第148話 領土

 地下3層。

 深さという観点からすれば、非常に浅い層だ。それなりに経験を積んだ東京の探索者なら、さっさと最短ルートで通過してしまうだけの階。

 しかし、そんな浅い階層に俺らと隼人たちが揃って足止めされていた。


「こんな探索の仕方、初めてかもな」


 ガストーチで通路を塞ぐ蜘蛛の巣を焼き払う。髪の毛を焦がしたときに似た悪臭が立ちこめた。すぐに柚子が通路の先に追い払うように、風の魔法を使う。

 浅い層特有の、石造りの地下通路のような構造。そのところどころを塞ぐように蜘蛛の巣が設置されていた。くっそ邪魔くせえ。


 地下に潜ってからは防寒具を外し、みんないつも通りの戦闘スタイルに切り替えている。俺とユエの頭の葉っぱも剥き出しだ。心なしか、昨晩よりも葉がツヤツヤしている気がした。


「ひたすら横方向の移動をするのは珍しいですね」


 ぼやくトウカ。重装備ゆえに、長距離の移動は一番しんどいのだろう。

 もうかれこれ4時間は歩きっぱなしだ。


「これで移動距離3キロってとこかな。なかなか進めないね」


 隼人がホログラムの3Dマップを展開した。 

 ダンジョンのマップ表示としては珍しいことに、地上まで表示されている。地上から地下3層だけ映しているため、やけに薄っぺらいマップになっていた。

 ホログラムの地図は4色に塗り分けられている。青、赤、緑、グレーだ。


 青色は薩摩クランが制圧済みの地域。モンスターは完全に駆逐されており、物資の集積地や野戦病院、小型車両の駐車場なんかがところどころに作られている。

 赤色はゴブリンとの交戦区域。一進一退の攻防を繰り返す、野戦築城の跡が多数残る戦場だ。

 緑色は探索済みながら、安全が確保されていない地域。グレーはまだ探索されていない場所だな。


 俺たちがいるのは緑色のエリア。地上と照らし合わせて言うなら、佐多岬から沖に1キロの地点だ。

 過去に薩摩クランが探索してマッピングを済ませているはずなのに、地形が変わっている場所がチラホラ存在する。


「これがアラクネですかー?」


 脇道にそれていたヒルネが、小型犬サイズの蜘蛛の死体を引きずってきた。見た目はタランチュラっていうよりジョロウグモに近い。つーかオオジョロウグモの黒化個体だな。胴体が長く全体的にのっぺりとした、機械的なルックスをしている。

 大蜘蛛は体節の細いくびれに、正確にナイフを刺されて気絶していた。視野角の広い蜘蛛相手に、背後から一撃か。


「きもっ」


 スイが俺の後ろに隠れる。


「虫系ならマシなビジュアルだぞ。慣れとけ」

「いや、普通に無理」

「つーか深層行けばそこらにデカ目の虫いるだろ」

「圧。圧が違う」


 分からんでもないけどよ。ヤスデ程度なら嫌悪感は湧かないのに、オオムカデになると必死に逃げ回る人とかいるし。

 ただこれからアラクネ相手にするなら、早めに慣れといた方がいいと思うがな。


「ヒルネ。そいつはアラクネの眷属だな。使役されてるモンスターだ」

「はぇ~、どおりで弱いと思いました」


 うーん。成長著しい。

 大蜘蛛の足を切り落とし、ぽいぽいコンテナに放り込む。


「待った」

「なんだよ」


 スイが顔を引きつらせ、俺のドローンを指さす。


「絶対食べるために持ってくよね?」

「そうだけど?」

「嫌だよ?」

「じゃあ食わなければいいだろ?」


 柚子がスイの肩に手を置いた。二人で何か言いたそうな顔をしながらも、揃って溜息をついて黙った。なんなんだよ。


 大蜘蛛の胴体を引っくり返し、ケツの部分を観察する。蜘蛛は糸イボと呼ばれる複数の突起から粘液を出し、それが空気に触れることで繊維となる。

 地上のそこらにいる蜘蛛の糸だって、よく見ると糸は1本ではなく、複数本の繊維が束ねられて出来ていることが分かるだろう。


 蜘蛛足の1本をイボに強く押しつけ、中の粘液を少しだけ搾り出す。数秒待ってから、ゆっくりと引っ張った。

 ずるずると粘液が糸となって引きずり出される。


「え、もっときもい」

「何をしているのですか?」


 距離をとるスイとは対照的に、トウカが興味深そうに近づいてきた。


「いやまぁ、確かめるほどのことでも無かったんだけどよ。糸の質の違いを見ておきたくてな。みんな、ちゃんと壁は見てるか?」

「壁?」


 俺は糸塗れの足を放り捨て、近くの壁の表面を縦に削ぐように指で撫でた。濃い鼠色のピアノ線のような糸が掬い取れる。薄暗がりに同化する為の色だ。


「蜘蛛の巣が増えたあたりから、壁にこんな感じの糸が張られてる。巣を作るタイプの蜘蛛は、振動を糸で感知して、獲物の位置を捕捉する能力を持ってんだよ」

「何かで見たことがあります」


 トウカが頷いた。

 ネット状の巣を張る蜘蛛はもちろんのこと、地面に縦穴型の巣を作るような蜘蛛も、感知用の糸を広く張り巡らせていたりする。


「で、この感知用の糸は鼠色で太い。対して、この眷属の蜘蛛の糸イボからは、白色の糸しか出てこなかった」

「ということは……」

「俺らの侵入を、アラクネが察知したっつーことだな」


 たかが糸。正確に振動を伝えられる距離は短い。

 アラクネが近くにいる。


「さーて、第一村人に挨拶しに行ってやろうじゃねえか」


 ガストーチから小さく炎を出し、感知糸を焼き切った。

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