスターだな。
「蜘蛛の甲殻は基本的にはそんなに硬くねえな。トウカなら気にせず粉砕出来るだろう。スイの魔法でもイケる。気をつけるべきは、機動力の高さと鋏角だ」
鋏角。蜘蛛や蠍なんかが持っている、大きな牙2つでハサミみたいになっている器官だ。ハエトリグモなんかは大きく発達していて、手のようにすら見える。
アラクネの鋏角は普段は口の中にしまわれているが、獲物を仕留める一瞬に飛び出して、猛毒を仕込むのだ。
「あとはノリと勢いだな。糸を飛ばしてくるのは予備動作さえ見てりゃ躱せる。状況再開!」
真っ先にヒルネが飛び出した。左側のアラクネに狙いを絞り、蛇のように地面スレスレを這って肉薄する。狙われたアラクネは素早く壁を駆け上がった。
アラクネは逃げながら、地面や壁に糸の束を垂れ流していく。
もう一方の周囲を障壁が囲む。トウカの魔法だ。小さく空けられた小窓に、スイの火球が飛び込んだ。
ぽんっ。軽い爆音が鳴り、障壁の中が炎で満たされる。通路に焼き肉の匂いが充満した。逃げ場も無く火葬だ。凶悪なコンボ過ぎるだろ。
ヒルネが追い込んでいる方は、アラクネの本領発揮といった様子の立ち回りをしている。
素早く突き出されるナイフを蜘蛛の足で防ぎ、上下左右に飛び退くように後退していく。常にあらゆる方向に糸を放出し、反撃の罠を仕込んでいた。
「ヒルネ、下がれ。限界だ」
「くぅ~。やりづらいです!」
「それがアラクネだ」
これ以上迂闊に踏み込めば、どこかで足を取られて殺られる。
こちらが有利に押していても、急に引っくり返してくるから、こいつらは遅滞戦闘のプロなのだ。
「じゃあ、私が」
風に乗り、柚子が通路の真ん中を飛翔する。
地面と壁に罠が張られているのなら、飛んでしまえば関係ない。すれ違いざまに一閃。アラクネの首がくるくると飛んだ。
ちょっと下がり、スイの魔法で地面と壁を軽く焼く。冷めるのを待ってから死体の検分だ。表面がちょっと焼けているが、問題はないだろう。
「このオークども。やはりアラクネの糸で服を作っておるな。防刃性能には目を見張るものがあったが、焼けばなんとかなる……か?」
ユエが良い感じの棒でオークの死体をつついた。どこで手に入れたんだ、その棒。長さも太さも良い感じだぞ。
「あの抉る魔法使えば関係ねえだろ」
「力の消耗が激しい」
俺は肩をすくめた。ノーライフキングの生態が一番わかんねえや。
「うーん。アラクネはそこまでキモくないね?」
スイが不思議そうにアラクネの脚を持ち上げる。どんな違いがあるのか、俺にはさっぱりわからん。どっちもデカいオオジョロウグモだろうに。
ぱきりと乾いた音がした。
トウカがアラクネの脚をうっかり踏みつけたようだ。甲殻がひび割れ、潰れた肉が地面にべったり広がっている。
「違いますよ!?」
「誰も何も言ってねえだろ」
トウカは頬を赤らめ、ぶんぶん手を振った。もちろんパイルバンカーも振り回される。
「まぁ、死体にそんな見るべきモンもねえな。問題は――」
俺の視線の先を隼人も追う。
「――この隠し部屋だね」
天井にぽっかり開いた大きな穴。マップに残されていない、存在しないはずの部屋だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます