第144話 いざ鹿児島
遠く右手にはずっと陸地が見えている。だというのに、なかなか船の進行方向は変わろうとしない。
今回のフェリーは支部長ちゃんが手配してくれたものだ。乗客も俺たちしかおらず貸し切り状態。支部長ちゃんと隼人が連絡を取り合い、目的地まで直行させられている。
「想像より遙かに時間かかるな」
思わずぼやいた。出港してからだいたい丸一日。皆でダラダラ喋ったり、メガネと通話したりで時間を潰したが、それにも飽きてきた。
ちなみに拠点では、エルフとリザードマンの物々交換の交易が始まったり、モーガンがラプトルをテイムしたり、ブランカがちょっと太ったりと愉快なことが起きているようだ。ブランカはエルフ達に可愛がられているようで何より。
メガネは苦労しているのか以前より老けこんでいた。シャベルマンについて何も触れなかったのが逆に怖い。
南の方に来て暖かくなってきたのか、スイがマフラーを外した。
「旧型だからね。最新の船だとけっこう速いんだけど」
風を確かめるように手のひらを伸ばす。
「なんか魔法技術使われてそうだな、それ」
トウカが横からすーっと宙を滑りながら現れ、頷いた。
「大型の商船やタンカーなどは既に魔法技術を導入していますね。パナマ運河が枯渇してきたので、『山を登る船』というお伽噺を現実にするのが急務でしたから」
「今の商船って山登れるのか!?」
「ええ。といっても、段差を少し超える程度のものですよ? 多段のダム状に作られた運河を乗り越えていくようなイメージです」
すげえ時代きたな。小ジャンプする大型船ってことだろ。
海運は物流というか経済の根幹だ。それに革命を起こしたんだから、魔法技術が金になるっつーのは間違いねえんだな。
利便性の高さを考えるに、今後も魔法技術は広がっていくことだろう。魔石の需要だって増していくはずだ。
世の中の流れはままならねえな。どう在るべきなのか、未だに何も分からん。
「ああいう大型の魔法化機械ってなかなか個人だと買えないんですよねー」
「あってもダンジョンには持ち込めないよ」
ヒルネのぼやきにスイがつっこむ。階段で引っかかっちゃうからな。一瞬脳裏にヴリトラの存在が浮かんだが、慌てて消した。利便性を求めて手に負えない怪物を懐に入れんのは、やっぱり止めておいた方がいい。
海鳥の群れがぎゃあぎゃあ騒ぎながら通り過ぎていく。波は穏やかだ。
「向こう着いたら魚食いてえな」
「そういえば、ナガってダンジョンで魚食べないよね?」
「ああ。普通に危ねえからな」
ダンジョン内にも水場はあるし、地域によっては海もあるという。魚やそれに類似したモンスターもいるのだが、基本的に俺は食べないようにしている。
ダンジョンの水場は流れがない場所が多い。エルフの里の近くの沼や、リザードマンが拠点にしていた湖なんかもそうだな。ああいう水場は、周囲の土壌から溶け出したあらゆる物質が溜め込まれている。
水そのものを口に含むくらいなら問題なくても、食えるサイズの魚ともなれば、めちゃくちゃ生物濃縮されている可能性が高いんだ。シンプルに危険だ。
「地球って結構恵まれた環境なのかもね」
「いい土地だ」
スイの呟きをユエが拾った。
ダンジョンに飲み込まれて長い歳月が経ち、環境が変化した階層も多いだろう。とはいえ、あの過酷なダンジョンの階層それぞれが、世界そのものの姿なのだ。
ダンジョンの浅い階層とか、元はどんな姿だったのかね。
船がゆっくりと進路を変える気配がした。目的地は垂水の港。そこから迎えの車に分乗して、佐多岬を目指すらしい。
ぐっと目をこらせば、空と海の境目にある小さな島に、真っ白な灯台が建っているのが見える。たぶん、岬の沖合にある島に建てられた佐多岬灯台だろう。
「近いな。隼人に連絡しておく」
海上でも電波が通じるのはいいことだ。こんなしょっぱいフェリーからでも、ちゃんと連絡が取れる。こういう細かなところで技術の進歩を感じるんだよな。
ほどなくして到着した垂水のフェリーターミナルで降ろされる。久しぶりの地上だ。ずっと揺れる船上にいたせいで、どっしりと安定した地面が逆に揺れているように感じた。
「迎えが来るって言ってたが……」
「あれじゃないよね?」
「違うと思いますよ。流石に」
波止場の先。貨物の積み替え用に車両が出入りしている場所に、4トントラックが複数台停まっている。真っ赤なボディだけでも目立つというのに、キャビン部分に覆い被さるように、巨大な頭骨が乗せられている。
「すっごい大きな骨ですねー。ドラゴンですか?」
特徴的なのは巨大な犬歯と、鼻の部分の大きな穴だ。あの形はまさか。
「クマじゃねぇか?」
「クマって……あのクマ?」
そう。ダンジョン内のクマは、神話にまつわるような特徴的な能力を有していないのに、シンプルなフィジカルで竜種すら圧する。そのくせ嗅覚が異常に鋭く、醤油の匂いに寄ってくる迷惑な生物だ。
頭蓋骨ですらトラックのキャビンサイズということは、全身はいったいどれほど巨大だったのか。
そんな戦果を誇るように装飾されたトラックが4台。少なくとも4頭のクマを討伐しているっつーことか。
「じゃあやっぱり、あれじゃん……」
「えぇ……」
あまりにインパクトの強すぎる車体に、スイとトウカが肩を落とした。
「めっちゃ格好いいですよ!」
「うむ。勇を示すのは戦士の務めであるからな!」
ドアが開く。降りてきたのは隼人と柚子。そして、老人男性2人だった。
片方は長い白髪を1本に結んでおり、黒のロングコートと相まって、精悍という印象を受ける。
もう一方は、つるりと頭がハゲており、腰が曲がってお辞儀するような姿勢だ。ボロボロのスタジャンと長靴を履いており、今まさに農作業から帰ってきたような出で立ちだ。
ハゲている方がぷるぷると震えながら、ゆっくりと口を開いた。
薩摩クランの人間だ。しかも迎えに来る立場の。俺たちに緊張感が走る。
「んあー……」
「んあ?」
ハゲが横の柚子を見た。
「ばあさんや、飯はまだかのう……?」
「おととい食べたじゃないですか、おじいちゃん」
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