第146話 斬る

 ゴブリンは強い。

 冒険者や探索者の中に、この事実を否定する者は1人もいないだろう。


 ゴブリンはチンパンジーを一回りデカくして、二足歩行に適応させたような肉体をしている。

 信憑性は定かではないが、地球でもチンパンジーが車のフロントガラスを拳でブチ破り、中の人間を殺害した事件があった。チンパンジーに出来るならゴブリンにだって出来る。


 それが武器を持ち、群れとなって恐れ知らずに飛びかかって来るんだからな。ゴブリンを倒せるかが探索者にとっての登竜門だ。凡人と戦士を区別するふるいとも呼べるだろう。


「どれくらいの規模だったんだ?」

「さぁ……。ゴブリンの死体を数える人手も無かった。まる3日間は戦い続けた記憶はある。階段が死体で埋まってなぁ……そこから仲間の死体を引っ張り出すと、追うようにゴブリンが這い出て来るんだわ」


 地獄過ぎる。別世界の話みたいだ。

 ユエは――なぜか、瞳を潤ませて首をガクガク縦に動かしている。


「よくぞ守りきった! 国を守ったのだな! うむ、うむ!」


 この話で感動出来んのは、たぶん亡国の王くらいだよ。マジで。


「アレの生き残りが、薩摩クランの始まりっつーわけだわな。勇気だけを武器にした烏合の衆を率いたのが総長だ。総長がいなければ鹿児島は小鬼に落とされていただろう。だから、ボケても総長だ」

「そりゃあ頭でっかちの協会より強い訳だ」


 地元の為に命を使った奴らなんだもんな。ただ野蛮なわけじゃないってことだ。


「あいつら、支部が出来た初日に上から目線で命令してきたからな。全員ブチのめして半月もダンジョンに放り込んだら、随分と物分りが良くなった。ワハハ!」

「やっぱ野蛮じゃねぇか!」


 俺ってまともなんだな。ここに来てハッキリしたぞ。

 職員無差別ダンジョン送りはほぼクーデターだろ。令和の時代にやってるんじゃねえよ。

 冷めた目で小松を見ていると、なぜかユエが俺に冷めた目を向けてきた。なんでだよ。共通点ねぇだろ。


「にしても、そっちのパーティーには斥候が2人いるらしいな?」

「ああ。俺ともう1人だな」

「薩摩クランには斥候がいねえ。期待している」

「大規模クランで斥候がいないなんてことあるか?」


 上手い下手はあるだろうが、大所帯で斥候ゼロは流石に聞いたことがない。だいたいは、猟師経験者か陸自経験者から知識が広がっていくもんだろ。


「敵に会えば斬る。後ろ姿が見えたら追って斬る。群れがいたらまとめて斬る。そんなことばかりしていたら、育たなかった」

「自業自得だよ」


 小松が大きく溜息をついた。一見して知的なジジイなのに、その辺の考えはなかったのかよ。


「王が常識を説く側に回っているとは……」


 これにはユエも呆れ顔だ。

 小松は少し反省した様子で言う。


「もちろん、斥候の重要さは分かっている」

「本当か?」

「斥候がいなければ、探して殺すことが出来ないからな! ワハハ!」

「揺るがねぇな?」

「金儲けをしたい訳じゃあない。儂らは鹿児島の地下を掃除したいだけよ」


 豪快に笑いながらも、小松の目には暗い光が宿っていた。



 それほど時間をかけず、佐多岬付近に着いた。よく言えば温泉街、悪く言えばオリンピック村のような風景が広がっている。

 限られたスペースに、ガンガン居住棟を建て増ししていった感じだな。

 ところどころに商業施設が挟まって区割りが乱れているのも、絶妙な無計画さを感じて、逆に小気味良いまである。


 多くの探索者が出払っているのか、居住エリアは静まり返っていた。起伏の多い道路をトラックは進む。所々に、慰霊碑のような御影石の直方体が置いてあった。

 ドーム型の屋根がついた、大きな建物の前に着く。雰囲気的には、体育施設みたいな感じだ。


 先にトラックから降りて駐車場に誘導する。停まったあとドアを開き、ユエの脇を持つようにして降ろしてやった。

 トラックから全員が降りてくる。迎えのときは車内で待機していたのか、ドライバーをしていたらしき男も2人いた。


「なんか合宿に来たみたい」


 ぐっと体を反らしながらスイが言う。

 確かに、ちょっと自然の多い場所にある施設って合宿感あるよな。


「地域性でしょうか。やけに自然豊かな感じがします」


 トウカはやや不安そうに周囲を見渡す。ヒルネも頷いた。


「冬とは思えない感じですね〜」

「確かに……?」


 小松がコートの裾を手で払いながら言う。


「昔から冬景色って感じにはならんが……最近は茂り過ぎだな。それこそ、ダンジョンが出来てから年々と草木が伸びるのが早くなっていてなぁ。手入れを忘れたら、こんな場所あっという間に飲まれるぞ」


 妖精絡みの事件だけかと思いきや、世界樹まで絡んでいる可能性が出てきたな。想像以上に気を引き締めてかからねぇと。


 スイと目を合わせると、こくりと小さく頷いた。


 建物のエントランスは広々として開放的だ。ところどころに寝そべることができるサイズのベンチが置かれている。どうやら、負傷者が多いときの救護所も兼ねているらしい。


 壁には様々なモンスターの皮が打ち付けられていた。協会の規約ガン無視だ。ここまで堂々としていると、いっそ潔く感じてしまう。


 エントランスでタブレットの台帳に記録し、係員のおばちゃんから部屋の鍵を受け取った。


「探索は明日からで良いかな?」


 隼人の言葉に首肯を返す。


「じゃあ明日の午前7時にここ集合で! 温泉とかもあるから、ゆっくり過ごすといいよ」

「お、楽しみだな。流石は九州だ」


 火山が多いからか、九州は温泉が多くて良いところだよな。王権だの世界樹だのが解決したら、普通に旅行したい。


「飯屋もそこらにある。自由に過ごしてくれや」

「そういえば飯はまだかのう……」

「去年食べましたよ」

「そうだったような気がするのう……」


 俺は小松たちに手を振り、荷物を置きに部屋に移動した。

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