第149話 混成部隊
少し進んだ先では、巨大な蜘蛛の巣の塊が十字路を塞いでいた。その塊から放射状に大量の感知糸が伸びている。
これはアラクネが使う、感知糸の情報伝達ハブだ。あちこちに張り巡らせた太い感知糸をこの塊の中で分別し、細い糸に再接続する。
アラクネ本体の居場所を悟られないようにするためのものだな。
「基本的に、アラクネはハブを攻撃する敵に不意打ちをとれる場所にいる」
「ふむ……」
俺の言葉に隼人は天井に目をやった。頭上を警戒するのは分かるが、既に俺が確認済みだ。
柚子がマップを展開し拡大する。
「マップ情報だと、そんな都合の良い地形ないけど。普通に十字路のどこか先で待ち構えてるって考える方が自然」
「不意打ちされたところで強行突破出来るメンバーだとは思いますが」
トウカもパイルバンカーを構えて強気な発言をした。ユエが大きく溜息をつく。
「こういうときの為に魔法はあるのだ」
やれやれと呆れた雰囲気で、コンテナから大きなボール紙の包みを取り出した。ナイフでさっくりと開けば、ガラガラと骨がこぼれ落ちる。
「豚の骨を買った。出汁用だったから、お金がかかった。骨なのにだ」
ぶつくさ言いながら、豚骨を指でつつく。カタカタ軽い音を立て、骨が組み上がった。スケルトンピッグってところか?
頭蓋骨をひと撫でし、ユエは蜘蛛の巣ハブを指さす。
「あれを破壊してこい。よいな?」
スケルトンピッグは顎の骨を何度か打ち合わせると、前足でざっざと砂を掻く。
「なるほど、囮」
柚子が感心した口ぶりで言いながら、腰に提げた刀の鯉口を切った。今更だが、柚子も隼人も武器が変わっている。閉所での戦闘を意識しているのか、どちらも軍刀をベルトに吊っていた。
薩摩クランの剣士は皆、同じような刀を使っている。近場で量産しているのだろう。武器は手に入りやすさとメンテナンス性が重要だ。この地で長期間戦うなら、そういう選択肢もあるというわけだ。
「トウカ、念のため障壁頼む。スイは魔法攻撃の準備。俺と隼人が前で、ヒルネと柚子が1歩後ろから状況見て飛び込むアタッカーでいくぞ」
「承知いたしました」
全員の体勢が整ったタイミングで、豚骨が駆け出していく。上下左右に張り巡らされた糸の塊に突っ込み、絡め取られた瞬間――。
ごばっと土砂崩れのように、天井が崩落した。
舞い上がる粉塵と、吹き飛んだ瓦礫が障壁にぶつかり渦を巻く。
「ブービートラップ?」
柚子が眉をひそめた。
「とりあえず吹っ飛ばせ!」
「おっけー!」
障壁が解除され、スイが大量に黒い飛礫を放つ。砂煙の中を入念に薙ぎ払うように、小さな黒曜石の弾丸が連射された。
見えない先の当り判定を探るように耳を澄ます。
ダンジョンの壁、瓦礫にぶつかる硬質な音。豚骨が巻き込まれたらしき、硬くて脆いものが壊れる音。蜘蛛の巣に当たったのか、音の響かない場所。
そして、弾性のあるものに当たった、鈍い打撃音。
「いるぞ! 風をくれ!」
柚子が突風を放った。軽い粒子だけが吹き飛ばされ、一気に視界が良くなる。
スイの連射攻撃に晒されていたものの正体が明らかになった。
「オーク4、アラクネ2!」
オークはいつもの通り、力士のような体格の豚男だ。普段見かける個体は上裸なのに、今回は真っ白なポンチョをかぶっている。
アラクネは個体によって人間と蜘蛛の割合が違ったり、ベースになっている蜘蛛の種類が違ったりする。今回出てきたのは、2匹ともオオジョロウグモの体に、人間の胸から上を乗っけたような姿だ。
バネで弾かれたように、俺と隼人が飛び出した。
大上段から斬りかかる。オークを袈裟懸けに真っ二つにするはずだったツヴァイハンダーが、みしりと音を立てて止まった。
オークの肩を大きく陥没させるようにめり込んでいるが、斬れていない。鈍器で殴ったようなダメージの与え方になっていた。
「防刃チョッキのつもりか!?」
すかさず剣を引き戻しながら、後ろ回し蹴りを顔面にぶち込み、吹き飛ばす。
隼人は器用にオークの眼球から脳を刺し貫いていた。
「こんなの初めて見たね」
「薩摩クランに何度もやられてるから、学習した?」
隼人と柚子の言葉に得心がいく。剣士ばかりの薩摩クランだ。刃を防げれば、一般隊士程度なら一気に脅威度が下がる。
いやぁ、どうだろうな。なんか防刃装備ごと斬りそうな怖さもある。
「アラクネの糸で防刃ポンチョを作ったってとこか。うぜえな」
頑丈な肉体を持つオークに、切断無効をつけてくるのは反則だろ。
生き残った2体のオークを盾にしながら、アラクネが蜘蛛の尻をこちらに向けてきた。
「障壁!」
咄嗟に叫ぶ。俺と隼人の目の前に、半透明の板が生じた。
アラクネがネットランチャーの要領で、粘ついた網を放つ。それはオークを巻き込み、障壁にべっとりと絡みついた。
冷や汗が流れる。
喰らってしまえば、馬鹿力のオークと強制的にゼロ距離の組み討ちを強いられる技だ。
「徹底的にオークの強みを活かす立ち回りをしますね」
「優秀なサポーターだ」
トウカの背後に隠れながら、ユエが上から目線で評した。
障壁が消え、網に絡まったオークが取り残される。動きが不自由になったそれを、俺と隼人がさっくり始末した。
あとはアラクネ2か。
「アラクネとの戦闘経験ない奴からいくか」
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